表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

263/439

262.弦の叩き方

「そんなものがあるんですか?」


 俺は驚いたまま、率直に聞き返した。


「はい……その、色々と試してみた結果88本が最適となりましたので」

「え? じゃあそれ、アメリアさんが自分で作ったってこと?」


 俺と同じように驚いていたアスナも、同じように疑問をぶつけた。


「作った、という大げさなものではありませんが」


 アメリアは目を伏せ、苦笑いして答えた。

 本人はなんか謙遜してるけど、俺はすごいと思った。やっぱりアメリアだと、さすがだと思った。


「ということは、それがないと歌えない、ということなのね」


 ジョディがいうと、アメリアはちょっと困った顔をしながらも。


「そういうわけではありませんが、あればより――」

「いや、必要だよ!」


 俺はアメリアの言葉に被せるように言い放った。


「それがあった方が、アメリアさんの本来の歌い方ができるんですよね」

「それは……はい」

「だったら必要だ! えっと……持ってきては……」


 俺は探り探りで、って感じで聞いた。

 同時にアメリアがやってきた時の光景を思い起こしてみる。


 88弦琴。

 それが実際どういう物なのかは知らないけど、俺でも分かる事が一つある。


 絶対に小さい物じゃない、かなりでっかい代物なんだろうというのは俺でも分かる。

 アメリアが来たときの事を思い出してみたが、そんな「でっかい代物」はどこにもなかった。


「はい。その……身一つで連れてこられましたので」

「えー」

「どうして……だって、アメリアさんなら――」


 俺は言いかけて、言葉を詰まらせた。

 ある光景が脳裏に浮かんできた。

 あの夜、ほとんど一糸まとわぬ姿で俺の部屋にやってきたアメリア。


 アメリアは連中に、体で俺を籠絡しろと強制されていた。

 そうなると当然、楽器なんて持ってこさせはしなかった。


「――あ、うん。まあ」

「どうしたのリアム?」

「顔が変よリアムくん」


 その事を知らないアスナとジョディは不思議そうに俺の顔をのぞきこんだ。

 一方当事者であるアメリアはすごく複雑そうな顔で、どうにか口を笑みの形にしてやりすごすような感じになっていた。

 俺は話を逸らした。


「えっと――そう。なんで88なんだ? 普通の、さっきジョディさんが言ってた7じゃダメなのか?」


 88という数字。

 普通じゃない数字だから、そこに疑問を持つのは当然――という感じで話をそこに逸らした。


「いいえ、ダメな事はまったくありません。ただ、琴という楽器は弦の数、もっと言えば種類で音の幅が決まります」

「ああ」


 俺ははっきりと頷いた。

 数が幅に連動しているというのは俺でも分かる話だ。


「じゃあ一番メジャーな――7弦? は、音の幅が狭いって事?」

「いいえ、そこは弾き方です」

「弾き方?」

「はい……実際にやってみせてもいいですか?」

「あ、うん」


 俺が頷くと、アメリアは大広間のテーブルを、人差し指でトントン、とたたいた。


「今のが指先で叩いた音です。そして、これが指の腹――」


 といって、またトントンと叩いた。


「――で、叩いた音です」

「音が違うよね」

「たしかに」


 俺はアスナと頷き合った。


「このように、同じものでも叩き方次第で音が違います。さらには他に触れているかどうかでも――」


 アリメアはそういい、同じ指先でトントンと、そしてテーブルを手で押さえた状態でトントンと叩いた。


「あっ、ちょっとちがう」

「えっと……ちがう?」

「微妙にね。リアム分からない?」

「ああ、俺にはちょっと……でも違うんだよな」

「うん。だよね」

「はい」


 アスナが水をむけ、アメリアは静かにうなずいた。


「琴もおなじで、弾き方、押さえ方、それを組み合わせることで音の幅を出します。ですので、弦が七本だけであっても、指先と腹、押さえると押さえない――単純計算で7本それぞれに4種類の音が出ます」

