264.改めて一目惚れ
夜、自分の部屋の中。
俺は戻ってきたラードーンと、今日それぞれの所で起きたことを話しながら、弦を叩く魔法の開発を続けていた。
ラードーンからはデュポーンを「上手く乗せてやったわ」という話を、割と上機嫌な感じで聞かされた。
「それって……結構意外かもしれない」
『意外?』
「ああ、性格的な意味で。ラードーンよりデュポーンの方が細かい性格? っていうのか。そうなのは結構意外だ」
『うむ。こればかりは仕方がない、ヤツの現状という事もあるのだが』
「仕方がない? 現状?」
どういうことなんだろうか、と寝室に備え付けられたテーブルを魔力でトントントンと叩きながら聞き返す。
『例え話をしよう。お前は歩いている最中になにか虫を踏みつぶしたとしよう。足裏にそれなりの感触が残る程度の虫だ』
「え? ああ」
『その場ではどう感じる。ああ、虫が想像しにくいなら犬のフンだとかでもよいぞ』
「それはまあ……いやだな、って」
『うむ、そうだろうな。だが、それでその後歩くのにいちいち虫やフンががいるかどうかを確認しながらあるくか?』
「まあ、しないな」
ちょっとだけ考えてみたが、虫も犬のフンも、人生の中で何回か踏んだことはある。
踏んだことはあるけど、そのあと気をつけているかと言われればまったくしてないって言うしかない。
『それと同じことだ。我は人間に比べ超越しすぎている、今回の人生も永くなりすぎた。ヤツの言うとおり、一万人の街に10人かそこらが隠れて生き延びても気づきもせん』
「デュポーンは違うのか?」
『ヤツは生まれ変わったばかりでまだ若い』
「ああ……」
そうだった、と思いだした。
三竜の中でデュポーン一人だけ過去に二回死んで、生まれ変わっている。
それはつまり「今回の人生」はラードーンとピュトーンに比べてまだまだ若いって事でもある。
ある――のだが。
「若いと気づきやすいのか?」
『うむ。それにヤツは今恋する乙女だ。お前のためなら念入りに「全滅」をやってくれる』
「そうか」
恋する乙女だとそうなるのか? とちょっと不思議におもった。
いや恋する乙女は強い、という言い回しは聞いた事はあるが、その「強い」が街の住民の殲滅に繋がるというのはいまいち良く分からない話だった。
『こっちからはこんな感じだ。それよりも』
「うん?」
『その娘の話は分かったが、88弦琴とやら、現物は一度見ておかなくていいのか?』
「え?」
俺の手が止まった。
ちょっと驚いて、魔力でテーブルを叩く動きが止まった。
「現物?」
『うむ。お前がいう方向性が間違っているとは思わん、実際正しいのだろう』
「じゃあ?」
『そうであっても現物を実際にみているのとそうじゃないのとでは発想も違うだろう。あえて数字でたとえたが、見ないで100点の改良ができても、見てもうひとつの100点を思いつくこともあるだろう?』
「…………なるほど」
俺は少し考えて、ゆっくりと、しかしはっきりと頷いた。
それは盲点だった。
ラードーンの言うとおり、同じ100点が更に見つかるかもしれない。
同じ100点なら、それは複数あった方が絶対にいい。
俺はラードーンに礼を言って、立ち上がって魔法陣を広げた。
☆
次の日の朝、宮殿の応接間。
俺は来てもらったアメリアの前にそれをおいた。
「これは……私の琴?」
アメリアはそれを見て、驚いた顔を俺の方に向けた。
「はい、アメリアさんの88弦琴です。独特でオンリーワンのものですので、間違いないとは思っていましたけど合っていて良かったです」
「これをどうやって?」
「いったことがない場所でしたのでワープはできませんでした。なので俺自身の契約召喚で向かわせて、そこでアイテムボックスにいれて、この街にのこったままの本体を取り出しました」
「わ、わーぷ……? 契約……召喚?」
アメリアは困惑した。
俺の説明が悪かったのか? と焦ってしまった。
「すみません……この子を運んで頂けるとは思ってもいなかったものでしたので」
「ああ、はい」
俺はなるほどと思った。それは確かにそうかもしれなかった。
そう思いつつ、アメリアの88弦琴をみた。
88本もの弦もあるということは、必然的にかなり大きい楽器だ。
キングサイズのベッドに比肩するほどのサイズは、楽器に詳しくない俺でも規格外に大きいのはよく分かる。
同時に、もうひとつのこともよく分かった。
いや、確信した。
「大きいですよね、現物を見て改めてそう思いました」
「そうですね、楽器としては規格外だとは思います」
「これくらい大きいと弾くのも大変ですよね」
「おっしゃる通りです」
アメリアの返事に、俺は小さく頷いた。
やっぱり大変だった。普通にどう考えても大変だった。
ラードーンはもうひとつの100点が見つかるかもしれないといったけど、俺は自分が考えた魔法を応用した弾き方の方が絶対に「楽」なんだろうなと、目の前の88弦琴を見て確信した。
「御前、失礼します」
アメリアはそういって、88弦琴の前に立った。
弦にそっと触れて、それを弾く。
88本の弦をかき鳴らしながら、静かに歌い出す。
最初は喜んだ。
アメリアのことは憧れたが、塀の向こうから聞こえてくる盗み聞きの歌声しか知らない。
だから目の前で演奏してくれるということに感動し、ワクワクした。
しかし、次の瞬間。
俺が開発しようとした魔法にもった確信は粉々に打ち砕かれた。
88弦琴をかき鳴らすアメリア。
大きいということは、動きも大きいということ。
その動きの大きさは――さながら踊り。
踊り、そして歌う。
俺が知っている100点の歌声に、初めて見る100点の踊りが加わった。
「……」
かつてない衝撃が頭の中を駆け巡って、偉そうに「簡単に弾ける」魔法なんて考えようとした自分が恥ずかしくなって。
俺はアメリアに改めて、一目惚れしてしまうのだった。