249.神罰を作り出す男
まっすぐと、ひたすら上へ向かって上昇する。
雲を突き抜けても、まったく気にせず上がり続ける。
「……やっぱり」
『ふむ、何がだ?』
聞き返してきたラードーン。
彼女の質問に答えるため、その答えをより明確な物にするため、俺は上昇の速度を緩めて、そのかわり神経を研ぎ澄ませた。
極限まで、自分の限界まで集中力を研ぎ澄ませて、それを感じ取る。
言葉にした時点で確信はしていたが、集中して感じ取ったことで100%――いや120%間違いないと思った。
「上に飛ぶために必要な魔力量が地上にいたときに比べて小さくなってる」
『ほう?』
「地上に引っ張られるというか、引き寄せられるというか、その力が小さくなってる感じだ」
『それを魔力の消費量で判別するとはお前らしい』
「前からちょっと『おや?』とはおもってたんだ。だけど普段飛ぶ高さだと本当に気のせいかもしれないってレベルだったから」
『そうだろうな。これだけ上空に来ておいてなお再確認が必要なレベルではそうであろうな』
理解を示したラードーン、俺は頷き返しつつ、更に上昇していく。
『ということはそのために空にきたのか?』
「分かるのか?」
『お前の事だ。魔法の事になると察しがいいが、同時にのめり込んで一つの事しか見えなくなることがある。別の目的で飛んでいたらその微妙な所には気づかなかっただろうな』
「俺もそう思う」
『……』
「どうした? なんか変な事言った?」
『いいや? その返事を好ましく思っただけだ』
「その返事……って、どれ?」
『忘れろ。それよりも空に来た目的をそろそろ話せ』
「え? ああ。えっと……まだ必要魔力が下がってるんだ。下げ止まるのがどの段階、どのレベルなのかによって来た意味があったかどうかが決まる」
『では刮目だな?』
「あはは」
変な期待をさせてしまったかな、とちょっと苦笑いする。
ラードーンの期待は嬉しいけど、同時にめちゃくちゃすごい存在からの期待というのはちょっと「怖さ」もある。
その怖さに苦笑いしながら、更に飛ぶ、上がる。
あがってあがって、上がり続ける。
消費魔力が「下げ止まった」らそこでストップするが、一向にそうはならずに上がり続ける。
やがて――。
「……うん」
もはや地上の山さえもが石ころに見えてしまうほどの高さまで来たところで、ピタッと止まった。
止まって、もう一度神経を研ぎ澄ませる。
『予想通りか?』
「ラードーンも?」
『お前の言葉からそれを願っていたのを察しただけだ』
「ああ、そうか」
俺は頷き、ラードーンの質問に答える。
「察しの通り、今は飛行魔法を切ってる」
『魔法なしでも落下しない――地上に引っ張られる力が無になった、というわけか』
「そうなんだろうと思う」
『なるほどな』
「それはいいんだけど、息が苦しいな」
『それはそうだろう。ただの高山でも息苦しくなるのだ――というか、普段飛んでる時も地上に比べれば息が苦しいだろうに』
「えっと……それは気づかなかった」
『ふふっ、そうか』
何となく呆れられてそうなやり取りで、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
『次はどうするのだ? この――何もせずに浮いていられる高さが推測通りあった次はなんだ?』
「まずはこれ」
そう言って、アオアリ玉を取り出す。
それを目の前に差しだして、手を離す。
すると、アオアリ玉は落ちることなく浮かんだままでいた。
「アメリ――わっ!」
魔法を使うため前詠唱を使用しようとしたが、浮かんでいるアオアリ玉がどこかに飛んでいきそうだったから慌てて掴んだ。
とっさの事だったけど、どうにかキャッチ出来てほっとした。
「ふぅ……今のはなんだったんだ?」
『お前の吐息だろう』
「へ?」
『詠唱――言葉とともにでた吐息だよ。何も力がかかっていないのでは、吐息程度でも吹っ飛ぶだろうさ』
「ああ……なるほど」
いわれてみればそうか、と思った。
だったら、と俺はアオアリ玉を掴んだまま、魔法を使う。
「アメリア、エミリア、クラウディア。【ミラー】101連!」
魔法の詠唱を終えて、魔法が発動してから、アオアリ玉を放す。
そして今度は口を閉ざしたまま、アオアリ玉に向かって、魔法の鏡の角度を調整する。
ラードーンの説明通りなら、口を閉ざしてても鼻息でも吹っ飛びそうだから、息を止めてそれをした。
『ふふっ、大分難儀しているな』
「……」
俺は苦笑いした。
当然返事など出来ないから、苦笑いだけをした。
そのまま魔法の鏡を調整して、太陽光をアオアリ玉にあてる。
鼻息程度でも吹っ飛ぶ、ふわふわ浮かんでいるアオアリ玉だが、光はさすがに当てても動かなかった。
そのまま、太陽光を集束してあてて、ここしばらくテストの基準になった1分間当て続けた。
「ふぅ……」
俺は真横を向き、更に手で口元をおえさつつ、息を吐き出した。
『それで「完成」なのか?』
「ああ」
『意図を教えてくれ』
「太陽光を集めたアオアリ玉。放置してても溜めた熱は逃げない」
『うむ』
「そしてここにあった場合、地上に引っ張られないから、支える力がなくてもずっと浮かんでいられる――そして」
『そして?』
俺はふっ、とアオアリ玉に息を吹きかけた。
さっきまでは意識して吐息を当てないようにしてたが、今度はわざと吹きかけた。
上から下に――アオアリ玉を地上に向かって息を吹きかけた。
アオアリ玉が地上に向かって落下していく。
引き寄せる力の範囲外から、範囲内になったことで、落下がひとたび始まったらものすごく加速して落下していった。
それを見送った俺。
「この高さからじゃ見えないけど」
『超高空からの爆撃、って訳か』
「ああ――ここまで飛んでこれる相手はそうはいないだろう。つまり、手出しされない所に武器を置いておけるってわけだ」
『ふふっ、まったく、面白い事を思いつく』
「何となく思いついたんだけど、使い物になりそうでよかった」
『使い物になるレベルの騒ぎではなくなるがな、それ』
「え? どういうこと?」
『ふふっ』
ラードーンは笑った。
『それを実際に使ったとしよう』
「ふむ」
『天から白い輝きを放つ光の玉が降り注ぎ、その威力は村一つなら飲み込む事ができるほどのもの』
「まあ、当てる時間を調整すればそれはできるな」
『その光景を目にした大多数の人間が何を思うかわかるか?』
「いや分からない」
というかまったく分からない。
むしろ「なんの話だ?」って位、ラードーンがいきなり「みた人間が何を思うか」なんて言い出したのに不思議がった。
『我も近い事をやったから分かるのだがな』
「ふむ?」
『人間はそれを「神罰」と呼んで、怯えおののくものだよ』
「神罰……」
そう言われても、今ひとつピンと来ない感じだった。