268.糸を回収
ぺたぺたと繭に触れてみた。
最初はおそるおそるって感じで触ってみたけど、すぐにそれがめちゃくちゃ堅いってのが感触からも伝わってきて、強めにノックしたり、パチーンと叩いたりしてみた。
「すごい堅いな」
『ちぐはぐな生き物なのだな。いや、だからこそか』
「どういうことだ?」
『何かを感づいたらすぐに繭を破って逃走をする生き物ときいただろう?』
「ああ」
『こんな堅牢な繭なのにすぐに逃走するなんてな、というのと、すぐに逃走する臆病な生き物だから堅牢な繭になった、という二つの意味だ』
「ああ」
なるほどな、と俺は大きく頷いた。
「言われてみて確かにちぐはぐだ」
『さて? これをどうするのだ?』
「糸がぐるぐる巻きになってるのがカイコだったよな」
『うむ。ではほぐしていくか』
「そうだな。せっかく無傷で手に入れたし慎重にやりたい」
俺はそういいながら、繭のまわりを回りながら、手触りを確認していく。
どこかにほつれは、とっかかりはないかと確認する。
「おっ」
根気よくさがしていると、繭のてっぺんあたりにほつれみたいな感じで糸が出ているのをみつけた。
それも堅くて、ほつれた糸と言うよりは「突き出ているトゲ」みたいな感じだった。
が、ただのトゲとは違って弾力があった。
それを指ではじくと、震えてピーンとなった。
「おもしろいなこれ」
『これだけで弦楽器に向いているのがわかるな』
「そういうものなのか」
『うむ。最善かどうかは我も門外漢だからわからんが、まあ、そうなのだろうな』
「だな」
俺はラードーンの言葉に同意した。
俺より物事に詳しいとは言え楽器は専門外というラードーン、それでも今までの経緯を考えれば弦楽器――琴に向いたモノなんだというのが分かる。
「後はこれをほぐすだけだな」
『うむ、どうする? 絹糸のように煮てみるか?』
「いや、ヒントはもうゲットしてる」
『ほう、それはなんだ?』
「シルクベア本人だ」
『ふむ?』
「ピンチになったら速攻で繭を破って逃げる習性だっただろ?」
『そういう話だったな』
「つまり、こんなに堅くても――」
俺はそういいながら、中指の第二関節で繭をノックするようにたたいた。
コンコン、と金属を叩いた時と同じような音と感触がした。
「――シルクベア本人はこれを簡単に、それこそ紙のように破けるってことだ」
『ふふっ、確かにそうだったな。それ以前の問題でもある』
「うん?」
『本人が破けなければ冬眠が終わった時にでてこれまい?』
「ああ」
俺はうなずいた、同じ話だ。
「だから本人に『聞く』のが一番いい。無難な所だと手――前足か? に秘密があると思う」
『何かしらの液を吐いて溶かしてる可能性もあるぞ』
「一瞬で溶かすなにかの液はすごいけど、そうじゃないことを祈る」
それだと扱いが難しくなりそうだ。
まあ、それならそれで、一度目撃して魔法で再現すればいい。
俺はそう思って手をかざした。
アナザーワールドの中からシルクベアを出して、やってもらってそれをまず観察しようと思った。
思った――が。
「……アナザーワールド……アイテムボックス……」
手が完全に止まった。
魔法を唱えずに、その姿勢のまま考えた。
『どうした』
「……ちがう」
『うむ? 何がだ』
「出発点が間違ってる、そこにこだわる必要はないんだ」
『ふむ。なんだか分からんが――』
頭の中で聞こえてくるラードーンの語気が、実に楽しげなものだった。
『やって見せるがいい』
「ああ」
☆
俺は少し離れた所で、木の陰に隠れた。
隠れた状態で、さっきまでいた繭のあたりに【アナザーワールド】をつかった。
異空間の中から一頭の熊が出てくる。
見た目は大きい熊そのものだが、白地にどころどころ黒い斑点というか紋様がある、モノトーン的な毛皮で全身を覆っている。
そんな見た目のシルクベアが、まわりをきょろきょろしている。
自分がさっきまでいた繭を見つけた。
まずはまわりをグルグル回った。
そして鼻をならしてスンスンと匂いを嗅いで、そのまま首をかしげた。
『自分の繭なのに自分が外にいることがふしぎそうだな』
ラードーンが楽しげにいった。
俺は物音を立てるとまずいから、返事はおろか頷くことさえもしなかった。
そのまま見つめた。
すると、シルクベアは自分の繭に触れた。
「――っ!」
これにはさすがに驚いた。
あれだけ鋼鉄のように堅かった繭がいともあっさりやぶけてしまった。
大きく開口部をつくり、シルクベアは繭の中にもどった。
運良く開口部の正面がこっちをむいて、顔の一部だがシルクベアの姿がみえた。
シルクベアは角度からして寝そべっているようで、その姿勢で口を開けて糸をはきだしはじめた。
熊が糸を吐くという中々の光景だったが、驚いてる暇はなかった。
今だ! と思った俺は手をかざして【アイテムボックス】をつかった。
アイテムボックスの「口」はシルクベアの前に現われた。
より正しく言えば、吐き出した糸の前にあった。
異次元の貯蔵庫は、シルクベアの吐き出した糸を飲み込み続けた。
『ほう……なるほど。ほぐすのではない、絡む前に回収すればいいという、逆転の発想か』
俺は小さくうなずいた。
目的は変わらず、一歩引いて方法を見つめ直すこと。
アメリアの一件で学んだ事が、迅速な解決に繋がり。
『やるなお前』
ラードーンにも、褒めてもらえたのだった。