26.男爵リアム
ギルドの中がざわつく中、自分の変化が見えていないジョディは不思議そうな顔をしていた。
「あら、皆様、どうかなさったのですか?」
「どうかなさったって……マスター、鏡ある?」
「あ、ああ。ちょっと待て」
マスターはカウンターの向こうから鏡を取り出して、ジョディに向けた。
鏡の中の自分をみて。
「あらぁ……」
ジョディはおっとりしたまま、しかし確実に驚いた。
「懐かしい顔ですねぇ。これ、契約のおかげかしら?」
「……そのようだ」
人が若返るという衝撃から俺も落ち着きを取り戻して、静かにうなずいた。
「なるほど……あっ」
「今度はどうしたんだ?」
「これが……スキルなのですね」
ジョディが頬を押さえながらいうと、ギルドの中は更にざわついた。
「まさかまたユニークスキル?」
「若返りだけじゃなくて?」
「とんでもねえ……」
「ジョディさんのはどんなスキル?」
「そうですね……ちょっと待っててください?」
ジョディはそう言って、ギルドからでていった。
どうしたんだろうっておもった。
状況がよく飲み込めないまま、待つこと十数分。
ジョディは、白い皿をもって戻ってきた。
皿の上には、綺麗に三角形に切りそろえられたサンドウィッチがある。
それはなに――って聞く前にジョディがギルドの中を見回して。
「どなたか、怪我をなさってる方はいませんか?」
若返った美少女にみられ、聞かれて、その場に居合わせたハンター達は戸惑ったが、一人の男が前に進み出て。
「脇腹をちょっと抉られてる」
「では、これを召し上がってください」
ジョディはそう言って、皿ごとサンドウィッチを差し出した。
男は戸惑いながらも受け取って、サンドウィッチを頬張った。
「うまいな……これがどうかした――え?」
サンドウィッチを頬張る口ごと固まった男。
ギルド内はざわざわする。
男は信じられないような顔で自分の腹を見たあと、おそるおそる服をたくし上げた。
腹にぐるぐると包帯が巻かれていた。
包帯には血がにじんでいる。
男はおそるおそる包帯をほどく――すると、血がにじんでいたはずの箇所には傷がなかった。
「治ってる!?」
男は驚いてジョディをみた。
ジョディはニッコリと微笑んで、俺を見た。
「私の料理、怪我を治す効果が出るようです」
その場にいる全員が絶句した。
俺はギルドマスターをみた。
ギルドマスターは唖然としたまま。
「すごい……治癒効果のある料理なんて……初めてみた」
☆
二人のユニークスキル、そしてジョディの若返り。
立て続けに「奇跡」のような事が公衆の面前でおこり。
噂は、たちまち街全体に広まった。
☆
「第一王女がお見えになる」
「……え?」
屋敷の応接間で、ジェイムズと向き合っていた俺はきょとんとなった。
ポカーンとなった俺、ニコニコ顔のジェイムズ、少し離れたところで静かに佇んでいる若いメイド。
噂を聞いたジェイムズに呼び出されたはいいが、初っぱなからまったく予想外の事をいわれて戸惑ってしまった。
「第一王女って……?」
「スカーレット・シェリー・ジャミール殿下だ」
「いえ、そういうことではなく……王女って、あの王女? お姫様?」
「うむ」
ジェイムズは大きく頷いた。
「な、なんで?」
「弱冠十二歳ながらハンターギルドのAランク討伐を中心になって達成。同時魔法最大11の魔法使い。使い魔を進化・若返りさせる魔力の持ち主」
ジェイムズは指折って、俺がやったことを数え上げる。
「並みの事ではない、その事を知ったスカーレット殿下はいたく興味をもたれた。お前に会いに来る」
「お、お姫様って、下々の事をいちいち気にかけるの?」
「儂が報告した」
「ええっ!?」
ガタッ、と、驚きのあまり立ち上がってしまう。
膝がテーブルにあたって、ティーカップをひっくり返してしまう。
それをメイドが無言で片付けた。
