246.強さと弱さ
俺はラードーンと一緒に、山の中を歩いていた。
ラードーンは珍しく俺の中から出てきて、かつ、少女の姿で足を使って歩いている。
そんなラードーンの後ろについていくような形で一緒に山道を歩く光景を――
「なんか不思議な感覚だ」
「うむ?」
ラードーンはゆっくりと歩くのを続けたまま、首だけこっちに振り向いてきた。
「ラードーンと一緒に歩くのはもしかしたら初めてかも、って。一緒にどこかにいくのは大体空を飛んでいってたし」
「うむ、そういえばそうか。この山に来る道中も飛んできてたしな」
「探しものはなんなんだ?」
ストレートにラードーンにきいた。
山道に入ってからと言うものの、ラードーンは歩きながらまわりをきょろきょろしている。
何かを探しているのは一目瞭然で、後回しにして聞きそびれてたけど、そろそろ聞くべきかなと思った。
「お前は蜂の巣を見たことがあるか?」
「蜂の巣……木の下とか、家の軒下とかに出来てるような感じのやつか?」
「それは全体像だな、断面の方は?」
「ああ、六角形になってる感じのやつ?」
「うむ、そうだ」
ラードーンは頷きつつも、やっぱり探しものモードのまま、更にすすみながら、説明もしてくれた。
「あの構造は実に面白い代物でな」
「面白い?」
「うむ。縦に――つまり穴が空いているその縦の面に重いものを乗せても中々つぶれない。板を乗せた上で人を乗せてもそれなりに保つ」
「へえ」
「逆に横方向からの力に弱くてな、縦だと人がのっても構造を保てるのだが、横からだと指のツンツン程度で壊れたりする」
「それは……うん、確かに面白い」
ラードーンがいう「面白い代物」という感覚がよく分かった。
はじめてきいたはなしだけど面白かった。
「あの六角形の構造が特殊だが、実は紙でも一緒だ」
「へ?」
「数十枚の紙を横にすると中央がたわむ程度に『柔い』が、縦にすればピンとたってある程度の重しが載せられる――見たことはないか?」
「ああ、ある」
俺ははっきりと頷いた。
その光景ならみたことがある、やったことがある。
紙の束――例えば本とかだと縦にするとなんかピンとたって重いものを載せられたりする。
「なるほど、あれと一緒なのか」
「うむ。詳しい理屈はわからんが、六角形のあの集まりだと『縦の強さ』を最大限まで引き出せるようだ」
「なるほど……すごいなラードーン、めちゃくちゃ物知りだ」
「ふっ……」
ラードーンは声にだしてフッと笑いながら、更に探しものを続ける。
俺が魔法をのぞいて極端に無知な事を差し引いても、ラードーンのそれはかなり物知りの域なんじゃないかって思う。
「……えっと、それが今回のとどういう関係があるんだ?」
「ほう、察しがいいな。魔法の話ではないというに」
「いや、ラードーンがまったく意味のない話をすることはないだろって」
察しがいいというよりは――なんだろう。
ラードーンを信用している、っていえばいいのかな。
今の話もちょっとした知識の伝授にみえるが、ラードーンがそれだけのためにこんな話をするとは思えない。
一見というか深く考えても共通点は見えてこないが、ラードーンだから鏡の魔法からつづく話なのは間違いないと俺は思っている。
「ふふっ、そうか。本題にはいる前のまとめだ。世の中には一方には弱いが、別の用途ではめっぽう強いものがいくつも存在する」
「ああ」
まさにそういう話だ、と俺は納得し、頷いた。
「お前もそれだな」
「え?」
「魔法に限って言えば人間最高レベルの天才であろう。しかし……そうだな、紅茶の淹れ方は分かるか?」
「えっと……湯を沸かして、茶葉をいれる?」
「二杯で飲みたいときは?」
「え? もういっかいお湯を入れる?」
「ふふっ、今のが横からツンツンだ」
「なるほど……うん。どこが間違ってるのかも分からないのも含めて、ってことか」
「そういうことだ」
ラードーンのことだ、今の俺の答えの中に何か間違いがあったんだろう。
