263.魔力盤
「……」
少し考えたあと、俺は両手をまっすぐ前に伸ばした。
「なにをするの?」
アスナがちょこんと小首を傾げて聞いてきた。
質問してきてはいるが、不思議に思っている感じではない。どちらかと言えば「これから何をするんだろう」という期待感の方が強いようにみえる。
「みてな」
俺はそう言って、伸ばした両手の十本指を目一杯広げて、ピンと伸ばすようにした。
そして指先――指の腹を下向きにして、その先にあるテーブルと向き合うように意識をする。
その指先から魔力を放出した。
左手の小指、薬指、中指から、最後は右手の人差し指、親指と、順番でやっていった。
放出した魔力は弱めの物で、さっきやって指でテーブルを叩くのとほとんど同じような力加減だった。
魔法ではない、純粋に魔力を放出して、それでテーブルを叩く。
十本指を一巡して、また最初の左手小指から。
それを一巡、二巡、三巡と――。
「それぞれが同じ強弱、なのですか?」
と、アメリアが聞いてきた。
「分かるんですか?」
俺は手を伸ばしたまま、視線だけを向けて聞き返した。
アスナとジョディがいるとついつい緩くなりがちだったから、アメリアには丁寧な言葉遣いを心がけるようにしながら聞き返した。
そうやって聞き返すと、アメリアが微かにあごを引く程度に頷いて、答えた。
「音の違いで」
「そうなんですね」
「それと、指ごとの強さは常に同じ……でしょうか」
「はい、その通りです」
俺は頷き、そうだと言った。
「なんでそんな事をしてるの?」
新しい質問をしてきたアスナの方を向く。
「同じ強さで叩く方法がほしいから。全部の指でそれぞれ違う強さにしたのは――」
「逆に、だからこそ強さの調整が上手くできる、と言う事ね」
俺の代わりに答え合わせをしてくれたジョディを向いて、頷いた。
ジョディの言うとおりだ。
十本指の十種類の強さ、それを繰り返していても同じ強さで混ざらずに出来るのなら、完全に力をコントロール出来るということだ。
「なんでそんな事をしてるの?」
「88本まで弦をふやしたのは同じ引き方でも違う音が出せるから――ですよね」
「はい」
「だからまずは力のコントロールをって。まずは俺が力を一定にコントロール出来なきゃ話にならないだろ?」
「そっか」
「で――」
目を閉じ、両手のうち左手を下ろす。
のばしたままの右手は人差し指だけを文字通り何かをさすような形にする。
その先端に意識を集中して、そっとテーブルをなぞる。
テーブルの上に魔力が残った。
「わあ、なんか水で濡らしたのをなぞってるっぽい」
アスナが漏らした感想で、次にやりたい事の第一関門がクリアされたとわかった。
そのまま、俺はアスナの感想とおりにテーブルの上で十回なぞった。
そして、目を開ける。
テーブルの上には、アスナの感想通りの、まるで水でぬらしたかのような、淡い魔力の光が十本ひかれている。
「こんどは?」
「触ってみて。痛くはないから」
「ふむ?」
この場にいる、おそらくは一番好奇心が強く、ためらいがないアスナにいった。
俺がやってもいいけど、最終的にはアメリアに使わせるための技か魔法か魔導具の開発だから、ここでアスナにやらせる事にした。
アスナはちょっとだけ「なんだろう」という顔をしながら、光の線の一番左に触れた。
すると――パチン!
「わっ」
冬で金属のドアノブに触れた時にちった火花のような、そんな小さな破裂音がした。
弾けて、線が消えてアスナも手を引いた。
「痛みはないだろ?」
「え? あっ、ほんとだ」
アスナは破裂音で手を引いたが、俺に言われて、もう一度光の線、左から二番目の線に触れた。
またパチッとおとがした。
今度も線は消えたが、アスナは手を引かなかった。
「ほんとだ、音だけして痛みはないね」
「他のもさわってみて」
「うん」
アスナは言われたとおり、次々に線に手を触れて、パチパチパチ――と鳴らしていった。
十本全部鳴らし終えたあと、俺はアメリアの方をむいて。
「音の強さは……わかりますか?」
「はい、すべて同じでした」
さっきのやり取りを引き継いだ質問だったからか、あるいはアメリアも既に気づいているのか。
彼女はあっさりと即答した。
俺は頷き、成功したことにちょっとほっとした。
魔晶石鉱床においてきた、魔晶石の中に魔法を閉じ込めておくあの技法の応用だ。
めちゃくちゃ薄い魔力の中に音がでる仕組みを封じ込めておき、「だれかが」――つまり「だれでも」ふれたらそれが解放されて音が出る。
「なら、基本の形はできました。あとは長持ちするような形を作ります」
「あの……それは難しくなりませんか?」
「大丈夫ですよ。今回のことを考えれば、一曲の間持つ仕組みであればいいわけです」
そうはなす俺の返事は、応用した技術があの、魔力を途切れさせない、半永久に動かし続ける事を考え続けたあそこから来てるからだ。
あれに比べれば、楽器は一曲の間持たせればいい。
歌ってる間に仕組みや道具が壊れるのは論外だが、毎曲ごとに交換したり補修したりすれば実用上の問題はない。
特に今回は、実際は俺がつきっきりでサポートさせてもらうことになるはずだ。
俺がいれば問題にはならない――いや。
アメリアが歌う協力をさせてもらえる事なんてこの先あるかどうかわからないし、光栄なことだ。
問題が起きそうでも全力でなかったことにする。
そのくらいの覚悟を決めている。
「あとは……道具としての見た目はこんなかんじでいいですか?」
俺はそういい、テーブルの上に次々と魔法の線を描いていった。
同じ長さ、同じ太さ、さらには同じ間隔で並ぶ――88本の線。
途中から全員が88本になると察していたし、アスナにいたっては途中から数をかぞえてくれていた。
それでぴったり88本の線を書いてから、更にアメリアに目を向ける。
アメリアは無言でその線とむきあって、線の上に白く細い指を踊らせる。
リズミカルな指の踊りは、それだけで曲調が聞こえてきそうな感じだった。
そして少しやってから、俺のほうをむいた。
「はい、大丈夫だと思います」
「わかりました。すぐに次の段階の、試作品を作ります」
俺はホッとした。
七弦琴の代わりになる道具が出来そうでホッとした。
自分で言うのもなんだが、想像している形なら――。
「さすがリアムくん、その形なら間違いなく88弦琴よりはひきやすいわね」
「ああ」
ジョディの言葉に頷く、俺は達成感を覚えていた。
ひきやすい――というのは最高の結果だとおもった。
ひきやすければひきやすいほど、その分アメリアは歌の方に集中出来るはず。
彼女の歌声に惚れ込んでいる俺としては、もしかして「もっとすごい歌声が聞こえるのではないか」というワクワク感が胸をいっぱいにした。
が、しかし。
道具や技術としては完璧だが、実際は致命的に間違いだった。
その事を、俺はすぐに思い知らされる事となる。