253.きりふだ
夜、自分の部屋の中。
あれこれとインフラ改善魔法の事を考えていると、リアムネットの通知が鳴った。
だれかが俺に向かってメッセージを送って、かつすぐに読んでほしいときはこういう風に通知が出るようにした。
リアムネットを開いて見ると、それはスカーレットからのメッセージだった。
「……ふむ」
『どうかしたのか?』
「ああ、ちょうどいい。ラードーンにも伝言してくれってかかれてるんだ。スカーレットから」
『ほう』
「トリスタンはもう陥落寸前、もう一日だけ待ってくれっていってるけど、悪あがきに感じた――って」
『そうか』
「ラードーンのおかげだな。昼間追加で送った雨のヤツがすごく脅しに効いたってさ」
『そうであろうな』
「悪あがきを企んでるけど、何があろうとも追い込む手を緩めない、って」
『ふふっ、頼もしいな。人間だからというのもあるが、よほど上手く追い込んだと見える』
「スカーレットは賢い女性だから」
『そうか』
「明日中にケリがつくのか、よかった」
『ひとまずはな。締め上げるのは停戦を結んでからが本番だがな』
「ああ、そうだったっけ」
そういえば、とラードーンにいわれて思い出した。
今回はめちゃくちゃに締め上げて、耐えかねてもう一度反発してくる所を徹底的に叩きつぶす、という話だった。
なるほど、確かにそれなら一回停戦してからが本番だな。
『民のみならず向こうの統治者クラスにも相当の節約をしいるが――まあ、お前は気にせずともよい。当分は魔法の事だけを考えていればよい』
「わかった」
俺は頷き、言われた通り魔法の事を考える――が。
「……ふむ」
『どうした』
「いや、ラードーンの言葉で気づいたんだけど……そうだよ、なんでそっちばかり考えてたんだ」
『ふむ?』
「ああそうか、出発点がそうだったからか。でも目的の事だけを考えてたらこっちの方にも頭が回るべきだったな」
『なんだなんだ? やたらと早口になって興奮しているが、何か面白いことでも思いついたのか?』
ラードーンは楽しげな口調で聞いてきた。
俺が思いついた事で興奮しだしているのがはっきりと分かったみたいな反応だ。
「ああ」
『そうか。出発点がどうのこうのいっていたが――最初から説明するがいい』
「そうだな、その方がいい。えっと……」
俺は一旦言葉をきって、今回の「最初」がどこにあるのか、それを一度頭の中でまとめてから話し出した。
「インフラの強化なんだけど、今回はみんながいなくなって、魔晶石ブラッドソウルを使い切ってしまった――のが事の発端だ」
『うむ。だからお前は魔晶石が途切れたときの予備を作るためにあれこれ考えていた』
「そうだ。それはまったく間違ってない。あまり多すぎてもしょうがないけど、二つ三つくらいまでは予備があっていい、命綱の数はそれくらいが現実的なところ」
『と言う話だったな』
「でもよく考えたら、それはやるべきだけど、『それだけ』やるのは微妙に間違っている」
『ほう?』
「インフラの消費魔力を少なくする改善も同時にやるべきだったんだよ」
『………………ぷっ』
数呼吸ほどの間を開けたあと、ラードーンは小さく噴きだし、それから「あはははは」と大爆笑した。
「えっと……?」
『あははは……いや、すまんすまん、まさにその通りだな』
「そうだよな」
『うむ。しかもその感覚が非常にいい』
「感覚?」
『うむ。「そっちをやるべきだった」ではなく、「同時にやるべきだった」と』
「だよな」
『古い国の古い言葉に「開源節流」というものがあってな。文字通り「財源を開拓し流出を節約する」というものだが、どっちかではない、どっちもやるという意味を込めた言葉だ』
「へえ」
『節約だけでは限界がある、ふやすのも限界がある。だからどっちもやってしまえ、とな』
