279.忘れ去られた「封印」
夕方、国境レッドレインの近く。
俺は短時間で作りあげた石像を見あげていた。
それは竜の石像――ラードーンの石像だった。
『我だったのか、これは』
俺の中から、ラードーンの呆れた声が聞こえてきた。
ラードーンが呆れるのも無理はない。
ラードーンの石像とは言うが、こうして間近、足元くらいの距離から見あげるのではまったく似ても似つかないという感じだ。
それを「ラードーンの石像」と思っている俺にラードーンが呆れるのも無理はない。
しかし呆れてはいるが、微かに楽しげな感情も伝わってくる。
呆れ笑いをしていて、怒ってはいないようだった。
俺は苦笑いしつつ、答えた。
「やっぱりにてないか」
『我はここまで不細工ではないつもりだが』
「そうだよな。これでも大分頑張ったんだけど……絵心の問題か」
『なんのためにこんなものをつくったのだ?』
「遠目に『神竜が睥睨している』というハッタリだ」
『なるほど、半日でいいから、ならばなしではないな』
ラードーンから発想のお墨付きをもらった。
そう、半日でいいから、というところからでた発想だった。
こんなどうしようもない物でも、半日――いやほんの少しでもそれっぽく見えればそれでいい。
『発想は畑のカカシか?』
「ああ」
『ふふっ、お前の敵が全員ハトかカラス以下だといろいろと楽だったのだろうな』
「さすがにそれは。その分神竜の威名を笠に着させてもらう形だ」
『うむ、存分に笠に着ろ』
ラードーンは愉しげに笑った。
『そういうことなら、我の頭上に人形でものせて置くといい』
「人形? なんで?」
『人間どもがどのように認識しているのかにもよるが、「我」が大人しく頭の上に乗せておく人間は? という話だ』
「……俺?」
『うむ』
「俺の人形――カカシなんて効果があるのか?」
『自己評価が低すぎるのではないか? ――魔王』
「……ふむ」
なるほど、とちょっとだけ思った。
自己評価はともかく、俺はパルタ公国をハジメとする人間側から「魔王」と呼ばれている。
魔物の王って意味らしいが、もしそれが「魔法の王」だったらちょっと嬉しいかもしれない。
――は、ともかく。
神竜とセットで魔王が一緒にいるのなら確かにカカシの効果が少しは上がりそうだ。
「よし、じゃあ頭上に俺の石像も作るか」
『適当な人型で良かろう。遠目には分かるまい』
「そうだな」
そこはラードーンのいう通りだったし、俺自身、自分そっくりの石像がパッと作れるとは思えない。
時間をかければいろいろ方法はあるんだが、10個以上の仕掛けで、カカシ程度の気休め効果しかないであろう仕掛け。
そこにそこまでの時間と労力はかけられないと思った。
効果がありそうなものは全力で、気休め程度のものはとりあえず「あればいい」程度で。
半日持たせればいい話だから、そういう風に力配分をする事にした。
「あれ?」
ふと、街の方からだれかが向かってくるのが見えた。
舗装されていない道を砂埃たてながら走ってくるのは一台の馬車だった。
「馬車? 兄さんかスカーレットか?」
この国で馬車を使う者はほとんどいない。
魔物達はほとんど自らの肉体を駆使した何かしらの移動法をするし、大抵の場合それは馬車よりも速い。
数少ない人間でも、アスナなどは【ファミリア】の魔法で身体能力が上がっているからやはり自分の足の方が速い。
馬車を使うのは街の人間じゃないブルーノ、そして元王女のスカーレットくらいなもんだ。
だからそのどっちかなんだろうとあたりをつけてみたが――正解だった。
やってきた馬車から降りてきたのはスカーレットだった。
パルタ公国から戻ってきたばかりなんだろうか、彼女は交渉の場にでる時の正装の格好をしていた。
馬車から飛び降りたスカーレットは、まっすぐ俺の所に向かってきて、後数歩の所で立ち止まって、丁寧に一礼した。
「スカーレット、ただいま戻りました、主様」
「お帰り、交渉はどうだったんだ?」
「詳細はこちらでございます」
そう言って、スカーレットはあらかじめ用意していたのか書類を両手でもって、恭しく俺に差しだした。
「結果のみ口頭で申し上げます。パルタ公国は全面降伏を受け入れました」
「そうなんだ――えっと」
俺は書類を受け取って目を通すが、内容が難しくよく分からなかった。
だから書類ではなく、スカーレットに視線を向けて、口頭で聞く事にした。
「それってスカーレットとラードーンが狙った通りになったって事?」
「はい」
「そうか、ありがとう」
「もったいないお言葉」
『それならこの仕掛けも不要かな』
「いや、このままやる。そもそも、今までも何度も不意打ちを食らってきたんだ。降伏したからといってちっとも安心出来ない」
『ふふっ、それもそうだな』
俺がラードーンと話していると、スカーレットの視線は俺の背後、巨大なラードーンの石像に向けられている事に気づいた。
「これは……神竜様でしょうか」
「ああ、ラードーンだ――っていうとさっき怒られたばかりだけどな。余りにもにてないもんで」
「わたくしには想像通りの威容だと感じました」
「そうなのか?」
「はい」
スカーレットははっきり頷いた。
まったく迷いのない、確信にみちた反応だ。
「約束の地の事を知って、それを文献で深く調べて得た知識。その知識のイメージ通りの威容でございました」
「そういうものなのか……うん?」
「どうなさいましたか?」
スカーレットの「約束の地」の言葉に引っかかりを覚えた俺。
そんな俺をスカーレットは不思議に思った。
約束の地というのはこの土地のことだ。
この魔物の国の領土全てが、約束の地と呼ばれた土地。
今となっては「魔国」とか「魔法都市」とかの呼び方をする様になったから、久しぶりに「約束の地」という言葉を耳にして、意識にはいってきた。
「……」
「主様?」
『どうした? いきなり』
「約束の地で思い出したけど……」
「なんでしょうか?」
「俺達がやってくる前のように『封印』ってできないのか?」
「え?」
『ほう……』
スカーレットは驚いたが、ラードーンはさっきよりも一段と愉しげな空気を出した。
『そこまでするのか? いや、するのか』
楽しげなままそういった。
その言葉はつまり――。
「できるんだな?」
『うむ』
ラードーンの返事は力強く、頼もしかった。