248.侵入者に向けたもの
宮殿の庭の中、俺は目の前にアオアリ玉を三つ並べた。
アオアリ玉っていうのはとりあえずつけただけの名前で、ラードーンにアオアリ塚から取り出したこれはどういう物質なんだって聞いてみたら――
『さあ? 人間どもが見落としているままだから名前もないな』
とあっさりいわれてしまった。
そういうものなのかと思ったけど、「人間が見落としているまま」なら他の人に聞いてもしょうがないと思って、とりあえずは「アオアリ玉」って事にした。
そのアオアリ玉を三つ並べて、浮かして、順にミラーで太陽光を集めた。
「……1分」
前もって決めた時間分の太陽光を集めたあと、魔法の鏡を消した。
『ふむ、三つとも1分間光を集めたのだな』
「ああ」
『それで何をするつもりなんだ?』
「今から準備する――【アイテムボックス】」
ラードーンをひとまず待たせて、【アイテムボックス】で次なる準備をする。
【アイテムボックス】の中から酒場でテーブル代わりにも使えるサイズのタルを三つ、アオアリ玉と同じ数を取り出した。
そしてその三つのタルの中に、まったく同じ分量の水を注いだ。
そして、アオアリ玉の三つを、それぞれのタルにいれる。
すると、アオアリ玉をいれた直後から、三つのタルにそそがれた室温の水がボコボコと気泡をあげだして、やがて沸騰しだした。
「あとは結果を待つだけだ」
『何が知りたいのだ?』
「熱をどれくらい――時間って意味で、どれくらい溜められているのか」
『ふぬ』
「熱を溜めたあと、地面に触れたら一気に熱が放出されるのは分かった。でも空中に浮かしてるときは漏れなかった」
『なるほど、大体のものは空中に浮かしても空気を伝って熱が放出されるものな』
「そう、それがなかった。だから時間差で、同じくらいの熱の量を入れたアオアリ玉を水の中にいれた。水の蒸発した分が溜めて放出した熱の量で、その差が時間で失われる量だ」
『……ふむ』
「どうしたんだ、なんか変な反応だったけど」
『いいや』
ラードーンは「ふふっ」、といつものように笑った。
直前の反応がなにやら神妙な感じだったのに対して、俺が聞き返すといつも通りの笑い方に戻っていた。
それでますます「なぜ?」とおもったのだが。
『まるで学者のような事をするなと思ってな』
「学者? そうなのか?」
『うむ――案ずるな、悪い意味ではない。好ましいからもっとやれ、だ』
「わかった」
最悪やめた方がいい変な事だったらやめようと思っていたが、ラードーンがそういうのなら安心して続ける事にした。
抑えた鏡の数で1分間だけ熱を集めたアオアリ玉。
タルの水を沸騰させて、蒸気にしてとばしたあと、徐々に冷えていき、緩やかな蒸気が立ちこめる程度におさまった。
その状態で三つのタルを見比べると――。
「同じくらいだな、減った量は」
『うむ』
「つまり……何もしない状態で空中に浮かんでるときは蓄えた熱が減らない――ってことかな」
『そういうことだな。魔晶石でさえ若干の自然放出、自然崩壊があるのだから、力を溜めておくという意味でも優秀だな』
「……」
『何を考えている』
「ああいや、ちょっとした活用法を思いついたんだ」
『ほう、やってみろ』
「ああ」
俺は頷き、たるの中からアオアリ玉を一つとりだした。
それをさっきと同じように空中に浮かべて、更に【ミラー】で集束した太陽光の熱をあつめた。
同じように、きっかり1分。
1分間熱を集めたところで、魔法の鏡をまたしまう。
ラードーンは何もいってこなかった。いってこなくても「ここからどうする?」と待ってくれてるのは分かった。
「【オブラート】」
最初の古代の記憶の中にあった、わりと簡単な方の魔法。
その魔法をアオアリ玉にかけた。
『それは?』
「ものすごくざっくりいうと、風船の中にアオアリ玉を浮かべたままにする、って感じだ」
『なるほど……何にも触れていない状況かつ、閉じ込めておく状況』
「ああ」
俺は大きく頷いた。
『活用といったか? それをどうするのだ?』
「こうする」
そういいながら、地面に穴を掘った。
魔法【オブラート】で包み込んで出来た、サイズのちょっと大きい玉が埋められる程度の大きさの穴だ。
その穴の中にオブラートアオアリ玉をいれて、土をかける。
ちょっとだけ盛り土みたいな感じになったけど――。
「テストだし今はこれでいいか」
『ふむ』
「で、これが足だとして」
そういって、その辺からそれなりの大きさの石を手に取る。
持った感じちょっとずっしりくるような、手の平サイズの石だ。
それを盛り土のところ、オブラートアオアリ玉のあるとこに放った。
放物線を描いて飛んでいく中、更にいう。
「足であそこを踏んだとする」
『ふむ』
「すると――」
そこで石が盛り土の所におちた。
瞬間、石が熱されて、ちょっとだけ溶け落ちた。
「こんな感じだ」
『なるほど陥穽――罠って事だな』
「ああ。……ちょっと前までパルタと戦ってたからなんだろうな、武器への流用の方を先におもいついちゃった」
『よいではないか。それを国境沿い、例の赤い壁の近くに満遍なく敷設すると面白いかもな。普通は通らないような所に不法侵入してくる連中なら引っかかっても問題はなかろう』
「そうだな」
国境の防衛――国防のためには使えるかもしれない、と思った。
「それと……もうひとつ」
『ほう?』
返事だけして、さっきと同じような感じで、無言のまま「先を」って促してくるラードーン。
俺は飛行魔法をつかって、まっすぐ上へと――大空へと飛び上がる。
まっすぐ、上へ――上へ。
普段飛行する高さを越えてなお、更に上へ飛んでいく。