29.最初の竜討伐
街の南に一時間くらいの道のりを進んだ先に、深い森がある。
そこに、アスナとジョディ、二人と一緒に駆けつけた。
森はさながら戦場の様だった。
次々と森の中から逃げ出してきたり、担架で運び出されたりする者がいる。
その森の入り口にギルドマスターを見つけた俺は駆け寄った――が。
「あっ」
途中で足が止まった。
地面に置かれている担架の一つに、よく知っている顔を見つけた。
ハミルトン家長男・アルブレビト。
今回の事件の発端となった人間だ。
「兄上……」
「リアム……くっ」
それまで担架に寝かされてて、手当てを受けていたアルブレビトが起き上がろうとする。
肘をついて、震えながら、もがきながら起き上がろうとする。
「何をする兄上」
「こんな……ところで。俺は……ぐわっ!」
起き上がろうとしたアルブレビトは、背後から棒で頭を殴られた。
クリーンヒットしたそれは、アルブレビトの意識を刈り取った。
白目を剥いて、ドサッ、と担架に倒れ込む。
やったのは――。
「マスター」
ギルドマスターだった。
彼は呆れた顔で木の棒をポイッと投げ捨てた。
「街まで送ってやれ。おぼっちゃんの無駄な対抗心にこれ以上付き合ってられん」
マスターが言うと、手当てをしていた者も含めて、数人がかりでアルブレビトの担架を担いで、町の方に向かって駆け出した。
それを見送ったマスターは、ふう、と大きなため息をついた後、俺の方を向いて。
「来てくれたか」
「俺にも責任はあるから」
「その責任は問えないさ。無事終わることが出来れば、愚痴の一つも付き合ってくれれば良い」
「……ああ」
そう言ってくれるのは助かる。
「ねえ、どういう状況なの? この中に一体何があるの?」
アスナがギルドマスターに聞く。
いつも明るい彼女も、今回ばかりは顔が強ばっている。
「この森の中には、魔竜ラードーンが封印されている。リアムの先祖、ひいおじいさんが封印したモンスターだ」
「魔竜……ドラゴン?」
ギルドマスターは頷き、アスナはますます顔が強ばった。
「封印の方法は分かっている。人員も用意してる」
ギルドマスターは離れた場所をグイ、と親指でさした。
さした先を見ると、二十人くらいの魔術師っぽいのが待機してる。
「あいつらで再封印することは出来る、が、邪魔が入ってて封印にとりかかれない」
「邪魔って?」
「ラードーンジュニア。魔竜の子供だ」
「魔竜の子供……」
「この惨状は全部そいつらのせいだ。びっくりだろ、魔竜じゃなくて、その子供にもこの有様だ」
自分の顔が強ばったのが分かった。
「魔竜はもっと強い、ってことだよな」
「そうだ。まあ、長い間封印されてたんだ。本当の力を取り戻して暴れ出すまで一週間はかかるだろう。その間に封印すれば問題ない――んだがなあ……」
再び、はあ……と大きくため息をついたギルドマスター。
問題は、ラードーンジュニアか。
☆
俺たちは森に入った。
戦闘している場所は、悲鳴ですぐに分かった。
到着すると……惨状が俺達を出迎えた。
あっちこっちにハンターが倒れている。
炎に焼かれたり、骨が折れたり、体の一部を噛みちぎられてたり。
まともに戦える人間が一人もいない――それほどの惨状。
そして、後ろの巨大な何かを守る、三体のドラゴン。
これも驚きだ、三体とも、中型犬程度のサイズだ。
「やってみる」
アスナはそう言って、ナイフを構えて飛び出した。
ラードーンジュニアの内の一体が、口を大きく開け放った。
口の奥で、炎が渦巻く。
その炎の色が、あらゆる不吉を孕んだような黒色だった。
「よけろアスナ!」
「――っ!」
俺の叫びに反応して、アスナは途中から回避した。
ラードーンジュニアはそれを追いかけて――黒い炎を吐いた。
「くっ!」
アスナは更に加速した――思いっきり逃げた。
どうにか黒い炎を振り切った。
その炎はアスナがよけた先の木を飲み込み、一瞬で黒焦げにした。
「な、なにこれ」
「凄まじい炎だわ」
アスナもジョディも絶句した。
俺は拳を突き出し、魔法を放った。
マジックミサイル・7連。
詠唱無しで放てる最高の数だ。
7発の魔力弾が一斉に飛んでいった。
ラードーンジュニアの一体が口を開いた。
マジックミサイルに向かって咆哮した。
瞬間、マジックミサイルがはじけ飛んだ。
七発のマジックミサイルが、たかが咆哮によってかき消された。
「だめだこれ、かなわないよ」
「ここは逃げましょう、リアムくん」
戻ってきたアスナも含めて、彼女達は一瞬ですっかり逃げ腰になった。
無理もない。
想像を遙かに超える強さだ、目の前のラードーンジュニアは。
それが三体もいる、どう考えても勝ち目はない。
とおもっていたら、三体が一斉に飛びかかってきた!
「来た!」
「ジョディを連れて離れろ!」
「えっ……うん!」
アスナはジョディをかっさらうような感じで、【スピードスター】を発揮して逃げた。
速度だけなら、アスナはラードーンジュニアにも負けていない。
俺はアイテムボックスを呼び出した。
その中からあるものを取り出すとともに――詠唱。
「アメリア・エミリア・クラウディア――でろ! アナザーワールド!」
詠唱した分、どうにか発動出来た。
アナザーワールド。
別世界の空間の扉が俺の前に現われる。
ラードーンジュニアとの間に現われる。
飛びかかってきたラードーンジュニアはそのまま中に飛び込んだ。
「――解除!」
魔導書をアイテムボックスの中に放り込んだ――俺の手からはなした。
また完全に習得していないアナザーワールド。
魔導書がなければ発動しない。
何より、発動する度に中のものが完全消滅する。
術者の俺が中にいないから――消滅した。
「……はあ……まあ」
汗が一気に噴きだした。
今の一瞬で、軽く死んだような気がする。
だけど――。
「ら、ラードーンジュニアが……?」
振り向くと、ギルドマスターが絶句していた。
「今だ! はやく封印を」
「あ、ああ!」
ギルドマスターは慌てて、森の外で待機させている封印の魔導師達を呼び込んだ。
魔導師達が入ってきて、動かないラードーンを封印する。
それを尻目に、ギルドマスターがこっちにやってきた。
「倒したのか?」
「なんとか」
アナザーワールドの特性をどうにか上手く利用出来た、紙一重だった。
「す、すごい……ラードーンジュニアを単独で倒したの初めて見た。しかも三体も……」
ギルドマスターは、感動してる目で俺を見つめた。