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261.愁い目のアメリア

「紹介する、この人がアメリアさん。ちょっとの間この街に滞在することになった」


 宮殿の大広間の中、俺とアメリアの二人で、呼び出したアスナとジョディと向き合っていた。

 この街で数少ない人間で、かつ、外交をよく担当するスカーレットと違って街にいることが多い二人だ。


 二人を呼び出して、まずアメリアの事を紹介した。


「へえ、この人がそうなんだ」

「そうなんだって?」


 俺はアスナに聞き返した。

 紹介をうけたアスナは前から知っているような、そんな反応をした。


「あれだよね、リアムが本気で魔法を使う時に呼んでる名前」

「ああ……」

「私の……名を?」


 これには逆にアメリアがびっくりしたみたいで、俺は内心の焦りを抑えつつ、説明をした。


「大規模な魔法を使う時って、精神統一のために自分のこう……好きな物事をキーワードにしてつぶやくんだ」

「そうでしたか……それで私を」

「…………ああっ、ほ、本当にごめん!」


 俺は慌てて謝った。

 前詠唱に名前をいつもつぶやいているから、アメリアはトリスタンに引っ張り出されて、両親を人質にとられた。

 それを思い出して、あわてて謝った。


「いえ、リアム様を責めているのではありません。ただそうだったのですね、と」

「それでも、本当にごめん」


 俺はもう一度謝った。


「たしか、リアムくんがとても好きな歌姫の事なのよね」


 ジョディがそうきいてきた。


「ああ」

「どんな歌を歌うの?」

「あ、それ。すごく興味がある」


 ジョディの疑問に、アスナが乗っかった。


「えっと……」


 俺はうかがうような視線をアメリアに向けた。

 それをうけ、アメリアは婉然と微笑みながら。


「では、お耳汚しですが」


 といって、息を大きく吸い込んだ。

 俺は反射的に、びしっ! と直立不動のような姿勢になった。


 それを見たジョディが微笑み、アスナが「大げさ」と言わんばかりの笑顔をしてきたが、反論してる余裕なんてなかった。


 そして、アメリアが歌い出す――。


     ☆


 夢のような時間が終わって、俺はそっとまなじりを手の甲で拭った。


 涙した感覚はしなかった、しかしアメリアの歌を聴いたあとは必ず気づかない内に涙がこぼれているであろうと過去の経験がそれを告げている。

 案の定、まなじりをぬぐった手の甲ははっきりと濡れていた。


 静かに涙を拭った俺、その一方で、ジョディは深く沈み込むソファーに腰掛けたまま、微動だにしないまま滂沱の涙を流していて、アスナはといえば「えっぐ、えっぐ」とすすり泣きをしていた。


