283.なんでも出来る
「あああ、アメリアさん!?」
俺は盛大にパニクった。
あのアメリアが俺にこうして頭を下げているのだから当然だ。
前にも一度似たような事はあった。
だけどあの時はアメリアの親を助けたという事の結果だから、いきなりの事で焦りはしたけどパニクりはしなかった。
だけど今はちがう。
まったくの予想外だった。
むしろこっちから頼みごとをしているのに、こんな風に頭を下げられるなんて全くの予想外で、理解もできなかった。
「えと、あの……と、とにかく頭を上げて下さい」
俺は慌ててそういった。
アメリアはゆっくりと頭を上げた。
物静かな目で、まっすぐ俺をみつめてきた。
「アメリア……さん?」
「今までは、権力者に呼ばれて……鳥籠の中で歌う形でございました」
「……ああ」
「もっと様々な方に聴いていただきたい、そうは思っていても手段がありませんでした。許しも得られませんでした」
「許し? だれの?」
「私の価値を維持しようとした権力者達の……でございます」
「それってどういう事?」
俺は首をかしげた。
アメリアのいっている事がよく分からなかった。
権力者が大金を払って、屋敷に呼んで自分だけ楽しむのは分かる。
というか実際にその現場をみている。
俺がアメリアを知ったのも屋敷の外、塀の向こうからの盗み聞きだったからだ。
だからそれはわかる。
けど、今回の話でそういう人間の許しを得なきゃいけない理由が分からなかった。
分からないで困っていると、こっそりラードーンに聞いてみた。
『詳細はわからん、が』
が?
『なにやら楽しげな匂いがする』
ラードーンの語気は言葉通り楽しげなものだった。
が、ラードーンとの付き合いが長くなってきたせいで何となく感じる。
その「楽しげ」というのは、呆れるけど一周回って楽しい、というタイプの楽しいだろうと、語気から伝わってくる。
それですこし嫌な予感をしたまま、アメリアの答えを待った。
アメリアは少しためらってから、静かに口を開いた。
「私がどこでも歌うような女だと価値が下がるからだそうです」
「……はい?」
どこでも歌うから価値が下がる……?
どういう事だそれは。
理解できないなりに一生懸命考えた。
どうにか理解しようと、魔法に置き換えて考えてみた。
「それは、どこでも歌ってしまうと、体力――あっ、喉がつぶれてしまうからとか、そういうことですか?」
魔法を使いすぎると魔力が下がる、魔力が下がれば魔法の威力とかも下がる。
だからそういう事なのかと思ったけど――アメリアは静かに首をふった。
「いいえ」
「だったら……?」
「誰にも手に入る様なものでは価値が低くなります。貴顕にしか呼べない歌姫、という価値が」
「えっと……?」
アメリアの説明を受けてもよく分からないでいた。
が。
『ぶははははははは』
俺の中で大爆笑するラードーン。
ラードーンには分かったみたいだ。
そしてその笑い方で分かる。
それはきっと、とんでもなくどうでもいい、ばかばかしい話なんだろうと分かった。
「正直、よく分かりません」
「はい……」
「でもアメリアさんはそれが嫌なんですよね?」
「え?」
一瞬落胆しかけたアメリアだが、パッと弾かれるように表情を変えて俺を見つめ直した。
「違いますか?」
俺のまぶたの裏にはまだ、アメリアが頭を下げたあの光景がしっかりと焼き付いている。
よほど嫌だったからそこまでふかぶかと頭を下げたんだと判断した。
それで聞いてみた、いや、確認した。
アメリアは俺を見つめたあと、そっと目を伏せ、か細い声でこたえた。
「はい……いや、です」
「じゃあやめさせます」
「え?」
目を伏せたアメリアがパッと顔をあげた。
その顔は驚きに満ちている。
「い、いいのですか?」
「もちろん、アメリアさんがそれを望んでいるのでしたら」
「り、リアム様は、その」
「はい?」
「独占……したい、とは……思わないのですか?」
「いいえ、まったく」
「……」
「……?」
アメリアはきょとんとしていた。
俺はなんでそこできょとんとされるのかがわからなかった。
独占したいかって聞かれて、そう思ってないから思ってないって答えただけ。
それできょとんされる理由はなんだろうか……わからなかった。
分からないが。
『ぷっ……くくっ……』
俺の中でラードーンが笑いを押し殺している。
たぶん俺の返事が的外れなんだろうな、というのが何となく分かる。
『あんしんしろ。我には面白いがその娘には正解だ』
ラードーンは先手を打ってくれた。
そういうことなら気にしないでおこうと思った。
とはいえこのままよく分からない話をしてもしょうがないから話をすすめた。
「俺はどうしたらいいですか? いえ、アメリアさんはどうなりたいんですか?」
「どうなりたい?」
「はい。どうなりたいのか、なんでもいって下さい。魔法で出来る範囲内なら――」
俺はそこで一旦言葉を切った。
魔法、奇跡の力。
ずっと憧れてきた奇跡の力で、それには絶対の信頼を置いているが、とはいえ相手が憧れの人だから本当に信頼できるのか一瞬だけ自問した。
それでやっぱり大丈夫だと判断してから、いいきった。
「――なんでも叶えてあげますよ」
「……」
なんでも、はちょっと大口叩きすぎたんだろうか。
アメリアは驚きの余り、開いた口が塞がらないような表情になってしまうのだった。