25.契約の魔力
「むむむ……」
次の日、ハンターギルドの前。
今日も一狩り行こうと、待ち合わせしてたら、現われたアスナが難しい顔で首をひねっていた。
「どうしたんだアスナ」
「あっ、リアム。いやあ……あのね?」
アスナは複雑な表情、気まずそうな笑みを浮かべた。
「これ」
「これって……封筒?」
「ラブレターなんだ」
「ラブレター?」
予想しなかった言葉が飛び出してきて、びっくりして改めてアスナをみた。
彼女が取り出して、扇状に広げている封筒は三通ある。
「今日、ここに来るまでの途中に三回も呼び止められたんだ」
「はえ……」
「急にどうしたんだろ。昨日までこんなことなかったのに。やっぱりジャイアントフロッグ討伐したおかげかな」
アスナはそう言いながら首をひねっているが、俺はそうじゃないと分かっていた。
「それは、契約の効果だよ」
「契約の?」
「使い魔の。自分じゃ気づいてないけど、契約した直後から、アスナ、めちゃくちゃ綺麗になってるよ」
「へえ……ってえええええ!?」
時間差で素っ頓狂な声を上げてしまうアスナ。
やっぱり気づいてなかったのか。
「そ、そうなの?」
「鏡とかみなかったのか?」
「えー、やだなリアム。庶民の家に鏡なんて高価な物はないって。うちも十代前だったらあったけどさ」
「あー……そうだった」
最近それがある生活を送ってきたからつい失念してた。
鏡は基本的に高級品、よほどの事でもない限り庶民は家に鏡なんて持ってないものだ。
「それはともかく、すごく綺麗になってるから、それで言い寄ってきたんだと思うよ」
「ってことは、あたし、顔変わってる?」
「いや、基本はアスナのまま。綺麗になっただけ」
「へえ……すっごいねえ、それ。スキルだけじゃなくて、見た目も綺麗になるんだ」
「昨日あれから屋敷の書庫で調べた。理屈は、スキルを使いこなせるように、肉体がその人のベストになる、って事らしい」
「なるほどなるほど。そっか……」
アスナは自分の顔をべたべたと触ってみた。
まだピンとは来ていないみたいだが、悪い気はしてないみたいだ。
まあ当然だ。
綺麗になった、っていわれて嬉しくない女なんてそうはいない。
一方で、俺はあごを摘まんで、うつむき加減で考えごとをした。
「どうしたの? なんか気になることがあるの?」
「ああ。こうなると、この使い魔契約をもうちょっと試してみたいんだけど、普通の魔法と違って、相手の事もあるし、なかなかな」
契約召喚なら、対象はその者の幻影だから、気楽に試せるものなんだが。
「……それなら、心当たりがあるよ」
「うん?」
顔を上げると、どこかワクワクしているアスナが見えた。
アスナに連れられて、街の外れにやってきた。
昔の俺が住んでいたのと同じような、これといった特徴の無い、ありふれた庶民の平屋だ。
アスナは迷いなく、その一軒に向かって行き、ノックをした。
「ジョディさん、いる?」
もう一度ノックをして、相手の名前を呼ぶ。
返事がなかった、俺はアスナに問いかけた。
「知りあい?」
「うん、ハンターの人、あたしが駆け出しの時に色々お世話になったんだ」
「ふむ、その人がなに――」
言いかけたところで、ドアが開いた。
年代ものの蝶番が軋み音を上げる。
そうして姿を見せたのは……中年の女性だった。
年は40歳前後か、穏やかな表情をしていて、人柄の良さを感じさせるたたずまいをしている。
「お久しぶり、ジョディさん」
「あら、アスナちゃんじゃないの、どうしたの今日は」
「ちょっと話があってさ、上がって良い?」
「ええ、どうぞ。そちらの方も、どうぞ」
こっちの素性を聞くまえから招き入れてくれたジョディさん。
声は表情同様穏やかだが、無鉄砲さではない。
声から深い知性と理性が窺える。
俺達は家の中に入った。
質素なリビングに通され、椅子に座らされて、お茶を出された。
そこで、アスナはジョディさんに使い魔契約の事を説明した。
「あらあら、少しみないうちに綺麗になったと思ったらそういうことなの。私はてっきり、いい人ができて幸せになったから、と思っていたわ」
ジョディさんは穏やかに微笑みながら、ちらっとこっちをみた。
えっと……それってつまり。
アスナが綺麗になったのって、よくある恋をした女の子は――って思ってたってことか。
「それはまあ、おいといて」
アスナは古典的な、存在しない何かをどかすジェスチャーをした。
「ジョディさん、リアムと契約してみない」
「私が?」
「うん。リアム、ジョディさんおすすめだよ。パーティーを組んだらすっごい戦力になると思う。すっごいベテランで強いよ。もしスキルなんて持とうものなら最強だよ」
「ふむ」
俺はジョディさんをみた。
話がようやく全部見えてきた。
アスナがそこまですすめるのなら……。
「えっと、ジョディさん、そういう事だから――どうだろうか」
「こんな私で力になれるのかしら」
「ジョディさんなら絶対いけるよ」
割と前向きなジョディを、アスナはそのまま押し切って、流れでハンターギルドに連れ出した。
☆
ギルドマスターに事情を説明して、使い魔契約をやってもらうことにした。
昨日のアスナと同じように、魔法をかけてもらって、使い魔契約を結んでもらった。
魔法の光が俺とジョディさんを包み込んで、ぱあと広がってギルドのなかに充満する。
ここまでも昨日同様、そこに居合わせた全員が目を逸らした。
やがて、光が収まった後――。
「「「えっ?」」」
ざわざわざわ。
その場にいる全員が驚いた。
間違いなく、昨日以上の驚きだ。
「あら? みなさんどうかしたのですか」
そこにいたのはアスナとほとんど変わらない、十代のおっとりとした感じの美少女だった。
若返ったのが、一目で分かる。
ジョディさんだ。
40代だったジョディさんが、10代の美少女に若返った。
「し、しんじられん……。どれほどの潜在魔力を持っているのだ、お前は」
ギルドマスターが搾り出した一言が、その場にいる全員の総意を代弁するかのようだ。
使い魔契約で、俺の魔力で、ジョディさんは普通ではあり得ない若返りを果たしたのだった。