254.雑音を消す
「……え? 本物? いやでもそんな」
『本物であろうな』
「分かるのかラードーン」
驚く俺、ラードーンに聞き返した。
ラードーンはいつものような、楽しげな声でこたえた。
『アメリア――トワイライトといったか? お前がよく口にしている三つの名前の内の一つなのであろう?』
「う、うん」
アメリア、エミリア、クラウディア。
俺が憧れている三人の歌姫の名前で、それを唱える事でテンションを上げて――前詠唱の呪文にしている。
俺の詠唱ということで、俺の中に入っているラードーンは他の誰よりも多くそれを耳にしている。
『このタイミングで、しかも敵国からの申し出だ。お前の事を調べ上げた上で本物を見つけてぶつけてきたとみるべきだろう』
「そ、そうなのか?」
『うむ。最悪でも連中が「本物だと思い込んでいる」くらいだな』
「そ、そうか……」
本物……本物のアメリア……。
え? って事は――。
「もしかして本物のアメリアと会えるって事か!?」
『お前が望めばな』
「お、おお……」
俺は感動した。
まさか、まさかのまさかだったからだ。
『その認識のズレ、それはそれでおもしろいな』
「え? ズレ?」
『うむ。「あえるのか?」ではない、向こうから「是非あってくれ」と土下座されてる場面なのだよ?』
「ええっ!? そんな! 是非とか――」
『早まるな、アメリア某ではない、トリスタンの小僧だ』
「――え?」
『進退窮まった小僧は一発逆転の芽にその女を見つけ出してきた、というところだろうな。そのアメリア某、「魔王様おてやわらかに」ってねだるつもりなのだろうよ』
「あっ……そ、そっか。そういうことか」
『ふふっ、魔法ではない上、憧れの人ときて普段よりも頭の回転が鈍っているようだな』
「ご、ごめん」
『かまわんよ、むしろお前も人の子だったのだなと、そのおかしさが今は楽しい』
「あ、うん」
どう答えていいのか困り果ててしまって、俺は何も応えられなかった。
ラードーンの語気は楽しげなままだけど、それが逆に恥ずかしさ倍増って感じになってしまった。
『しかし、面白いタイミングで面白い札を切ってくるな。この類の搦め手に限って言えば人間は簡単に我の予想をとびこえてくる』
「どうすればいいかな」
『あえばよかろう?』
「え? いいのか?」
『お前の国だ、自儘に振る舞うがいい。目の前で歌ってもらうのも一興かもしれん』
「歌ってもらう!?」
『なんだ? だめなのか?』
「だ、ダメって事はないけど。…………アメリアの歌を?」
その光景を想像して、思わず身震いがした。
『あるいは魔物をあつめて全員に聴かせるのもありかもしれんな』
「みんなに……聴かせる……?」
俺はその光景を想像した。
俺はほとんどやったことが無いけど、この街はよくある国の都のように、宮殿の前に広場があって、テラスがあってそこで演説出来る様な造りになっている。
その造りになっているのが自然と頭に浮かび上がってきて、テラスにアメリアが立って、大観衆の前で歌う光景が頭に浮かんできた。
そして――。
「音を拡大する魔法がいるな。いや、生声が一番だから、まわりの音を消したほうがいいな」
俺はまわりを見回した。
リアムネットを閉じた部屋の中はシーンと静まりかえっていた。
静まりかえっているとは言っても、耳を澄ませれば小さな物音がする。
魔物達が戻ってきた街の生活音が窓越しにうっすら聞こえてくるし、そもそもが普段から空気の流れとか、「静か」という名の音が絶えず聞こえている。
生歌を活かすため、生活音・環境音を消す方向で魔法を考えた。
俺は無言で、パチン、と両手を叩いた。
手を叩く音を聞いて、考える。
音を聞こえなくする方法、一番いいのは何かで遮る方法だ。
布団をかぶっていれば、あるいは部屋を閉め切ってしまえば。
空間を密閉した物にすれば外からの音を聞こえなくすることが出来る。
「みんなが集まる空間をなんかの障壁で密閉する? ――いや、中にいるみんなの息づかいやら何やらで結局音がでるな」
遮るのはだめだ、現実的なのは音を消す方法だ。
【サイレンス】という魔法はあるが、それは人間――ひいては生き物に声を出せなくさせる魔法で、出た声や音を消せるものじゃない。
俺はもう一度パンと手を叩いた。
すると音とともに、手を叩いたことによって生じた空気の流れ、微弱な風が顔にあたった。
「……【契約召喚:リアム】」
少し考えて、一つの光景を思い浮かんだ俺は、召喚魔法で俺の分身を呼び出した。
目の前に俺とまったく同じ見た目をした、文字通り俺の分身が現われた。
俺達は見つめ合って、頷きあった。
そして二人同時に手をあげて――パン、と叩いた。
同じ人間が、同じタイミング、そして強さで叩いた音。
音は綺麗に重なり合って、一つの音に聞こえた。
頷き合って、また一緒にたたいた。
今度は「俺」がちょっと強めに叩いた。
その結果を確認して、今度は契約召喚で呼び出した「俺」が強めに叩いた。
「……よし、もう一回そっちが叩いてくれ」
「わかった」
俺に言われたとおり、召喚でだした側の俺がうなずいた。
手を合わせて――叩く。
俺は魔法で、自分が手を叩いたのと同じような「風」を作ってぶつけた。
すると、向こうの叩く手の音がものすごく小さくなって聞こえた。
「いけるな」
「ああ。声が出ない声をぶつければ消せるぞ」
「俺達」は頷き合った。
声を消す方法、それを見つけたことで興奮した。
『ふふっ、自儘に振る舞うといい。そこでもやはり魔法にのめり込むのなら、今までついてきた連中はどうなろうと文句は無いさ』
興奮して、音を消す魔法の開発にいそしむ俺の耳に、ラードーンの言葉はとどかなかったのだった。