269.ないなら作ればいい
魔物の街の、ブルーノの邸宅。
邸宅の大広間で俺はブルーノと向き合っている。
ちなみにこの大広間もそうだが、そもそも邸宅そのものからして慎ましやかな感じの造りだ。
スカーレット曰く、あえてそうしているということだが、俺はそんな必要はないと思っている。
とはいえブルーノにいっても本人にはこれでいいというだろうから、何も言わないでいた。
それよりも――と。
俺は俺達二人の間の台座に置かれている、丁寧に畳まれたシルクベアの糸を眺めながら、言った。
「これくらいあれば足りるかな?」
「おそらくは。私も88弦琴は初めてですが、通常の琴であれば200本近くの弦は作れる程度の量だとおもいます」
「じゃあ大丈夫かな。足りなければまたとってくればいいし」
俺はシルクベアの事を思い出しながらいった。
この糸の採取法は俺のなかで確立している。
足りなくてもさっと出向いてさっととってくればいいとおもった。
「それで兄さん、他に必要なものはあるか?」
「あくまで通常の琴ということになりますが――」
「ああ」
「――木、が弦に次ぐ重要な材料となります」
「木?」
「琴の土台と申しましょうか――誰か」
ブルーノは部屋の外、大広間の外に向かって声をかけた。
すぐさまドアが開いて、一人の使用人が台車を押して入ってきた。
台車の上には琴がある。
弦は七本――ということは。
「一般的な七弦琴、ってことか?」
「おっしゃる通りでございます」
「みるのは初めてだな……なるほど、この木製の――台座? の上に弦を張っているのか」
「はい、陛下がおっしゃるこの『台座』の材木が重要だと聞いております」
「見た目からして重要そうなのは分かるけど……どういう理屈なんだろ」
俺はそういい、問いかけるように視線をブルーノに向けた。
現物を実際にみて、下の台座が大事そうなのは分かる。
この例えがあっているかどうかは分からないが、なんとなく建物の――一軒家における大黒柱のような存在だと感じた。
だから重要なのは分かる、が、どういう理屈で重要なのかが知りたかった。
場合によっては代替品、あるいは改良もできるかも知れない。
だから聞いた。
「一番はやはり、音の反響が違うと聞いております」
「音の反響?」
「はい、雷斬木が最適とのことでございました」
「らいざん……もく? どういう木なんだ?」
まったく聞き慣れない、というか聞いた事の無い言葉で、俺は首を盛大にかしげて聞き返した。
「特定の品種ではないようです」
「そうなのか?」
「はい。雷斬木――若木の時期に雷が落ちて黒焦げになるも、そのあとしぶとく生き延びて、成長を続けた木の総称とのことです」
「雷にうたれて……? それでも成長するのか?」
「稀にあるとのことです」
「へえ」
『さして珍しいことではない』
ラードーンが口を挟んできた。
『焦土と化した土地から何かが芽吹くことはままある。人間はそれを希望の象徴と見なしがちだが、聞いたことはないか?』
「あー……」
俺は何となく納得した。
そういうのはなんか聞いた事がある。
実際に見たことはないが、聞いたことはある。
なるほど、そういう感じで成長してきた木があるのか。
「なんでそれがいいんだ?」
「雷に打たれることで木そのものに変質が起き、その変質が音の反響にとてもいい――とのことでございました……」
ブルーノはそう言いながら、困ったような表情で言葉が尻すぼみに消えていった。
「はは、わからないんだな」
「申し訳ございません」
「大丈夫だよ兄さん。たぶん俺がきいたらもっとちんぷんかんぷんだったと思うから」
「恐れ入ります……」
「だけど、それが一番いいんだな?」
「はい。職人、そして楽士たちが口を揃えてそう話していました」
「だったらそれを手に入れよう。聞いても理解できなかったから、現物そのままをもって来ることにする」
「はっ、こちらは探させております。少し時間はかかりますが……」
「むずかしいのか?」
「はい……」
ブルーノはまたまた苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「なにぶんトップの職人や楽士がこだわる素材ですので、普段は需要が少なく。かつ、台座になるほどの木は雷に打たれてから10年ほどじゃないとサイズ的にはたりません。しかし十年もたてば記憶もきえますし、雷に打たれた見た目も文字通り風化します」
「あー……なるほどな」
ブルーノの説明はわかりやすかった。
「ですが急ぎ探させておりますので、一両日中にはからなずや!」
「……」
俺は少し考えた。
ブルーノがそういうのなら任せてもいいが、なにか方法はないかと考える。
すると――。
「じゃあ、つくろう」
「作る?」
「ああ、天然物がなければ人工的につくればいいじゃないか」
「作る……と申されましても。いったいどうやって……」
「兄さん、苗木を用意してくれ、とりあえず10本くらい」
「かしこまりました」
ブルーノの顔には疑問が残ったままだったが、行動には一切躊躇はなかった。
俺に「どうやるんだろう?」と疑問を感じつつも、即座に行動して、苗木を集めるためいったん部屋のそとにでた。
☆
一時間もしないうちに、ブルーノの邸宅の庭で、注文通り10本の苗木と向き合っていた。
10本の苗木は鉢にうえられていて、俺の前に並べられている。
「こちらでよろしいでしょうか」
「うん、まずはテスト。ダメ元だから」
「かしこまりました」
頷きつつも、ブルーノは――。
『これをどうするのだ?』
ラードーンの言葉と同じ顔をしていた。
「まずは――【ライトニング】」
俺は簡単な魔法をつかった。
初級の雷の魔法を苗木におとした。
初級とは言え俺の魔法だから、苗木は瞬く間に黒焦げになった。
いきなりの暴挙ともいえる行動だが。
「……」
『ふむ、それから?』
ブルーノもラードーンもまったく驚きはしなかった。
自分で作る、となった以上まずは雷を落とすのは大前提で想像もしてたんだろう、と思った。
「で、これを――【ダストボックス】」
次の魔法を使った、黒焦げになった苗木を放り込んだ。
「それは……はっ」
ブルーノははっとした。ラードーンは『なるほどそうきたか』とつぶやいた。
俺は頷き、説明をする。
「そう、時間を経過させる魔法。中はゴミをより腐らせるために常に土と水が入っている。そして一分で一年が経過する――つまり」
俺はそういって、まった。
とにかく待った、あっという間に10分が経過して、【ダストボックス】の中から放り込んだ苗木だったものを取り出した。
10本のうち、9本は黒焦げのまま枯れていたが、一本だけ――。
「お、育ってる。これでいいのか?」
ブルーノに聞く。
ブルーノは近づき、ノックをするように中指の関節でコンコンとたたいた。
俺の耳じゃ分からないが。
「さすが陛下でございます!」
満面の笑顔を浮かべるブルーノ。
雷斬木を作る事に成功したんだと、俺は理解したのだった。