「騎士に叙した男だ、その行状をしばらくは報告する必要がある。推薦した人間がな。知っているか? 九割の貴族、あるいはそれに準ずる立場の人間が、なった直後に問題を起こしているのだ」
「なった直後に……?」
「自分は偉くなったと気が大きくなるのだ」
「あぁ……」
なるほどそれは分かる。
この貴族の五男に乗り移る前から、そういう人間をたくさん見てきた。
いきなり人が変わったかのように威張り散らしたり、横暴になったりする。
「という訳だ。殿下は特にお前の使い魔のことに興味をもった。ユニークスキルもだ。殿下の前で実演するといい」
「……」
俺は無言で座り直した。
「どうした」
「それ、断れませんか?」
「なに?」
ジェイムズが眉をひそめた、片付けていたメイドも固まった。
下を――テーブルの方を向いているから顔は見えないが……想像はつく。
メイドは庶民、俺も元々庶民。
王女様に楯突くなんて、普通は考えすらしないものだ。
「断る? 何故だ」
「彼女達は仲間だ、見世物じゃない」
「……」
「その力が必要でどこかへ行け、っていう話なら従いますが、興味があるから見せろ、という話じゃ受けるわけにはいかない」
「……第一王女殿下なのだぞ」
「であってもです」
正直、ここで断ったらどうなるのか分からない。
俺はリアム――貴族の五男に乗り移って数ヶ月しかたってない、中身はまだまだ庶民のままだ。
わからないけど、庶民だからこそ。
パーティーを組んでる仲間を、王族の好奇心のために見世物にするのはダメだと思う。
特に――今は使い魔契約を結んでいる。
俺の命令は絶対服従、だからこそさせられない。
ただの仲間ならものの試しに頼みもするが、絶対服従がかかってる状態だと頼む事すらしたくない。
「分かった、儂から進言しておこう。お前が自分の魔法を殿下にお見せするのは?」
「俺の事ならいくらでも」
多分、ジェイムズの助け船だろうな、これは。
だからこそ俺はそれに乗った。
自分の事ならいくらでも、と、まっすぐジェイムズを見つめて言い放った。
☆
リアムがいなくなった後の部屋の中。
ジェイムズは立ち上がり、片付けの姿勢のままテーブル横にしゃがんでいたメイドに――なんと深々と一礼した。
「申し訳ありません、殿下。このような事をさせてしまい」
「よい、メイドに扮すると言い出したのは妾自身。ならばメイドとして振る舞わざるをえない事で、そなたに責はない」
「はい」
メイドは立ち上がって、ヘッドドレスをはずした。
瞬間、まとめていた髪がふぁさ、と広がる。
窓から射しこまれる日差しを反射したきらびやかな金色。
王侯貴族と平民の一番の違いは「髪質」と言われている。
栄養状態がよく、手入れする余裕がある貴族の髪のコンディションは平民のそれよりも遙かに良い。
きらびやかな金色は、そのまま彼女の身分を主張しているようだ。
第一王女スカーレット・シェリー・ジャミールは、メイド服のまま、高貴なオーラを放ち始めた。
リアムの事を知りたい、と彼女は身分を隠して、メイドと偽って同席した。
その結果を、彼女は満足した。
「面白い少年だ」
「はい」
「そなたが騎士に推すのも分かる」
「ありがとうございます」
「騎士に叙した後、何も問題は起こしていないのだな」
「はい、いつも通りの日々を、魔法の練習に明け暮れていたもよう」
「ふむ……ならば、少年に男爵位を授けよう」
「よろしいのですか?」
「先行投資――としてはどう見る」
「……むしろ安い買い物かと。数少ない同時魔法の使い手、そして使い魔を進化させるほどの潜在魔力。数百年に一人の才能とみました。功績を挙げだせば……最終的に公爵の椅子は用意しなければならないでしょう」
「うむ」
スカーレットは頷く。
「ならば何も問題はないな」
「はっ」
ジェイムズはそれ以上反対しなかった。
こうして、リアムのいないところで。
彼は貴族の五男から、一人の貴族へと立身出世を果たしたのだった。




