245.邪魔されないやり方
街の上空。
住民の魔物達がありんこくらいに小さく見えるほどの高さまで飛び上がって、360度ぐるっと見回した。
「あれとかがいいかな」
遙か遠い先、シルエットさえもぼやけてしまうほどの先に、なだらかな稜線がつづく山脈がみえた。
雲一つないほどの晴れやかな青空の下であっても、おそらくは数百キロ離れた先だからか、その稜線もぼやけて見えていた。
『ふむ、いけそうか?』
「たぶんな」
『ならばやってみせるがいい』
「ああ」
俺は頷き、前詠唱から魔法を発動した。
「『ミラー』101連!」
両手を左右にまっすぐ突き出して、自分を「大」の字にした。
広げた両手から伸びていくかのように、魔法の鏡が左右にほぼ同じ数だけ広がっていた。
まるで自分の両腕が数十倍に長くなったかのように、左右に伸びていく魔法の鏡。
その101枚の鏡が太陽の光を反射しているのを確認しつつ、角度を調整する。
101枚の反射が通常の地平線の、その更に先にある稜線に集まるようにした。
調整は神経をすり減らすほどの集中力が必要だったが、邪魔が入らない状況もあって、じっくりとやることが出来た。
そして、101枚の鏡の反射が一点に集中した結果、遙か彼方の稜線が静かに欠けて、それまでのなだらかな物とは正反対の、人工的で不自然な「切り欠け」が出来た。
「……ふむ」
俺は実験の結果に満足し、魔法をといて101枚の鏡を消した。
『すごいな……お前が今までやってきた魔法の応用のなかで一番感心したぞ』
「そうなんだ」
『うむ。この距離だ、我が全力をだして何かを放ったとしても途中で減衰し霧散したであろうさ。だのに地形を変えるほどの威力を保ったままというのは驚嘆を禁じ得ぬよ』
「元が太陽の光だって考えれば、この程度の距離が伸びたところで誤差だからな」
『ふふっ、道理ではあるがな』
ラードーンは楽しげに笑いながらそう言った。
道理ではある、という含みをもった言い回しだが、俺を褒めるという語気とかニュアンスはちっとも減っていない。
むしろ強まったとさえいっていい。
『もはや究極魔法、最強魔法と云っていいのではないか?』
「いや、それはない」
俺ははっきり、きっぱりと言い放った。
ラードーンは究極とか最強とか、最高レベルの褒め言葉を使ってくれたが、それには程遠いと俺自身はっきり分かっている。
『ふむ? 何がだめなのだ?』
「太陽の光を反射する魔法――いや技だ」
『うむ、魔法というより技であるな』
「だから曇ったり雨が降ったりすればもう意味がない、夜でも使えない」
『……ふむ』
「今は空の上にいるが、地上でやるとき霧とか砂塵とかにも邪魔される。俺だったら地面に軽くファイヤボールを放って砂埃でも巻き上げればそれだけで無力化できる」
『なるほど』
「それにまだある。ラードーンは自分が何かを放てばといったけど、ラードーンがなにかを放てば途中でもずっと威力のある技とか魔法になる」
『……なるほど。あくまで目的地の一点に集中させる技。途中で何か遮る物があれば』
「そう、距離にもよるが、紙とか薄布とか、そういうものでも邪魔できる」
『そういわれると欠点の方が多いように思えてくるな』
「実際欠点も多い。『すべてが上手くいったとき』は超長距離、超高火力、超持続性がでるけど、ちょっとでも邪魔が入るともう『ゼロ』になってしまう」
『ふふっ、とんでもないじゃじゃ馬というわけだな』
「まあ、今のままでも問題ないとは思う」
『ほう?』
「普通の魔法とはまるで有効になる状況が違うんだ、だから――」
『事実上の命綱になる、か?』
俺は小さく頷いた。
厳密には違うとはおもった。技の性質としてはとんがり過ぎてて、とても「命綱」だなんて呼べる代物じゃないけど、「普段とは違う状況でのこる選択肢」という意味ではあっているから頷いた。
「簡単に邪魔されるから、邪魔されないような工夫が出来るだけで大違いなんだけど」
『ふふっ、反対側にうてば邪魔などされないぞ?』
「それじゃそもそも意味がない――え」
『むっ? どうした』
「反対側……」
俺は考え込んだ。
ラードーンの口から出てくる「反対側」という言葉である光景が頭の中にうかんできた。
『なんだ? 逆方向にむけて曲射でもさせようというのか?』
「光なんだ、それは無理だろ」
俺は苦笑いした。
ラードーンが最初に言ったような魔力をただ撃ち出すようなものなら、曲がるどころかくねくねカクカクさせる事も出来るが、光ではそういうのは根本的に無理だと思った。
「そうじゃなくて――いや、実際にやって見せた方が早い」
『うむ、やってみせるがいい』
俺は頷き、ゆっくりと滑空を始めた。
真下の魔物の街にではなく、何もないようにみえる街から離れた野外に向かって、滑り台に乗っかるかのようにゆっくりおちていった。
見立て通り、何もない荒野に降り立った。
「『ミラー』31連」
『ほう、すくないな』
観察と決め込んだはずのラードーンが言葉を発してしまうほど、さっきのに比べて遙かに少ない数の鏡をだした。
数こそ少ないが、やることは同じ。
31枚の鏡を一点に――地面に向かって太陽光を集めた。
光が集まった一点が溶け始めた。
岩肌の地面がとけて、真っ赤っかにとろとろな物になった。
溶岩――と呼べる代物なのか分からないが、見た目はそれにものすごく近い物になった。
溶岩っぽくなっても、光をその中心に集め続けた。
ドロドロの範囲が少しずつひろがって、やがて小さな水溜り位の大きさで拡大がとまり、そのかわりポコポコと水が沸騰したかのようになった。
収束した太陽光が、地面を溶かし続けて沸騰させ続けた。
「これなら邪魔されない」
『うむ、されないであろうな。攻撃でもない』
「だけどここに確実に高熱という力がたまっている」
『……ふむ』
「話がずれてきてるけど、これは使った魔力以上の力を得られる。次はこれを活用する方法だな……」
俺は考えた。
更に考えた。
攻撃魔法/攻撃技という枠組みもひとまず取っ払って、溶岩っぽくなったこの高熱を活用する方法を考えてみた。
『ふふっ、あいかわらず面白い事を考えつく』
「そうか?」
『その発想気に入った。心あたりがある、すこし手助けしてやろう』
「心あたり?」
ラードーンのいう心あたり、そして手助け。
神竜である彼女がいいだしたそれに、俺は期待をたかまらせるのだった。