「そっか」
『ふふっ』
「うん? その笑いはなに?」
『更に別の時代に「車輪の再発明」という慣用句もある。昔あった事柄を、まったく知らずに自力でたどりついた事を褒める言葉だ』
「あー……えっと」
ちょっと恥ずかしかった。
車輪が人間の歴史の中ですごい発明なのは俺でも分かる。
車輪の再発明――それを今の俺の思いつきになぞらえるのはちょっと恥ずかしかった。
『さて、節約はいいが、何か心あたりはあるのか?』
「心あたりはまだないけど、まずは可能性を探ってみようと思った」
『ふむ、どうするのだ?』
☆
夜の山の上空。
雲に覆われ、月が見えない山とその一帯はほとんど暗闇に包まれている状態だった。
飛行魔法で飛んでいるおれの眼下には、山のシルエットがうっすらとは見えているが、本当にそれが山なのかどうか怪しいくらい、本当にうっすらとしたレベルだった。
「よし、これだけ暗かったら」
まったく見えないのが今はむしろ都合がいいと思った。
俺は目を閉じ、意識を一点に集中する。
「アメリア、エミリア、クラウディア……」
目を閉じたまま、前詠唱をし、魔力を高めていく。
次第に、この日一番の魔力の高まりを感じた。
そして目を閉じたまま、魔力を純粋な魔力として放出した。
見えないのだから、目を閉じたまま。
そのまま山全体を包み込むようなイメージで魔力を放った。
『ほう……』
ラードーンが感心した様な声を出したので、目を開けた。
パッと見分からないし、今でも暗闇の中にいるままだが、魔力が山全体に行き渡って、包み込んでいるのが分かった。
俺はゆっくりと地上に――山頂に降り立った。
そしてまわりをきょろきょろと見回しながら、ゆっくりと歩き出す。
『これは何をしているのだ?』
「ラードーンが教えてくれたアオアリ玉を参考にしたんだ」
『ほう?』
「心あたりはなくて、完全に予測だけど、魔力を帯びて発光する何かしらの鉱石? があればいいなっておもってな」
『なんのために?』
「今のインフラ、夜の照明は光を放つ魔法だけど、魔力で発光する鉱石があれば――」
『少ない魔力で発光する事ができる、と?』
「という可能性だ。そもそもない可能性もあるし、あっても効率が悪い可能性もある」
『なるほど、だから心あたりはないが探ってみる、ということか』
「そういうことだ」
『相変わらず魔法の事となると頭が良く回る。思考も柔軟だ』
「そうか」
『それよりも山一つをまるごと取り込むほどの魔力量はさすがだな。やはり人間の域を大きく超えている』
「詠唱したからだよ」
俺はまわりを注意深く見回しながら、ラードーンに答える。
『詠唱か。よほどその名前の持ち主が気に入ってるのだな』
「気に入ってるはちょっと違うな」
俺は苦笑いした。
うん、気に入ってる、じゃちょっとエラそうなのが過ぎる。
「憧れてる、っていった方が正しいと思う」
『ほう、お前にそこまでいわせるのか。人間か』
「ああ」
『それは是非一度拝んでみたいな』
「あはは」
俺はちょっと苦笑いした。
拝んでみたい、というはいかにもラードーンらしい物言いだなと思った。
その時だった。
目の前に「通知」が光った。
闇に包まれた山の中で光ったそれは、目当てのものがあってももはや見えないだろうと思うくらい、ピカピカと光っていた。
「通知……スカーレットからか」
『夜明けを待たずに白旗をあげたのかな』
「かな?」
ラードーンに相づちを打ちながら、俺はリアムネット経由で送られてきたスカーレットのメッセージを開いた。
「トリスタンから交渉人の追加――え?」
そこに書かれた名前には俺は驚愕した。
アメリア・トワイライト。
その名前に、頭の中が真っ白なってしまったのだった。