256.無理矢理やらされている
俺の前に馬車が止まった。
衛兵のような者が走ってきて踏み台を置くと、馬車の中から一人の女が姿を現わした。
二十代半ばくらいの女で、落ち着いた雰囲気を纏っている女だ。
普段はもっと柔和な空気を纏っているであろう事は、柔らかな口元とまなじりから見て取れる。
しかしそれはいずれも憂いの帯びた眼差しに覆われていて、みているこっちが思わず眉をひそめたくなるほどだ。
アメリア・トワイライト。
俺が知っているその姿とほとんど変わらないながらも、順調に歳を重ねた感がでている。
アメリアは静々と俺の元に向かってきて、互いに手を伸ばせば握手出来る位の距離で立ち止まった。
そして背後にひかえる、いつの間にか現われた文官風の男に促された。
「陛下にお目通りかない、光栄の極みでございます」
「……」
「アメリアと申します、何卒よしなに」
と、明らかになれていないであろう、貴婦人風に一礼して見せた。
その仕草を背後に立つ文官風の男が終始監視しているようすなのが、いかにも無理強いしてやらせているのがありありと見て取れた。
「歓迎する。まずは宴席を用意させた」
「陛下、それよりもお話を」
「話は落ち着いてからでいいだろう。それよりも宴を。人間の国ほどではないが、我が国の総力をあげて歓待する様に指示した。是非楽しんでいってほしい」
「ですが――」
「ではお言葉に甘えることにしよう――なあ、アメリア」
食い下がろうとするアメリアに、文官風の男は割り込んできた。
この声は知っている、【ノイズキャンセル】で馬車越しに聞こえた、アメリアに色々話していた男の声だ。
「ですが――」
「陛下のせっかくのご厚意なのだから、固辞する方が失礼にあたるのではないか?」
疑問形でありながら、その実眼光や語気などは有無を言わさないような感じの男。
アメリアはこっちにも食い下がろうとするが、半ばにらまれて押し切られてしまった。
「わかりました……」
「では案内させよう――レイナ」
「はい」
俺の背後からレイナが応じながら、前に進み出た。
最初からいたレイナだが、俺に呼ばれるまではまるでいなかったかのように気配を消していた。
最近エルフメイド達の間で流行っているスキルだ。
「ご主人様に呼ばれるまでは邪魔にならないように気配を完璧にけす」というのがはやっていて、誰が一番「邪魔にならずに仕える」事ができる様に競っているってちょっと前にきいた。
それを完璧に実行したレイナはすっと現われて、アメリアも男もそれに少し驚いたそぶりを見せた。
「たのむ。彼女は国賓なのだ、粗相のないようにな」
「かしこまりました」
レイナは頷き、更に数人「現われた」エルフメイドとともに。アメリアそしてパルタ公国の一行を連れて行った。
その場に俺だけが残った。
誰もいなくなったのをまってから――。
『よく我慢して我の言った言葉を復唱できたな』
「今ので良かったのか?」
『うむ。監視の男も小物だった、全て我の想定内だ』
「そうか……」
俺はふう、と息をはいた。
アメリアの親が人質になっているかもしれない――そのやり取りを聞いた直後、俺は頭に血が上って馬車に突入してその男を締め上げたかったが、ラードーンに止められた。
ガツンとやってどうにかしたかったが、暴走しないでラードーンの指示通りに動いた方がいいと思って、彼女が俺の頭のなかで言った言葉をそのままアメリアや男達にした。
『今ので向こうの警戒も相当に解かれただろう』
「警戒が? どうしてだ?」
『パルタ公国があの娘を持ち出したのは、つまる所お前に取り入るためだ』
「えっと……うん、そういうことだよな」
『そこにお前が「国賓待遇」で迎え入れると宣言した。【ヒューマンスレイヤー】はもう解いた、時間の制限はない。じっくり時間をかけてお前の気分を徹底的によくしたほうがいいのだから、国賓待遇には狂喜乱舞しているだろうさ』
「そうか……」
『ちなみに安心しておけ。道理でいくとお前があの娘を歓待している間、もっといえば決裂するまであの娘の両親は無事だ』
「そうか」
俺はふぅ……と安堵の息をはいた。
ラードーンがそう言うのならきっとそうなんだろうと安堵した。
『にしても……ふふっ』
「なんかおかしいのか?」
『人間は追い詰められると愚かになるものなのだ、とおもってな。ここまでの悪手をうってくるのも中々に中々だ、とな』
「悪手?」
『うむ。向こうはお前に取り入るためにあの娘を引っ張り出した』
「ああ」
『そのやり方が両親を人質にとってというのが悪手極まる。現に、今のように露見してお前の逆鱗にふれただろう』
「……ああ」
逆鱗、うん、逆鱗だ。
アメリアのご両親を人質にとって無理やり何かをさせるなんて許されることじゃない。
ラードーンの言うとおり、俺は今、腹の底で怒りがグルグル渦巻いている。
「ここからどうすればいい?」
『前提次第だ。お前は自分であの娘の両親を助けたいのか、それとも助かりさえすれば自分じゃなくてもいいとおもっているのか。それによって話が変わる』
「俺が自分で……?」
どういう意味だ、と首をかしげた。
それをラードーンが「ふふっ」とわらった。
『自分で助けてあの娘にいいところを見せたいかどうか、といういみだ』
「え? いやいいところ見せるなんてそんなどうでもいい、助かるのが最重要だろ」
『ならばそれはこっちがやろう』
ラードーンはそういいながら、俺の中から出てきた。
人間の姿、少女の姿になっておれの前に立った。
「何人かお前の使い魔を借りていくぞ」
「ああ、全部任せる。俺は何をしてたらいい?」
『我が戻るまでの間あの娘の歌を聴いておけばいい。お前が楽しんでいれば向こうも油断する』
「わかった」
俺が頷き、ラードーンはフッと微笑んだ。
そのままラードーンが消えて、俺は身を翻して、先に行かせたアメリア達を追いかけた。
☆
その日、俺は宣言通り、アメリアを歓待した。
魔晶石やら何やらで、ブルーノとの取引でこの国はかなり金を持っている。
それをフルに使って、アメリアを国賓として歓待した。
アメリアはしかし落ち着かない様子で、いまいち楽しめずにいた。
だけど監視役の男がいちいちアメリアに何か言って、その度にアメリアは無理矢理に「楽しまされた」。
それも腹がたったが、ラードーンの言葉を思い出して、とにかく油断させるためにアメリアを歓待した。
ちなみに歌は――こっちから言い出せなかった。
歌姫として憧れすぎてて、俺から「歌を聴かせてくれ」って言い出せなかった。
それが良くなかったのだろうか――ラードーンがいないから答えてくれる人はいなくて。
その晩――なんと。
アメリアが、下着姿で俺の寝室に現われた。
……いまにも泣き出しそうなのを必死にこらえた顔で。