281.魔王の共有
「【マジックスクリーン】」
レッドラインの外側から魔法をかけた。
事実上の国境になっているレッドライン、赤い壁の上に覆い被さるようにしてかけた。
瞬間、目に映る光景が変化した。
それまでは赤みのかかった荒野が見えていたのが一変して、巨大で底が見えないほどの空洞に変わった。
それは、俺が初めてここにやってきた時に見えていたのとよく似ている光景だった。
よく似ている――というのはあの時の記憶が一瞬過ぎるから。
すぐに約束の地を復活させてしまったから、大まかなものは覚えていても本当にこうだったのかという確証がない。
ないから、同じようにあの時いたスカーレットに聞いた。
「こんな感じだったか?」
「さすが主様。あの時のままでございます」
「そうか」
俺は小さく頷いた。
スカーレットがそういうのならばと安心した――が。
『重箱の隅をつつくようだが』
「ラードーン?」
『空洞のように見えるが、色はもう少し闇に近い』
「色がもう少し闇に近い?」
ラードーンの言葉を復唱しつつ、スカーレットに再び目をむけた。
「ということらしいんだが、どうだろう?」
「それは……も、もうしわけございません」
スカーレットは言葉通り、かなり申し訳なさを感じている表情で頭を下げた。
「そこまでは、詳しくは……」
「いやまあ、俺もそうだ。巨大な穴で暗いのは覚えてるけど、もっと闇に近いかどうかまではさすがにおぼえてない」
『うむ、だから重箱の隅といった』
「なるほど」
『人間相手、半日程度のはったりならばこれでも良かろう』
「そうだな。これ以上やっても意味がないだろう。やるなら別の何かをふやすべきだ」
『うむ』
「あの時に写真さえあればなあ」
俺は肩をすくめ、苦笑いしてそういった。
写真というのは、「真実を写し出す」という意味でつけた、リアムネットの効果の一つだ。
その時見えているものをそのまま記録して、いつでもみられるようにする魔法のこと。
写真で約束の地の光景を写していれば完全に再現出来たんだけど……まあ、しょうがない。
『人の記憶は移ろいやすい』
「ああ。写真は撮っておくべきだな、人間って忘れるから」
『うむ、それが良かろう』
「では、アメリア様の演奏の光景もとっておくことにします。わたくしにお任せ下さい」
「そうだな……………………写真を?」
「主様?」
スカーレットの申し出にまず頷いた。
アメリアの演奏会を写真に残しておく、人間の記憶は曖昧だし忘れてしまうから、という話の流れから当たり前の提案だったからまずはうなずいた。
が、すぐに思い直した。
「写真よりも音だよな」
「音、ですか? ……あっ」
「そう」
一瞬戸惑った後、はっとするスカーレット。
「アメリアさんは歌姫なんだ。どっちかっていうのなら、歌っている姿よりも歌そのものを残したい」
「おっしゃる通りでございます。それに、見た光景よりも聞いた声の方がより記憶があやふやでございます」
「そうだな」
俺はスカーレットの言葉に同意した。
その辺りはリアムネットに今ある効果で出来る。
そこまで考えが及ばなかったけど、ここまで準備して進めるアメリアの演奏会。
最高の演奏会にするためにいろいろ準備を重ねてきた。
だったらそれをリアムネットを使って記録して、ずっと残しておこうと思った。
☆
街に戻ってきた後、宮殿の応接間で訪ねてきたブルーノと二人っきりになった。
「以上が私が掴んでいる情報の全てです。これらから判断するに、当日に何らかの形で侵攻が始まることは99%ないものと思われます」
「なるほど」
俺はブルーノから報告を受けた。
いましかけている魔法の考え方と一緒で、とにかくいろんな面からしかけてハプニングを抑制する。
スカーレットは無事パルタ公国を押さえてくれた。
ブルーノには実際に押さえつけるほどの力はないが、その分あれこれと、俺やスカーレットなどでは追いきれない方面からの情報を掴んでもらっていた。
その結論が99%大丈夫だろう、ということだ。
「申し訳ございません……100%と陛下にご報告できればとは思うのですが」
「いや、いいんだ兄さん。俺も100%おさえられるとは思っていない」
だからあれこれしかけてる。
100%は無理だけど、かぎりなく100%に近づけるために。
「兄さんの情報はたすかる。本当に感謝する」
俺は深く頭を下げた。
アメリアの演奏会をより万全にするための情報として、ブルーノが持ってきたそれはかなりありがたいものだった。
「もったいないおことば」
「当日だけど、兄さんも一緒に聴いていくか?」
「よろしいのですか?」
「ああ。記録して後からでもみて聴けるようにはするつもりだけど、たぶんその場で聴いた方が心に残るはずだ」
俺の経験上そう思った。
塀の向こうでの盗み聞きだったけどそうだったから、実際に聴いた方が――と思う。
だからブルーノを誘った。
感動を共有したいという意味合いで誘ってみた。
すると――ブルーノの反応は少し予想外だった。
さっきの「もったいないお言葉」のように、喜んでくれると思っていたが、ブルーノは真顔で何かを考え込んでいた。
「どうした兄さん?」
「それは、陛下の魔法で、ということでしょうか」
「なにが?」
「記録して後で――という」
「ああ、リアムネットで。細かい改良で出来るから、そこはもうやっといた」
「……それは」
「うん?」
「それは、よそでも可能なのでしょうか」
「よそでも?」
「記録したものがよそでも見られて、聴けるように……という意味でございます」
「出来るよ。だって、パルタ公国との戦いで、侵攻したみんなが使えるようにリアムネットを改造したから」
「リアムネット無しでは……可能でしょうか」
「リアムネット無し?」
次々と飛んでくるブルーノの質問に、俺は微かに眉をひそめた。
ブルーノは一体何がききたいんだろうかと不思議におもった。
思ったが、とりあえず答えることにした。
「リアムネット無しに、この国の外でも見られるかって意味か?」
「はい」
「それは……古代の記憶をベースに改良すればやれないことはない」
魔法の理論的には出来る。
出来るか出来ないかと言われれば間違いなく出来る。
今までの経験から俺はそう言いきった。
「一体どうしたんだ兄さん?」
「……もしも」
「うん?」
「それを商品化させていただけるのなら」
「商品、化?」
「アメリア様最高の演奏会を見られる魔法アイテム、きっと皆様がこぞって買い求めるはずでございます」
「……」
俺はびっくりした。
そんなこと、今まで考えもつかなかった。
でも、それはとても魅力的だった。
アメリアの最高の姿を、俺が好きなあの歌を「みんな」に届けられる。
それは、すごく、すごく魅力的なはなしだった。