288.みんなが欲しいもの
「これでいいか?」
部屋の中。エルフメイドに【フォノグラフ】の魔導具を手渡した。
受け取ったエルフメイドの子はそれを大事そうに胸にかかえた。
「ありがとうございます! ……きゃああ!」
エルフメイドはお礼を言った後、その魔導具をじっと見つめて、さらに嬉しそうに黄色い声をあげて部屋から飛び出していった。
「……」
それを見送った俺。
不思議な行動だったが、俺はもう不思議に思うよりも慣れてしまっていた。
というのもこれでもう――何十人目かだ。
あの後、アスナから話を聞いたということでエルフとか、女の子達が立て続けにやってきた。
普段あんまりおねだりしないこの街の魔物だけど、この時はアスナと同じものがほしいっておねだりしてきた。
珍しくおねだりされることにびっくりしながらも、これくらいでいいのならと応じていたら、気づいたら何十人目かも分からないくらいの数になった。
だから今でも理由は分からないけど、もうすっかりと慣れてしまった俺がいた。
「なんなんだろう」
『わからん、が』
「が?」
『なにやら女心と関連のある事柄のようだな、今までに来た女どもの反応を見るに』
「ああ、そういえば」
ラードーンに言われて、俺はちょっと納得した。
思い返せばみんな恥ずかしがったり照れたり、でも共通してみんな嬉しそうにしてるから、言われてみれば女心に関連する何かかも、と納得した。
『ふふっ、我も人間の心の機微には疎い方だが、お前も大概だな』
「女心はどうしようもない……」
『あやつなら何かわかるかもしれんな』
「なるほど」
あやつ、という言葉に含まれているニュアンスでデュポーンの事を指しているんだと何となく分かった。
よほど仲がわるかったのか、今この街で共存していても、ラードーンはあまりデュポーンとピュトーンの事を快く思っていないみたいだ。
それは言葉の端々からそういうのを感じるし、そもそも名前を呼ばない事がほとんどだ。
それでも、長い付き合いから何となくニュアンスでどっちの事を指しているのかが最近分かるようになってきたからそんなに問題はなかった。
それはそれとして、ラードーンの言うとおりかもしれなかった。
女心のことを、そりゃこの街にもわかる者達はおおいけど、俺が聞いて率直に答えてくれるのはデュポーンだなとおもった。
ならばデュポーンにちょっと話を聞いてみようか、と思ったその時だった。
部屋のドアが静かに開いた。
乱暴にとか勢いよくとか、そういうのではまったくなくて静かだけど、前兆もまったくなかった。
エルフメイド達はもちろんだし、大抵はノックなり一声かけるなりしてからはいってくるものだけど、そういうのがまったくなかった。
いきなり、しかし物静かにドアをあけて現われたのはピュトーンだった。
彼女の姿を見て俺は何となく納得した。
「どうしたんだピュトーン、何かあったのか?」
「ん……」
ピュトーンはいつものように、アンニュイな空気を纏ったまま部屋に入ってきて、ゆっくりと俺に近づいてきた。
そして俺の前に立ち、やはりいつもの無表情のまま見つめてくる。
「ぴゅーも、あれがほしい」
「あれ?」
「みんなもらってるあれ」
「みんなもらってる……【フォノグラフ】の魔導具の事か?」
ピュトーンは静かに頷いた。
俺はちょっと困った。
『ふむ……?』
ラードーンもどうやら同じ感想を持ったようだ。
直前にこれはどうやら女心に絡むことだ、と話していた矢先の出来事だ。
それで女心がわかっていそうというか、女心そのもののデュポーンに話を聞いてみようと思ったところに、180度違う、女心から縁の遠そうなピュトーンも同じおねだりをしてきたらから、俺もラードーンもちょっとこまった。
少し考えて、素直に聞くことにした。
「分かった今作る。ちなみにピュトーンはどうしてそれがほしいんだ?」
「……子守歌」
「子守歌?」
「それ、寝てる時聞いてる子、多い。いい男のささやきだと、よく眠れる……って」
「へえ、そういう事に使ってるのか」
ちょっとだけ感心した。
アスナをはじめ、みんながなんで俺のささやきがはいった魔導具をほしがるのかが分からなかったけどこれで使い道がわかった。
……あんなのでよく眠れるようになるのか? という疑問はまだ残るが。
「だから、ぴゅーにも同じのを」
「ああわかった。今作るからちょっと待ってくれ。吹き込む内容はなにか注文はあるか?」
「同じので、いい」
「わかった」
ピュトーンを待たせて、俺は彼女のために【フォノグラフ】の魔導具をつくった。
『そんなものなかろうとも年中ぐっすりだろうに』
ラードーンがなんか呆れまじりの突っ込みをしていたけど、それは苦笑いしつつ聞かなかったことにした。
魔導具はすぐにできて、ピュトーンに渡した。
ピュトーンは来た時と同じくらいに、感情の起伏がほとんどない感じで、受け取って物静かなまま部屋からでていった。
「にしても」
『うむ、ねている時に聞いているとはまったくもって予想の埒外だった。そのような使い道があったとはな』
「びっくりだよ。こんな使い道があるのはびっくりだ」
『魔物の街だ、需要も通常通りではないのだろうさ』
「そうだな」
ラードーンと納得しあった。
俺は魔法以外の事はほとんどが疎い。
ラードーンは世の中のあらゆる事に詳しそうで、感情の機微には疎い一面もある。
今回のは、俺達の疎いところが重なった所に起こった出来事だったなあ、というのがちょっと面白かった。
そうやって納得して、それで話が終わってアメリアの件に戻る――はずだったのだが。
今度はノックも通達もあったけど、ブルーノが慌ててやってきた。
何から何までピュトーンと正反対のブルーノだったが。
「その魔導具とアイデア、是非わたくしに商わせて下さい!」
と、同じように魔導具を強く求めてきたのだった。