267.繭確保
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昼下がり、迎賓館のアメリアの部屋。
俺はアメリアと二人っきりで向き合い、事情を説明した。
「そういうことですので、そのシルクベアがいるとこに行くためにしばらく離れます」
「そう……なのですか」
アメリアは少し表情を曇らせた。
どういう事なのか? と思っていると、俺がいなくなったことで魔物の国に取り残される――という危惧をしているんじゃないかと思い至った。
俺は慌てて説明した。
「俺がいない時の事はレイナに任せてます。俺なんかよりも日常面では気が利くので、不自由は一切させないはずです」
「……あの」
言い訳がましい感じになってしまったが、アメリアの反応は予想外だった。
俺が推測した、生活面とかそういう事を危惧している訳ではないようだった。
アメリアは俺を見つめ、申し訳なさそうに小さく頭を下げてきた。
「私のために……リアム様のお手を煩わせてしまって。本当になんと――」
「とんでもない!」
思わず大声をだしてしまった。
言葉を遮られたアメリアは顔をあげて、びくっ! となってしまった。
「あっ、すみません。でもそうじゃないんです、全然、大丈夫です!」
「リアム様……」
「俺のわがままでやってる事です。アメリアさんは経験をたくさんしたことがあると思うんですけど、アメリアさんの最高の歌をきけるのならステージとか場所とか、その他諸々――何が必要なのか素人の俺には分かりませんが用意すると思うんです。それと同じなだけです!」
アメリアにそんな風に思わせてしまったことがいやで、俺は「そうじゃない」と六文字ですむ話を延々と早口でまくし立ててしまった。
当然、アメリアは目を見開き驚いた顔をした。
一気にまくし立てて気持ち悪かったかな、なんておもってしまう。
一方、アメリアは少し困った顔で。
「リアム様のような方は極めて少数派です」
「え?」
「というより、ここまでしてくださった方ははじめてですわ」
「初めて? え? うそ」
「大抵は皆さん、無理矢理お屋敷に造った舞台に上がれとおっしゃるのです」
「そんな失礼な!?」
俺は驚いた。
思わず声が裏返ってしまう位の驚きだ。
「リアム様」
「え?」
アメリアは俺をまっすぐ見つめた。
射抜くようなまっすぐな視線、かつてないほどの強い眼差し。
予想外の眼差しに俺は少したじろいだ。
「ありがとうございます」
「え? ええ? いやいや、アメリアさんにお礼を言われることはまだ。ていうか俺の方がお礼を言わなきゃです」
「ふふ、リアム様もそうではありませんか? 私、まだ歌ってもいませんのよ」
アメリアはクスッと笑った。
いたずらっぽい、小悪魔的な笑顔をアメリアが見せたのは初めてで、俺はどきっとしてしまった。
胸が高鳴ってしまったのを慌てて抑えつつ、いった。
「ちがいます、歌の事じゃなくて」
「歌のことではない……? それ以外の事で私、リアム様にお役に立てることなんて――」
「アメリアさんのことで気づかされたんです。えっと……」
俺は必死に頭の中で言葉をまとめようとした。
アメリアの一件ですごく勉強になったし、今後に役に立つ考え方なのは間違いない。
それは本当に勉強になって大げさに言えば成長に繋がることだが、上手く言葉にまとまらなかった。
これでまた早口になってまくし立てるのも嫌だから、なるべく短い言葉でずばっとまとめたい――けど、どうしてもまとまらない。
『それ、我がまとめてやろうか』
ラードーンがいってきた、まさに渡りに船って感じで、俺は頼むとラードーンにいった。
そして、ちょこちょこやっているように、ラードーンの言葉をそのまま考えることなく口にした。
「『目標さえはっきりしていれば、時には手段を全取っ替えしてもいい』」
ラードーンの言葉を言った瞬間、そうだこれだとおもった。
アメリアの琴の一件がまさにそうだ。
88弦琴を魔法で演奏することに一時期こだわっていたことだが、最終目標は「アメリアの最高の演奏」を聴く事だ。
