291.ブルーノの企み
「無礼を承知で申し上げるのならば」
ブルーノはそう前置きをして、アメリアをまっすぐ見つめた。
無礼を承知で――という言葉でアメリアがビクッと身構えた。
何を言われるのかと身構えた。
「アメリア様はまだまだ陛下の本当のすごさを御承知ないように思われます」
「本当のすごさ?」
「はい。陛下の本当のすごさ、それを目の当たりにすればこの程度の事、すごいと思っていても驚きはなかったでしょう」
「そういうものなのですか?」
「はい。こと魔法にかぎって言うのなら、陛下は既に人を遙かに超越した存在であるといっても過言ではありません」
「それほどですか?」
「はい」
ブルーノの言葉でアメリアはまた驚き、その驚いた顔のまま俺の方を向いた。
その顔はまるで、ブルーノのいったことは本当か? と聞いてきているように見えた。
俺は苦笑いした。
ブルーノは普段から俺の事を持ち上げて来るが、今日のは今までのと違って、一段と力がはいっているように感じた。
「兄さん、それはちょっと言い過ぎなんじゃ」
「とんでもないことでございます。陛下の魔法はそれほどでございます。これは私の推測ではあるのですが……」
「うん?」
「今の魔法――この魔導具を作る魔法、陛下は20個あまりを同時に作られました」
「ああ、それが?」
「陛下まだまだ全力ではないとお見受けしました」
「それはまあ……」
その通りだ、と思った。
同時魔法23はまだまだ余力があるし、その「余力」には前詠唱も含まれている。
前詠唱で魔力を高めれば――。
「……101個はできるんじゃないか?」
「5倍もですか!?」
アメリアは驚きのあまり目をむいた。
「ああ、いえ……」
数で言えば5倍だけど、難易度で言えばもっと上だ。
上だが、それを俺が自分で言うのも恥ずかしいからごまかしとくことに――。
「いいえ、おそらく五倍ではすまないでしょう」
ブルーノが代わりに答えてくれた。
「どうしてですか?」
「料理を一品つくるのと、同時に五品つくるのとでは、労力は単純に五倍というわけにはいきますまい」
「……それは、きっと10倍の労力は」
「おっしゃる通りかと思います」
「…………」
アメリアはまた俺を見た。
ブルーノの言葉でますます俺をすごいと思った表情をしている。
憧れの人にそんな風にみられてむずがゆかった。
めちゃくちゃむずがゆくて困ってしまった。
この話はやめよう、そう思ってどうしようかと考える。
「それよりもアメリアさん。すみませんが一曲歌ってくれませんか。同時に魔導具に取り込みますので、一回だけで充分です」
「ええ、分かりました。その……」
アメリアはちらっとブルーノをみた。
ブルーノはゆっくりと頭を下げた。
「物音を立ててはいけませんので、私は外で待たせて頂きます」
「わかった。終わったら呼ぶ」
俺はホッとした。
ブルーノが自分から外で待ってくれると言い出してホッとした。
何故か普段よりも俺をよいしょするブルーノ。
ただよいしょしてくるだけならもうなれたもんだけど、それのおかげでアメリアが感動した目で俺を見てくるからめちゃくちゃこそばゆくなってしまう。
ブルーノが褒めてくれるのは魔法のことばかりだから、それ自体は嬉しくて否定しづらいのもこそばゆさに拍車がかかる。
だからブルーノが自ら外にでると言い出してくれたのは本当にホッとした。
「失礼致します」
ブルーノはそういって、一度俺とアメリアに頭を下げてから部屋から出て行った。
☆
部屋から出て、ちゃんと正面を向いて扉を閉めたブルーノ。
普通は後ろ手で閉めることが多い部屋のドアだが、リアムに失礼にならないように彼は部屋から出た後ちゃんと部屋の方を向いて、両手でドアをしめた。
「……よし」
ドアが完全に閉めった後、ブルーノは「良し」とつぶやいた。
「どういうことなのだ?」
「――っ!」
背後――つまり廊下側から声が聞こえてきた。
慌てて振り向くと――ブルーノは二度驚いた。
そこにいたのは幼げな老女、神竜ラードーンの人間の姿だ。
見た目こそ幼い少女であるが、実際に向き合ってみるとプレッシャーに押しつぶされそうに感じた。
それでもブルーノは必死に平然をおよそい、ラードーンに向かって口を開く。
「神竜様がそこにおられることを気づかず、大変失礼を致しました」
「お前の後を追ってきたのだ、だからここにいた、というのは正しくない」
「さ、さようでございますか」
ブルーノは背後に嫌な汗が伝うのを感じた。
お前の後を追ってきた――神竜ラードーンほどの存在にそんな事を言われるなんて、と、ブルーノはプレッシャーが一気に倍になってしまったように感じた。
「わ、私に何かご用で?」
「うむ、お前、今日はいつも以上にあやつをほめていたな」
「……はい」
「案ずるな、お前から悪意は感じぬ。そもそも悪意があれば今ここでお前を消し飛ばせば良いだけのことだ」
「ご配慮、かたじけなく」
「あやつが気にしていたが、我も人間の機微には疎いのでな、あのままでは答えようがない。答えなくとも問題はないが、我も気になったから一応確認しておこうと思ったわけだ」
「さようでございますか」
ブルーノはホッとした。
ラードーンの目的を知ってホッとした。
ラードーンは自分程度の存在に嘘をついたり搦め手を使ったりする必要が無いのはいたいほどよくわかっているから、それが本音だともわかって、それでホッとした。
だから、ブルーノは率直に答えることにした――が。
「陛下をもっと高みへと押し上げるためでございます」
といったが、ラードーンは不思議そうに首をかしげたのだった。