「それで28……」

「はい。押さえ方でもう少し微妙に違いを出せますので、実際はもっと多くなります」

「なるほど……」


 俺は感心した。

 楽器って、そんな感じなんだなと初めて知って、感心した。


「その……恥ずかしい話ですが」

「え?」

「そういう微妙な弾き方が苦手ですので、最初から違う音の弦を多く用意することでカバーしました。88本の弦があれば、全部指先で弾いても88段階の音をだせますので」

「なるほど!」

「私は演奏しながら歌いますので、その、演奏の方を少しでも簡単にしなければ、とおもって」

「そういうことだったのか……」


 俺は頷き、ひどく納得した。

 すごくわかりやすい理屈で、理由もはっきりしていた――が。


「リアムくん、騙されないようにね」

「え? だまされるって……どういう事?」


 俺は驚き、ジョディの方をみた。

 彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべている。

 その指摘、アメリアに対する指摘だけど、ちらっと見えたアメリアはきょとんとしてて、「騙す?」ってかんじでまったくそういう意図はなさそうにみえた。


 どういうことなんだろう、とジョディに視線をむけ、答えを促した。


「たしかにね、それだと弾き方が簡単になるかもしれないよ。でもね」

「うん?」

「それって、最低でも88の音を操れるって事なのよ。自分オリジナルの楽器なんだから、必要が無ければ88本までふやす必要はなかったはずよ」

「……たしかに!」


 一瞬戸惑って、確かにジョディのいうとおりだと思った。


「私だとね――」


 ジョディはそういい、パンパンパンパン――って感じで、手拍子をしながら歌い始めた。

 それはジョディが普段からもつ雰囲気によく似合っている、子守歌だった。


 ジョディは手拍子のまま一節だけ簡単に歌ってから、にやりと。


「――こんな風に、歌いながらだと一音しか同時にやれないわ」


 と、いたずらっぽくいった。

 一音だけ、というのは極端で、冗談めかしていったものだけど、その分ジョディの言いたいことがよく分かった。

 88音同時はすごい、普通にすごい。


 アメリアと比べるのもおごかましいけど、俺の同時魔法、前詠唱なしだと67位が限界だ。


 88同時に扱えるのがいかに難しい話なのかは何となく分かる。


「それにね」

「まだあるの?」


 ジョディは頷き、さっきのアメリアと同じように、トントン、とテーブルを叩いた。


 トントン、トントン、トントン、ト――。


「今、音が違うの分かった」

「ああ」

「私は同じ叩き方をしたわ、全部指先のつもり。でも、全部指先で叩いたつもりでも、繰り返してるとちょっとだけミスして指の腹で叩いてしまうときもある」

「それはそうだな」


 俺も同じようにやってみた。

 俺がやるのをみながら、ジョディが続けた。


「まったく同じ動きを続けるのは難しい事よ。歌いながらならなおさら」

「……ああ、やっぱりアメリアさんはすごい!」

「そんなことないです……その、歌っている最中は、気を張っていて、それでどうにか……」

「気を張って? なのか?」

「はい……」

「……つまり、そこに意識をちょっととられてる……?」

「はい……そうです、けど」

「……」


 俺はあごを摘まんで、考え込んだ。


 それは――よくない事だ。

 絶対に絶対に、よくない事だ。


 俺はアメリアの歌が好きだ、大好きだ。

 アメリアの歌う歌ならなんでも好き――だが。


 わがままを言わせてもらえるのなら、アメリアが全身全霊を込めて、ただ「歌に集中」した歌を聴きたい。


 楽器の演奏にさく集中力は最小限に留めておきたい。

 だから……考えた。

 頭をフル回転しながら考えた。


「リアム様……?」


 不思議そうに俺を見つめてくるアメリア。

 考えはすぐにまとまった。


「魔法で――叩き方を簡単に一定にすればいい」


 やるべき事、その方向性はすぐにまとまった。


「それはどういう……」

「アメリアさん」

「アスナさん?」

これ(、、)がリアムだから」

「はあ……」


 俺が更に一定の叩き方の実現方法を考えている中、アスナがなんか得意げな顔をして、アメリアはちょっとだけ困惑していたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2025年1月6日アニメ放送開始しました!

3ws9j9191gydcg9j2wjy2kopa181_np9_jb_rg_81p7.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