275.日差しがあってもくらい場所
息を大きく吸い込む。
目的が出来た、それなりのハードルの先にある目的だ。
意識を集中させると、まわりが何も見えなくなった。
まずは「感覚」を掴むために、【エンジェルスフェザー】を唱えた。
背中に純白の、鳥のような翼が四枚現われた。
両手をまっすぐ広げた時の倍近い大きさの翼で、純白ということもあって見栄えはとてもよかった。
鳥の二枚とは一線を画すような四枚羽は、やはり見栄えはいいなと改めて思った。
が、それだけの魔法だ。
魔法の効果として一応飛行能力はあるが、純粋な飛行魔法に比べて飛行能力は劣っている。
天使の翼をモチーフにしているだけあって見栄えは最高だったけど、見栄えをそれほど重要視しない俺はほとんどこの魔法を使ったことはなかった。
久々につかったのは、確認のためだ。
一対の翼――四枚の翼。
必要性と必然性があれば、一つの魔法で二つ以上の何かを作り出す事は決して珍しい話じゃない。
魔法を解いて、翼を消した。
全魔力を集中して、光を複数作るイメージをする。
たまにみる、空気の中で舞っている細かいホコリ、それの更に細かくしたイメージ。
その細かな光の粒子をイメージした。
まずは――一つ。
一つは簡単にできた。
作り出された光は、夏の夜の風物詩の蛍を連想させるような、しかしそれよりも遙かに小さくボワッとした光だった。
それを一度の魔法で、四つ作り出す事をイメージする。
まずは二つだ。
多重詠唱の法則では、四つ同時発動は出来ない。
だけど天使の翼のように、鳥との差別を図るため四枚羽を一つの魔法にまとめる事ができる。
だから俺は光をよっつ作って、まとめるイメージをした。
「む……」
それは難しかった。
しかし魔法を作る最初の段階が難しいのはいつもの事だ。
俺は無理ないレベルでの多重詠唱、31連くらいで留めて、同時に四つをまとめるイメージで魔法を作った。
31連を数十回――チャレンジが1000回を超えたくらいで魔法が完成した。
それを唱えると、無事、一度の魔法で四つの光を作り出す事に成功した。
当然これが最終形などではない。
四つでいいのなら一つを五連の多重詠唱すればいいだけの話だ。
俺はイメージした、空気中に舞うホコリのような、数え切れない数の光を一つの魔法で出せることを目標にしている。
だから完成したら、次は改良を始めた。
少しずつ、一回で出せる光をふやしていく。
一つずつ、一つずつふやしていく。
四から五、五から六へ。
それにともなって、失敗からチャレンジのやり直しの回数が増えていった。
弱い魔法で必要魔力が微弱だからその点は問題なかったが、数が増えるごとに上手く行かなくなって、チャレンジ回数が爆増していくのに心が折れそうになった。
四つの時は千回くらいでどうにかなったのが、五つの時は三千、六つの時で一万をこえた。
七つ一緒は合計二万回を超えてもまだ上手くいかなかった。
さすがにちょっと心が折れる。
何か間違っているのではないかと疑うようになった。
それで集中力が切れかかったのか、まわりの景色が少しだけ目にはいった、意識にはいってきた。
天井が徐々にできあがっていく会場。
まだ塞いでいない穴から降り注がれる日差しの所はまぶしかったが、光が当っていないところはだからといって暗闇ではなかった。
「……ん?」
それが不意に引っかかった。
日差しが直接当っていない、しかも室内で他の照明も今の所ない。
なのにそこそこ明るいのはどういう事だ?
そういえば普段からそうだ。
例えばくもりの日、日差しが直接当っていないのにさほど暗いというわけではない。
もちろん、光源は日差しだ、それはわかり切っている。
わかり切っているけど、直接当っていないのに、全てが等しく薄暗いのは何でだ?
「……待て、等しく?」
思考の中にあるその言葉が引っかかった。
等しく薄暗い――等しく。
その言葉を掘り下げていくと、新しいゴールがみえた。
それを言葉にしようと頭の中を整理する。
しばらくして、言葉になった。
俺がほしかったのは「めちゃくちゃ明るいくもりの日」だ。
くもりの日は影がない。
いやうっすらとはあるが、無視できるレベルでほとんどない。
「めちゃくちゃ明るいくもりの日」なら皆がアメリアの姿がよくみえるし、楽器だけじゃなくその他いかなる影も邪魔になることはない。
問題は日差しがないのになんで明るいのだろう。
一生懸命考えたが、よく分からなかった。
そこで発想を反転させることにした。
最近覚えたやりかた、発想の逆転。
日差しがないのに明るいのはなぜか、日差しがあるのに暗い状況があれば、それとの比較で何かが分かるだろう。
それを考えた。
日差しがあるのに暗い、そんなものあるはずが――。
「――あるぞ?」
思わず言葉が口をついて出た。
日差しがあるのに暗い、そんなあり得ない状況に心あたりがあった。
心あたりと言うよりは、実際にみている。
それがすぐに出てこなかった。
だから必死に頭の中をさぐった。
何でみた? どこでみた?
いろいろ考える。
連想ゲームで記憶が芋づる式にでてこないかとあれこれやってみた。
日差し……明るい……熱い――熱い!?
熱い、というところで更に引っかかりを覚えた。
今度は一瞬でそこを通り過ぎた。
俺ははっとして、パッと上を見た。
完成前の、穴があいている天井。
飛行魔法でまっすぐ上に飛び上がった。
天井から飛び出しても、構わず更に上昇をつづけた。
上昇をつづけて、どんどんと魔力が必要なくなって、魔法無しでも「浮かんで」いられる高さを超えて。
再びやってきたそこは、少し前にアオアリ玉を置いてきた場所だ。
地面に引っ張られる力が完全になくなるほどの高さ、そこには日差しがあった。
太陽が見えて、その光が自分を照らしている。手をかざすと自分の体に影が出来るのだから、光は確かにあった。
だが、まわりは暗い。
日差しがあるのに暗い、くもりの日とは真逆の状況だ。
そこと地上の違いも、前に感じていた。
「空気が……薄い、から?」
つぶやくと、理由が分かったような気がした。