287.イケメンが耳元でささやく魔導具
「そうだよな……広めたいよなあ」
「でしょ?」
「ありがとうアスナ、すごく助かったよ」
「えへへ、どういたしまして。――あっ、でも!」
俺にお礼を言われて、それで嬉しそうにはにかんでいたアスナだったが、何かを思い出したのか急に表情を変えた。
「どうしたんだ?」
「そうなると別の魔法を用意するって事だよね? それって大丈夫なの?」
「ああ」
アスナの懸念を理解した俺は、フッと微笑んだ。
「それなら大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ、普通に楽に出来る。そもそも『みんなに聞こえる』と『自分だけに聞こえる』じゃ、後者の方が難しいから」
「あっ、それもそうね」
説明を受けるとアスナはすぐに納得した。
声という、日常生活に関係するものだったからすぐに理解できたようだ。
「ちょっと待っててくれ」
「うん」
アスナは返事を待たずに踊りだし、俺は魔法の改良を始めた。
【フォノグラフ】の改良だ。
改良、というよりは先祖返りの方がいいのかもしれない。
【フォノグラフ】は声を蓄積して再現するという魔法だから、使用者にだけ聞こえる形の前にまず、まわりの全員が聞こえるような声をだすという形があった。
そこに戻すだけだ。
だからそれはものすごく簡単だった。
「出来た」
「えっ、もう!?」
「ああ、簡単だって言ったろ?」
「それにしても早すぎない? 違う魔法を作るんだよ?」
「まあでも、これくらいは」
「はえ……やっぱりすごいね、リアムの魔法は」
アスナはより一層感心して、目を輝かせて俺を見つめてきた。
「試しになんか言ってみてくれ」
「分かった! えっとね……リアムすごい! 魔法の天才! 大天才!」
「えっと……」
俺は苦笑いした。
「どうしたの?」
「いやまあ……」
「なんか失敗した?」
「失敗はしてないんだけど……」
恥ずかしくなっただけ、とも言いづらかった。
だって、【フォノグラフ】を成功させるということは――。
『リアムすごい! 魔法の天才! 大天才!』
意を決して、【フォノグラフ】で蓄積したアスナの声を再現させた。
まったく同じアスナの声が、俺にもそしてアスナ本人にも――。
「あっ、聞こえた」
と、大はしゃぎで反応する位はっきり聞こえたみたいだ。
「魔法は成功したみたいだね」
「うん、これなら他の人にもおすすめできる……よ、ね?」
大はしゃぎしたアスナだが、途中でまた何かを思い出したのか、言葉が途中で途切れ途切れとなった。
「どうしたんだ?」
「……ねえリアム、今のもう一度聞ける?」
「え? ああ」
俺は頷き、【フォノグラフ】をもう一度発動させた。
『リアムすごい! 魔法の天才! 大天才!』
まったく同じアスナの言葉がもういちど聞こえてきた。
「これでいいのか?」
「うん……ねえ、自分にだけ聞こえるってのも出来る?」
「まあ……というか、二つの魔法に分けるか。今回の用途には合わなかったけど、使い分け出来た方がいいのは間違いないだろうし」
『うむ、その通りだな』
ラードーンのお墨付きを得られた。
よく考えなくてもそうだろうとおもった。
似たような魔法でも、微妙に効果が違うものはいくらでもある。
用途に需要さえあればそういうのが作られ、生まれ、そして残る。
今回の【フォノグラフ】なんて最たるものだ。
アメリアの歌をみんなに広めたいからみんなに聞こえるようにしたけど、用途次第では自分にだけ聞こえるものもある。
例えば……例えば?
『密書、の音声版とかだな』
具体例を思いつかないでいると、ラードーンがビシッと例を出してくれた。
さすがラードーンだと思った、その通りだと思った。
元々音声を蓄積して再現するというのは、リアムネットの中の手紙のような用途にあったものだ。
大元が手紙みたいなものだから、密書――相手にだけ届くという形が一番わかりやすい。
なるほど密書かと思った。
そうなると更に改良の余地があるな。
使用者に聞こえる、というのなら強奪された場合良くない。
特定の個人、がっつり指定した相手にのみ聞こえる形なら密書にふさわしくなる。
その魔法の改良を――。
『それはまた今度にしておけ魔法バカ』
ラードーンに突っ込まれて、思わず笑ってしまった。
その通りだな。思わずいつものように魔法をがっつり考える方に行きかけた。
それはラードーンの言うとおりまた今度にしよう。
今はアメリアのためにいろいろやる時。
そのためには特定の人間にだけ聞こえる魔法はいらない。
いつかやる、後回しにするということでとりあえず忘れることにした。
そうして、一連の考えとラードーンとのやり取りの横で、気づけばアスナが何かを考えている様子だった。
「どうしたんだアスナ」
「ねえ、これって、自分にだけ聞こえる方の道具?」
アスナはそういって、テーブルの上におかれていた試作品の魔導具を指さした。
「ああ、そうだけど?」
「これ、あたしがもらってもいい?」
「いいけど……なんで?」
「それで、リアムの声をいれてほしいの……できる?」
「それもいいけど……」
なんで? ってますます不思議に思った。
不思議に思ったのは、いつもは快活なアスナが急に頬を染めて、もじもじして何か言いにくそうにしだしたからだ。
「じゃ、じゃあ――君は優しい、すごく可愛い、抱きしめたい――って、いって」
「え? なんでそれを――」
「いいから! お願い!」
「はあ……じゃあまあ」
「あっ、耳元でささやくみたいな感じでお願い」
「わかった」
俺は魔導具を手にとった。
使用者本人にだけ聞こえる魔導具に、アスナのオーダー通りの言葉を吹き込んだ。
「君は優しい、すごく可愛い、抱きしめたい――これでいい?」
「う、うん。ありがとうリアム。これもらうね!」
アスナはそういって、赤面しつつも、ものすごく嬉しそうな顔をして、魔導具をもって立ち去った。
「なんだったんだ?」
『さあな』
残された俺とラードーンは、不思議そうに立ち去るアスナの後ろ姿を見送ったのだった。