だからその魔法が不必要だと分かった瞬間やり方を全取っ替えした。
さすがラードーン、簡潔にまとめてくれてたすかった。
俺は最後に、自分の言葉をちょこっと付け加えた。
「だから、本当にありがとうございます、アメリアさん」
そういって見つめると、アメリアは微かに目を伏せた。
そして何故か頬をそめるが、それはなんだろうと首をかしげてしまった。
☆
夜、俺は飛行魔法で空を飛んでいた。
ブルーノから得た情報で、シルクベアがいる、生息地とされているサンネンジという土地にむかった。
『わざわざお前が出向くのがすこし面白いな』
「そう?」
ラードーンの語気は本人の言葉通り、面白がっているものだった。
俺はなぜ、それが面白いのか分からなかった。
「ブルーノの話だと、ちょっとでも外部の刺激があると熊が繭を破って逃げる、だっただろ?」
『うむ。であるからして凡百どもに運ばせる訳にはいかない。それはわかっている』
状況をこれまた簡潔にまとめた。
分かってるじゃないか、とおもいながら、同時に――。
「じゃあ何が面白いんだ?」
『人間の権力者どもとの対比だよ。あの後、お前が自分で取りに行くといった時のあの娘の顔を覚えているか?』
「アメリアさんの事? ああ……その前からちょっと顔を赤らめてたけど、ますます赤くなってたっけ」
『うむ』
「あれはなんだったんだ?」
『ふふっ、我に聞くか、それを』
「ラードーンも知らないのか?」
『知識ではわかるとも。が専門ではない』
「へえ」
『まあ、安心しろ。悪い事ではない。権力者どもがふんぞり返って下の人間にやらせてたことを、魔王たるお前が直々にやるのだ。その対比で――「誠意は伝わった」、だ』
「なるほど」
ラードーンの説明でなんとなくわかった。
俺もアメリアに誠意が伝わった、という話ならなんの文句もない。
「なら、ちゃんと糸を持ち帰らないとな」
『うむ』
☆
サンネンジは広大な原生林だった。
飛行魔法を全速力でぶっとばして、夜明けを待たずに到着すると、ただでさえ夜なのに、原生林ということもあってその中は不気味で暗く普通なら立ち入るのに躊躇する場所だった。
「【ナイトビジョン】」
魔法を使う。
最初の古代の記憶の中にあった魔法の中の一つ、夜目がものすごく利くようになる魔法だ。
魔法を使った瞬間、まったく見えない暗闇から、窓のない昼間の小屋の中ぐらいにはみえるようになった。
「まあ、これくらいなら」
『あかりはつけないのか?』
「出来るだけ刺激はしたくない。光が刺激になるかわからないから、念の為だ」
『ふむ』
ラードーンが納得すると、俺はサンネンジの原生林の中に入っていった。
前もってブルーノから教えてもらった情報を基に、林――というか森の中を探して回った。
足音を殺した歩き方ということもあって、小一時間くらいでそれを見つけた。
見間違えようがなかった。
カイコが作る繭のような形でありながら、そのサイズは二人三人は収まる、クローゼットほどの大きさだった。
間違いなくこれがシルクベアの繭だなと思った。
俺は手をかざした、慎重に、物音を立てないように魔法を使う。
【アナザーワールド】
魔法の光が繭を包み――手応えはあった。
「――よし」
『久しいなその魔法。アイテムボックスを使うのではなかったか?』
「生き物だし、なんというか、アメリアさんの使う道具で――その」
言葉を選んだ、いい言葉が浮かばなかった。
『血に染まった道具はいやだ、か』
「ああ、それだそれだ。いやそんなに大げさな物でもないけど」
『憧れというのは難儀なものだな。楽器の中にはそもそも動物から剥いだ皮とかを使う物もあるだろうに』
「あはは……」
俺は苦笑いした。
ラードーンの口調はからかいが9割だった。
俺も、我ながらどうなんだろうと思ったが、なんとなくそうしたかった。
俺は気を取り直して、中身のいなくなった巨大繭に近づく。
「まずは確保――さて」
手でふれると、それは鋼鉄のような硬さ、とてもじゃないが、生き物が吐いた糸ででてきるとは思えないような硬さだった。