259.魔王の「らしさ」
「……うん」
俺は頷き、【ノイズキャンセル】の発動を終わらせた。
壁越しに聞こえた言葉に安堵して、リビングのソファーに深く体を沈ませた。
壁越しに聞こえたのは再会したアメリアとご両親のやり取りだった。
アメリアは「大丈夫だった? ごめんなさい」といい、ご両親は「大丈夫だった。アメリアこそ大丈夫だった?」と聞き返した。
この時点でもう大丈夫だと判断して、それ以上聞く事をやめた。
「ふぅ……」
とりあえずこれで一件落着かな。
アメリアもご両親も、俺の手が届く範囲にいるうちは、これ以上パルタ公国にはなにもさせない。
絶対に何もさせない、手出しはさせない。
そう固く誓った。
そのための魔法を考える。
身の安全を守るにはどうすればいいのか――いや。
身の安全を守るだけじゃダメだ、そこで思考停止したらダメだ。
もっと踏み込んだ、完全に守る何かを考えなきゃ。
身の安全を守る魔法なら17通り思いつくけど、それ以上のことだから全て一旦白紙にした。
『それはよいが』
ふと、ラードーンが話しかけてきた。
「うん? なんだ?」
『親も取り戻したり、人質につかった人間にペナルティを与えねばなとおもっているが?』
「した方がいいのか?」
『むろんだ。何かリクエストはあるか?』
「……二度とこんな真似をする気が起きないようにしたい」
『うむ』
「方法はわからないが、そう思わせたい――丸投げになるか? これじゃ」
『ふふっ、お前はこの国の王だ。王ならその程度の方針を示すだけでよい』
「そうか」
『なら我らで全てやっておく』
ラードーンはそういい、また人間の少女の姿になって、俺の中から出てきた。
「ラードーンが行くのか?」
「多少はあらっぽくやった方が良い場面だ。我が実際に出るかは即興になるが」
「わかった。任せる」
荒っぽく、という言葉に異存はなかった。
そうしてラードーンは部屋から出て行った。
俺は再び魔法の事を考えた。
一番簡単なのはご両親を取り戻した時の様に、条件付きで発動する魔法で、何かあったと同時に俺の所に瞬間移動する様に仕掛けることだ。
俺の所に瞬間移動させるのが失礼にならないのか、ちょっとためらった。だから「俺が安心だと思える場所」について考えた――が。
こっちは厳密には魔法の事じゃないからあまり思いつかなかった。
ラードーンたちドラゴンの所でもいいけど、彼女達がアメリアのご両親を絶対守るという確証もないからむずかしい。
ならもっと別の方法――と思っていたその時。
部屋のドアが控えめにノックされた。
「はい」
「……」
「うん? はいっていいぞ」
俺は不思議がりながら言った。
ノックをするのだからメイドエルフの誰かだろうと思ったけど、メイドエルフ達なら俺が応答したらもう部屋に入ってきてるはずだ。
なのになんで――次の瞬間驚きと納得が同時に来た。
「ア、アメリアさん!?」
部屋に入ってきたのはアメリアだった。
彼女は上品な所作のまま、ゆっくりと部屋に入ってきて、俺から少し距離をとったところで立ち止まった。
そして、静々と頭をさげた。
「両親を助けていただいて、本当にありがとうございます」
「わわっ! あ、頭上げてください!」
俺はソファーから飛び上がる位に慌てて、アメリアを制した。
憧れの人にこうして頭をさげられるのを見せられて、とても平常心じゃいられなかった。
「本当にありがとうございます」
「というか本当にごめんなさい! 巻き込んでしまって。その……俺のせいで」
「リアム様のせいではありません。……本当ですよ?」
「アメリアさん?」
アメリアの語気がやけに強い事に気づいて、俺はちょっと困惑した。
「両親を人質にとられなくても協力するつもりだったのです」
「そ、そうなの?」
「はい。公国を脅かす魔物の王、しかしその魔物の王を説得できるのはあなただけ。最初はそう言われました」
「あ、ああ。それは、そう……」
困惑と羞恥。
その二つの感情が同時に俺を襲った。
「こんな私が国を救う? と困惑しました。しかし役に立てるのなら、と思いました」
「うん」
「ですが、怖くもありました。相手が魔物の王、魔王ですから」
「あっ……」
俺は気まずそうな顔になったのが自分でも分かった。
魔物の王、魔王。
たしかに普通は怖いって思うもんだ。
アメリアの事はよく知っている。
彼女は戦う術を一切持たない女性。最高の歌姫はか弱い女性だ。
魔王のところに行ってくれっていわれたら、ためらって当然だ。
「それで少し考えさせて……といったら、両親を人質にとられました」
「……ごめんなさい」
一呼吸の間を開けて、俺は頭を下げた。
「リアム様?」
「それは《俺》が追い込んでしまったからだ。追い込んで追い詰めたから、待てなくて手段を選ばずにそうしたんだ」
「……どうか、頭を上げてください」
「アメリアさん……」
「もしそうだとしても、それは事象の因果で、責任を負うべきことではありません」
「……」
アメリアにそう言ってもらえたけど、俺はやっぱり申し訳ない気分でいっぱいだ。
「……リアム様は」
「え?」
「聞いていたのと大分違います」
「聞いていた?」
「はい。その、悪逆非道の魔王……と」
「あ、うん。魔王なのは間違いない」
それは否定するところじゃないし、最近は周りのみんなのおかげで、むしろ魔王という言葉が徐々に誇らしく思えるようになってきたくらいだ。
「リアム様」
「な、なに?」
「私に、何かお手伝い出来る事はありませんか?」
「手伝い?」
「どこまで出来るか分かりませんけど、橋渡し――」
「じゃ、じゃあ! この国のみんなにアメリアさんの歌声を聴かせてほしい!」
アメリアさんは何かを言う途中だったけど、俺は食い気味で頼み込んだ。
だってアメリアさんから言い出したことだ。
憧れの人がそんな事をいったら、それを逃すなんて馬鹿な真似は出来ない。
俺は、魔物のみんなに、この国に住むみんなにアメリアの歌声を聴かせるチャンスが巡ってきたと真剣に頼み込んだ。
アメリアは目を見開き驚いた。
そんな事を言われるとは思いもしなかった、と言う顔だ。
しばらくして、アメリアが口を開く。
「リアム様は……本当に不思議なお方」
「そ、そうか?」
「私の事をただの歌い手としかみていないのですね」
「そんなことない! すごい人! 憧れの人! 最高の歌姫だって思ってる!」
「そういうことではないのですが」
アメリアはそう言って、クスッと笑った。
「分かりました。そういうことでしたら、いくらでも」
と、穏やかに、しかしちょっといたずらっぽく微笑んだのだった。
☆
リアムとアメリアが二人っきりで話していたその頃。
パルタ公国、ガイライの街。
街は炎上し、悲鳴すらも聞こえなくなった。
上空にはドラゴンが一頭、かの神竜デュポーンが威容を誇ったまま地上を見下ろしている。
小一時間、いやそれにも満たないさらに短い時間で。
一万人ほどの大きな街が文字通りの「全滅」をしたのだった。