290.太鼓持ち
「……わかった」
俺はすこし考えたあと、ブルーノに返事をした。
「その件は兄さんに任せる。右も左も分からない俺より兄さんのいったとおりにした方がよさそうだ」
「ありがとうございます!」
「そっちはいいんだけど――アメリアさんの件はどうなったんだ?」
「大変失礼致しました!」
ブルーノは弾かれるように立ち上がって、腰を直角に折り曲げるほどの勢いで一度頭を下げた。
「なんか問題があったの?」
「その件は順調に進んでおります。にもかかわらず報告をするまえに自分の事を優先してしまい大変失礼をいたしました」
「そんなに自分を責める必要はない。というかそういうことなら話を聞かせてくれるか?」
「はっ!」
ブルーノはそう応じて、座り直してから、俺に促された通りにアメリアの件を話し出した。
「現状、まずはアメリア様の名前を広める事が必須でございます。無論わたくしはご高名はいつも聞き及んでいるのですが、陛下が望まれる庶民の間での知名度はまだまだ途上でございます」
「ああ」
「したがって、私の領内を中心に、飯屋や酒場などで魔導具による歌声を展開する算段を取り付けました」
「酒場?」
「はい」
ブルーノははっきりと頷き、まっすぐ俺の目を見つめてきながら、疑問に回答してくれた。
「これらの場所は、今までも舞台を併設し、演奏や歌唱をする者達がおりました。音楽が流れていてもおかしくはない場所です」
「確かに」
「音楽があってもおかしくない場所から広めるという形でございます。そのための魔導具をまずはお預かり出来ればと」
「わかった。……ちょっとついてきてくれるか?」
「……? 承知致しました」
ブルーノは「どこへ?」という顔をしたが、彼らしく疑問は口に出さずに素直に受け入れた。
☆
そのままブルーノを連れて迎賓館をたずね、応接間でアメリアと向き合った。
三人で向き合って座って、俺はアメリアにブルーノから聞いた話を伝えた。
一通り伝えた後で、念の為にブルーノの方をむいて。
「――で、あってるか兄さん?」
「さすが陛下、完璧な御説明でございます」
ブルーノはそういって、立ち上がってゆっくりと、慇懃に腰を折って一礼した。
さっきと同じ直角のような頭の下げ方だが、さっきとは違って所作がゆっくりで上品だ。
と、いうか。
この程度の事で反応が大げさすぎないか? と不思議がっていると。
『その娘の前だからだ。王様はすごいぞ。と、お前をよいしょしているのだ』
ラードーンがこっそりブルーノの行動を解説してくれた。
言われてみたら――と納得した。
貴族になる前も酒の席でそういう太鼓持ちの立ち回りをみていたな、と思い出してさらに納得した。
そういうことならば、とブルーノには何も言わずに、改めてアメリアの方を向き、確認した。
「どうですか? 場末の酒場では嫌だったらまた別の方法を考えます」
「いいえ」
アメリアはゆっくりと首をふって、すっと立ち上がり、静々と頭を下げた。
「あ、アメリアさん!?」
今日はやけに頭を下げられるな――などと思う余裕はまったくなかった。
アメリアにそうされたことでパニックになりかけた。
「親身に考えて下さってありがとうございます。もちろん私に否はありません」
「そ、そうなのか……じゃあ兄さん、そういうことだから」
「はい」
アメリアに、憧れの人に頭を下げられた動揺がまだ収まらず、俺はブルーノに助け船を出してくれと求めるかのように話を投げた。
ブルーノは俺よりも遙かに落ち着いていて、話を続けた。
「それでは陛下、まずは予定の場所で使用するための、アメリア様の歌声を取り込んだ魔導具を頂けていただけますでしょうか」
「あ、ああ」
「アメリア様には――いえ、陛下」
「え?」
何かを言いかけたブルーノ。
言い換えて、俺の方を向いた。
「個数は20個ほど。アメリア様のご負担にならぬよう一度にまとめて作成した方がよいのかと愚考いたしますが……」
「ああっ、それはもちろんだ。アメリアさんの負担になっちゃだめだ」
ブルーノの気遣いに感謝した。
俺は手を広げて、魔力を放出した。
ブルーノは20個ほどといったから、ちょっと多めに、いつもの同時魔法の要領で23個作ろうとした。
広げた両手の先に魔力を凝縮。
俺の魔力、タダの素材。
それで【フォノグラフ】の魔導具をオーダー通り23個つくった。
「……よし」
これまで何度も作ってきた物で、数はちょっとだけ多かったけど問題なく作れた。
「ありがとうございます、陛下。このブルーノ、一命にかえましてもお預かりした魔導具を無事届けて参ります」
「一命って……大げさだろ」
「いいえ」
ブルーノは真顔になった。
まれに見るくらいの真顔になった。
「媒介無しに魔力のみで魔導具を製作することができる人間は陛下しかおりません。この魔導具一つ一つ、屋敷一つ分の値がつくほどの超高級品でございます」
ブルーノはかなり大げさにいった。
俺だけって事はないだろ、ラードーンとかでも普通に作れるはずだ。
『我は人間ではないからな』
と、ラードーンが突っ込みをいれてきた。
あー……そういうくくりか。
人間っていうくくりなら、うんまあ、そうなのかな?
などと、俺がぎりぎりで納得している。
「そんなものを一瞬で? ……すごい」
ブルーノの言葉を受けて、アメリアが驚嘆していた。
それを見たブルーノが、何故かしてやったりと言う顔をするのだった。