それは間違いないし、俺はどこが間違っているのか分かっていない。
なるほど、と。蜂の巣の縦と横と同じなのは理解出来た。
「今探しているのがそういう代物だ」
「なにに強いんだ?」
「熱」
「どれくらい?」
「我の力では何をやっても溶かせなかった」
「へ? そんなに?」
「うむ。逆に衝撃には弱い」
「どれくらい?」
「人間が使ってるガラスと同程度だ」
「そんなに!?」
俺は驚いた。
めちゃくちゃ驚いた。
ガラスは確かにもろいが、本来は「そんなに」って枕詞がつくほど弱くもない。
だけど、ラードーンが「何をやっても溶かせない」ほどの物が、一方でガラス程度にもろいとなると「そんなに」がぴったりあってしまう。
「そんなにすごい物があるのか」
「うむ。もろいという事は形を作り替えやすいと言うことでもある」
「たしかに」
「……あった」
「お?」
話している間も延々と山道を歩いて、探し続けていたラードーンが足を止めた。
彼女の横に並んで、視線を追いかける。
ラードーンの視線の先に、まわりとはすこし雰囲気が違う、盛り上がった土があった。
「これは?」
「アオアリの蟻塚だ」
「アオアリ……」
俺はもう少し近づいてみることにした。
ラードーンがいうアオアリの蟻塚からは、小さな虫が絶えずでたり入ったりしている。
「なるほど、確かに蟻塚だな。アオアリ……っていう割にはそんなに青くないみたいだけど。どちらかというと緑に近いかも」
「人間の色彩感覚と言語センスは我には分からん。そう呼ばれているから倣ったまでよ」
「そうか……で、これが?」
なに? って感じでラードーンに聞く。
「燃やしてみろ。そうだな……『出来る物ならな』、と付け加えようか」
「なるほど、これがか」
俺は頷き、アオアリの蟻塚をじっと見つめた。
話の流れからして、これがラードーンのいう、彼女が何をやっても「溶かせなかった」ものだ。
「だったら俺なんかもっと無理だけど……興味がわくな」
「ふふっ」
「アメリア、エミリア、クラウディア」
せっかくの機会だ、俺は全力を出すことにした。
前詠唱で魔力を高めて、【ミラー】を101連で、上空に魔法の鏡を101枚だした。
上空から太陽の光をアオアリの蟻塚に集めた。
101連の鏡が集めた太陽光は白くまばゆく輝いた。
アオアリの蟻塚の温度がみるみるうちに上昇して、やがて炎が噴き出した。
「あれ?」
「アオアリそのものは燃える」
「あー……」
なるほど、と思った。
そのまま鏡での光を集中させつづけた。
蟻塚が燃え続けた。
まずはアオアリがもえた。
ただの虫だったようで、鏡101枚が収束した高温の中では逃げる間もなく蒸発したようだ。
つぎに蟻塚の一部が溶けた。
溶けた!? とおもったが、すぐに違いがわかった。
蟻塚をもし一つの生き物だと例えた場合、溶けたのは「皮」と「肉」だ。
それらが溶け落ちていく中、奥にある「骨」的な所は完全にのこった。
収束した光が照らされ続け、炎の温度が青天井にあがっていき、その色も青白くなっていくなか、「骨」はのこった。
溶ける様子はまったくなく、それ所か炎の影響をまったく受けないかのように、色さえも変わらなかった。
青い炎の中、黒みがかった「骨」は黒いままだ。
山すらも溶かして吹き飛ばしたほどの光の収束は、アオアリの蟻塚にはまったくの無力だった。
「すこいな、これ」
「光だから物理的な衝撃は一切ない、このまま丸一日やってもなんともないだろう」
「だろうな」
それはすごく簡単に想像できた。
「一方で、あれは粘土レベルで成形が出来る」
「へえ」
「想像してみろ、あれを何かの器に作り替えれば?」
「……収束した太陽光を無限に受けられる」
「そういうことだ」
「なるほど……すごいな……」
青白い炎の中、炎に一切影響されずに存在し続ける黒い「骨」を見つめ、これをどういう形で一番活用できるのかを、俺はミラーで照らしつづけながら考えるのだった。