 それをみて、俺は変な優越感に浸っていた。

 俺は何もしていない、それでもアメリアの歌声は二人の心にしっかり響いていた。


 「先に知った」だけの人間特有の、しょうもない優越感に浸っていた。


「お耳汚しをいたしました」

「とんでもない。さすが『愁い目のアメリア』。前に聴いた時よりもさらにすごくなってる!」

「失礼ですが、リアム様はどこで私の歌を?」

「ああ、とある地主の屋敷の、塀の外から聴いてた」

「あら……」


 アメリアは目を見開き、驚きの表情を浮かべた。


「リアム様が、塀の外から?」

「え? あー……その、たまたま」


 俺は話を逸らした。

 それは前世の話、貴族のリアムに乗り移る前の話。

 地主におそらく招かれたアメリアの歌を偶然聴いたと言う話だ。


 貴族のリアム、魔王のリアム。

 どっちにしてもおかしい話で、それは答えようがないからとぼけるしかなかった。


「そ、それより。二人はどうだった?」


 わかり切っているが、話を逸らすという意図も込めて、アスナとジョディに聞いてみた。


「……」


 普段は年長者ということもあって、ラードーンらとは別の意味で超然としているジョディだが、彼女は返事も出来ないほど呆けたまま、余韻に浸ったままだった。


 対照的に、アスナは戻って(、、、)きていた。


「すごい! すごいよリアム。歌でこんなに感動するの初めてだよ」

「だよね」

「ねえねえ、あんた、心を読めるの?」

「心?」


 アスナはアメリアに聞いたが、不思議に思った俺は横から逆にそれを聞いた。


「うん! こころ。だって、こう歌にどんどんどんどん引き込まれていって、やばい泣きそう――の瞬間にガツンと一番悲しいのがくるんだもん!」

「えっと……その気持ちの動きを読んでそう歌ったって事?」

「そう!」

「それはどうかな――」

「私もそう思ったわ」


 横から、ジョディがハンカチでそっと涙を拭いながら、アスナの意見に同調してきた。


「心が読める――そう、そうとしか思えないほどだったわ」

「うんうん、そうだよね」

「へえ……」


 アスナだけならどうなんだろうとおもったが、ジョディも同じ――二人まったく同じ感想を抱いてるのならそれは気のせいで片付けられるものじゃないと思った。


 ――が。


「いや、でも」

「どうしたのリアム?」

「それって……つまり、アメリアさんが二人の気持ちを読んで、そうなるときに合わせて泣けるように歌った――ってことだよな」

「そうだよ。ねっ」


 アスナは頷き、とうのアメリアに同意を求めた。

 アメリアは困ったような笑顔を浮かべた。


「うーん……」

「なにか気になるの? リアムくん」

「ああ。丁度音に関する魔法をあれこれしてたからわかるんだけど、音って、範囲魔法みたいなものなんだよ」

「範囲魔法……そうね、まわりに広がって、満遍なく影響を与えると言う意味ではそうだわね」

「範囲魔法が範囲内の対象の動きに合わせて微妙に効果を出すのって――不可能だと思うんだけど」


 俺はいろいろ考えてみた。

 いくつかやれそうなやり方を思いつくが、どれもこれも実践に移すとなると問題ありとしか思えなかった。


「その……お恥ずかしい話ですが」


 アメリアは宣言通り、恥ずかしそうに頬を染め、ややうつむいた感じの上目遣いで言ってきた。


「すこし、違うのです」

「ちがうって?」

「その――」

「まって」


話そうとするアメリアに、ジョディが待ったをかけた。


「ジョディさん?」

「ねえ、あなた、それ。門外不出の秘伝みたいな事を話そうとしているのではないかしら?」

「え?」


 俺は驚いた。

 パッと振り向くと、アメリアの表情がそうだと物語っていた。


「えええ!? だ、だめだよそれ。アメリアさんのそんな! 大事な技術の話をそんな軽々しくと」


 俺は必死に止めようとした。

 アメリアの歌のすばらしさは俺が誰よりも知っている。

 そのテクニックはきっとすばらしい物だろう。

 だから俺は必死で止めようとした。


「大丈夫です……リアム様になら」


 そういって、アメリアは続けた。


「その、おそらくおっしゃりたいのは、聞き手側の気持ちはばらばら、一人一人に合わせた歌い方を同時にするなんて不可能、ということかと」

「うん!」

「そうではなく、逆なのです。なんともうしますか、下準備を整えて、全員がそうなる一歩手前まできたところで、いっきに」

「……ああ、なるほど」


 そういうことか、とおもった。

 おもった、が。


「…………それってやっぱりすごい事だよ!?」


 落ち着いて考えてみたら、確かにそっちの方は不可能ではなくなったけど、ものすごく難しい事、超高等テクニックな事に変わりは無い。


 それをしれっと言ってのけるアメリア……やっぱりすごいと思った。


「はあ……やっぱりすごい人だったのねえ、アリメア」

「リアムくんが憧れるだけあるわ」

「だろ!?」


 アスナとジョディに同意してもらえて、俺は嬉しくなった。


「そだ、あたしらを呼び出したのはなに? 歌を聴くってだけじゃないんでしょ?」

「あ、うん。アメリアさんのご両親もきてて」


 俺は事情を説明した。

 アスナは憤慨し、ジョディは笑っていないような笑顔になった。

 アメリアの歌を聴いた直後だからか、そのアメリアのご両親を人質にとったという行動が許せないと二人とも思ったようだ。


「だからしばらくこの街にいてもらうけど、魔物ばっかりじゃ怖がるかもしれないから、二人にお願い出来ないかって」

「まかせて」

「ええ、お相手するわ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」


 アメリアは二人にむかって深々と頭をさげた。


「さて、これで歌会の準備を進められる。アメリアさん、何かほかに用意してほしいものはある? 歌うために」

「そういうことでしたら……琴、を」

「琴……ああ! そういえばそんな音色だった!」


 俺は盗み聴きのアメリアの歌声を思い出した。

 そういえばそうだ。

 アメリアの歌が素晴らしすぎてほとんど耳にのこってないが、そういえば何かしらの楽器の音がした。


「琴か……どういうのがいいの?」

「メジャーなところだと七弦の琴かしら?」


 ジョディも一緒になって尋いてみた。

 しかし、アメリアはゆっくりと首を横にふった。


「88、です」

「……え?」

「88弦琴、です」


 はじめて聴いたしろものに、俺はびっくりして、口をぽかーんと間抜けにあけはなってしまうのだった。

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2025年1月6日アニメ放送開始しました!

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― 新着の感想 ―
西洋風の設定みたいだし、歌の伴奏で琴?って思ったけど(確かに、歌付きの琴の曲もあるけど)、88弦ってことはピアノのことか。あれ、ハープって、そんなに弦の数なかったよね?
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