260.歯止め
ガイライの上空、生存者がゼロになった街を睥睨するドラゴンの姿のデュポーン。
その横で一人、少女の姿があった。
見た目のギャップは天と地ほどの差があるが、その実同格の存在であるラードーンだ。
「ふむ、皆殺しにしたか」
『当たり前じゃん』
「自分がコケにされた時よりも念入りにやったようだな」
『だから当たり前じゃん、っていってんの』
デュポーンはその図体に似つかわしくない口調に、ギャップしかないはっきりとした憎悪を乗せて言い放った。
『人間程度があたしに何をしようが視界にも入らないし。でもダーリンをコケにするのは絶対に許せない』
「むかしある人間が言ってた言葉をおもいだしたよ」
『はあ?』
「若造が俺にため口をきこうが別にいい。だけど俺が尊敬する大先輩にため口をきいたら一生許さない。とな」
『ふーん』
デュポーンはつまらなさそうに鼻をならした。
ラードーンは尊敬する大先輩のところをリアムに例えたのだが、そういう人間関係はどうでもよくて、あくまでリアムという一個人に心酔しているだけのデュポーンにはどうでもいい例え話だった。
「うむ、さてあの小僧はどうでるかな」
『ってかあんた、なんであたしに話をもってきたのよ』
「うむ?」
ラードーンは少しだけを目を見開き、デュポーンの方に目線をむけた。
ドラゴンと少女。
同格の存在である二人は決して仲が良好とは言えない。
むしろ仇敵、怨敵といっていいほどの存在だ。
事実、今でもリアムの存在がなければ二人はこの場で殺し合いを始めていても決しておかしくはない。
それは普通そうに見えて、二人の間にある空気がぴりついているのが何よりの証拠だ。
「純粋にお前が適任だとおもったのだが?」
『はあ? 馬鹿にしてんの?』
デュポーンは苛立たしげにラードーンをにらんだ。
空気が一段と張り詰めて、二人の間に青白い火花がほとばしった。
『こんなちっぽけな街一つ、あんたでもあたしでもいっしょじゃんか』
「うむ、滅ぼすだけならな」
『……どういう意味さ』
デュポーンの怒りのボルテージが一段階下がった。
直情径行に見えて、その口調とおりの稚気を多分に保持しているとは言え、彼女は神竜と呼ばれたドラゴン、三回も記憶を保ったまま転生を繰り返した人知を越えた存在だ。
直情径行にみえてそれはあくまで感情面の事、知識も知恵も人間程度では及びもつかないほど超越した存在。
そんな彼女が、ラードーンの言葉に含みがあると一瞬で気づいた。
「理由は二つある。まずあやつへの思い。それはお前の方が強く、故に容赦がない」
『そんなの当然じゃん。ダーリンのこと大好きだもん』
「もうひとつは性格の問題。人間どもが抱いている印象よりも、我は遙かに大雑把な性格で、お前は緻密に物事を進めるタイプだ。想像してみろ、我がこれをやったとして、果たして『皆殺し』にできたか」
『あんただったら十何人かは討ち漏らすでしょうね』
「うむ。一万人ほどだったか、ならば十数人は討ち漏らすだろうな」
ラードーンは頷いた。
「しかしお前は違う。がれきの下で偶然生き延びた赤子だろうがきっちりトドメをさしていくだろうな」
『あたりまえじゃん』
「今回はどうせだったら文字通りの全滅にした方がいいと思った、のは。お前も理解しているだろう」
『馬鹿にしてんの? 1と0じゃそもそも別の話じゃん』
「そうだ、だからお前に話を持ちかけた。我から持ちかけられた話だろうが、あやつがされた事は事実、お前なら文句を言いつつも丁寧に人間どもをすりつぶすだろうと思ったのだよ」
『むっかつく』
デュポーンが悪態をついた。
殺気が一段と濃くなり、人間なら居合わせただけで気絶しかねないほどのものになった。
『ほんとうむかつく。おぼえてなさいよ、ダーリンとあんたの縁が切れたときに粉々にしてやる』
「出来ぬ事をみだりに口にするのは格をさげるぞ」
『……絶ッッ対、殺す』
「……ふふっ」
『こんどは何がおかしいのさ』
「いいや? 人間どもに同情したのだ。これ――」
ラードーンはそういい、地上の街、廃墟になった街を指した。
「――は自業自得だ、同情の余地はない」
『……』
「さて、あやつは人間だ。生きてあと百年というところか」
『ダーリンは人間だし当たり前じゃん。だから?』
「あやつがくさびとなっているから、我と貴様は存命中致命的な決裂はせん」
『話が長いのよ、本当むかつく。ダーリンはやくこいつに愛想つかさないかな』
「結論だけがよいか? 100年分蓄積したものが爆発したらどうなる?」
『あんたが粉々になるだけじゃん』
「我らの戦いがこれまでの最大規模になるだろうなと言う話だ」
『……ふん』
デュポーンはつまらなさそうに鼻をならした。
感情面はともかく、デュポーンはラードーン相手では必勝の自信はないというのは、頭の冷静な部分でははっきり理解している。
しかし、ラードーンが言う「これまでの最大規模」は彼女も同意だ。
同意ではあるが、自分が感情剥き出しの言葉を放ったのに対し、ラードーンはそうじゃなかったのが不愉快だった。
だからといって反論できる話でもないから、彼女はつまらなさそうな感じで押し黙ってしまった。
「その時巻き込まれる人間どもはご愁傷様という話だ」
『……ふん』
デュポーンが何か思いついたかのように、うってかわって楽しげな声色にかわった。
ラードーンは訝しげに眉をひそめた。
「なんだ?」
『最大規模にならない方法をおしえたげる』
「……なに?」
『ダーリンを地上の王にするの。地上をダーリンの血、ううん、あんたは血じゃないね、ダーリンの業績で埋め尽くすの』
「むっ……」
『あたしはダーリンと作る子供以外気にしないけど、あんたはダーリンの――なんだっけ、人間の言葉で……そうそう、「生きた証」そういうのがあると壊せなくなって気が散っちゃう』
「……ふふっ」
『こんどは何?』
「なあに、あらかじめ用意しておけばいいとおもってな」
『用意?』
「そう。あやつに頼んで……そうだな、我とお前が全力で殺し合ってもまったく巻き添えを出さない何かを作り出してもらう、とかな」
『へえ……あんた、たまーに、いいこというじゃん』
「ふふっ、我らが意気投合するのは数千年来で初めてのことかもしれんな?」
『うん。あたしからダーリンにたのんだげる。あんたは首を洗ってまってなさい』
「ふふっ」
『うふふ』
人がいない上空で、向き合って殺気をぶつけあう二人。
彼女達は微妙に理解していない。
いや、考えが及びもつかないことだからしょうがない。
この場面を。
この、人智をはるかに越えた殺意をぶつけあうふたり、それを抑えられるのがリアム一人だけ。
この状況にたちあって、関係性が理解できれば。
トリスタンのみならず、どんな権力者だろうが下手に出てリアムを懐柔しただろう。
そういう意味では、本人達はいろいろと理解が及ばなくて、月並みな脅しを人間代わりにかけていたのだった。