244.リアムの鏡
「アメリア、エミリア、クラウディア」
空の上、俺は詠唱をして、魔力を高めていた。
魔法の前詠唱では、術者がもっとも精神力を高められるキーワードをそれぞれ設定し、それを口にだして唱える事で精神力、集中力、ひいては魔力そのものをたかめる効果を発揮する。
俺はかつての自分、リアムに転生する前世で憧れていた三人の歌姫の名前を前詠唱として使っていた。
その名前を口にして、テンションを高め、魔力も高まる。
そうやって引き出した魔法を練り上げて、足元から直径数十メートルに亘る巨大な魔法陣を展開させる。
「【デストロイヤー】!!」
高まった魔力を同時詠唱ではなく、一つの魔法に集中し、はなった。
白と黒、二色が螺旋のように重なり合った光線が右手から一直線に放たれていく。
螺旋の光線が向かった先には岩肌が露出しているタイプの、それなりの高さのある三角形の山があった。
光線は指が豆腐に突っ込んでいくかのような感触で、山をいともあっさりと貫通した。
「アメリア、エミリア、クラウディア――【ペトリファクション】!」
光線に貫通された山に向かって、更なる詠唱魔法を放つ。
魔法の光が岩山を包み込んで、「固定」した。
遠目には三角形に見える岩山は、二色の光線に貫かれ、まるで夜の三日月のような穴がぽっかりと開いた。
貫通した直後は三日月のように見えるその開口部だが、当然自然に出来た物ではないから、すぐさま崩壊するであろう事が容易に想像出来る。
そうならないために、別の魔法で山を「固めた」。
柔らかいスポンジケーキに砂糖をコーディングして固める。
そんな感じで半壊した岩山を固める。
結果、三角形にみえる山は五合目あたりを中心に半分えぐられた形で固定された。
「これでいいのか?」
二つの魔法、前詠唱で高めた大魔法の結果を確認しつつ、心の中にいるラードーンに問いかけた。
『上出来だ、これなら人間どもは震え上がるであろう』
「なんでわざわざこれを?」
『見せしめだよ。パルタ公がもたもたしているから、はやくせんと次はお前がこうなる、という見せしめだな』
「はあ……でも、ちからって意味じゃ【ヒューマンスレイヤー】で向こうは理解してるんじゃないのか?」
『絵的にわかりやすい生け贄も必要だ。それに、【ヒューマンスレイヤー】だけでは庶民は理解しておらんだろう。この山のなれの果てでそいつは庶民からの突き上げも喰らうはずだ』
「そういうものなのか」
ラードーンから説明を受けても、分かったような分からないような気分だった。
目の前の事はいまいちわからないけど、ラードーン達がやろうとしてることはパルタ大公トリスタンを脅す事で一貫している。
これもそうだから、そういうものだと納得する事にした。
「もうこれでいいのか?」
『うむ、あとは我らが上手くやっておく』
「そうか」
俺は頷き、山の三日月――土手っ腹にあけた大穴をじっと見つめた。
『どうした?』
「ああいや、こういう大規模な攻撃魔法というか、破壊魔法? も、なにかもっといいやり方ないかなっておもったんだよ」
『ふふっ、とことん魔法バカだな』
ラードーンは笑いながらそう言った。
その語気だと「いいぞもっとやれ」って後押しされているように感じて、俄然やる気があがるのだった。
☆
飛行魔法で街に戻ってきた。
飛んで戻ってくる途中、空から見下ろした分には、住民の魔物達はほとんど戻ってきてて、街にはいつもの活気が戻ってきていた。
それはつまり魔晶石のシステムも無事以前通りに稼働しているであろうということだから、ちょっとだけホッとした。
そんな風にホッとしつつ、魔晶石のバックアップになるようなインフラのシステム、そして大規模破壊魔法の別のやり方。
いろんな魔法のあれこれを考えながら、直接自分の家、街の中心にたてられた宮殿の中庭に着地した。
さてこれから――。
「りあむさまりあむさま」
「これみてこれみてりあむさま」
「スラルンにスラポン――おっと」
着地したのとほぼ同時に、二匹のスライムが俺に飛びついてきた。
可愛らしい見た目のスライム達は、ピョンピョン跳ねながら俺に甘えてきた。
まるで小型犬のような愛らしさでじゃれつく二匹を、俺は抱き留め撫でてやった。
「どうしたんだ二人とも」
「これみてりあむさま」
「あたらしいわざできたの」
「新しい技?」
どういう事なのか、と不思議がっていると、スラルンとスラポンは俺の腕の中から飛び出して、中庭の枯山水の一部、ちょっと高い山を模した岩の上に飛び乗った。
二匹は岩の上でスライムがましく体を伸びたり縮んだりして体の形を変えていた。
何をしているのだろうか――と思っていると、二匹はそれぞれ違う形で体を固定させた。
半固体のスライムだが、普段過ごす上でのかたちは決まっている。おそらくその形が「一番楽」なんだろうなと何となく思った事はある。
今はそれとは違って、二匹とも明らかに無理して変えているという感じの形になっている。
本当に何をしているのか――と思ったけど、すぐに分かった。
太陽の光でわかった。
空の太陽の光が、二匹の体を通して歪曲されて、地面の一点に集中した。
その集中された一点はめちゃくちゃまぶしくて、ただの土の地面なのに、その一点だけ鏡かってくらい反射してまぶしかった。
光を集中させた――けどなぜ?
そう思ったが、これまたすぐにわかった。
光が集中されたその一点は、すぐに白い煙を上げ始めたのだ。
焦げ臭さとともに上がった煙、それが成果なのか、スラルンとスラポンは光をあつめるのをやめて、いつもの「一番楽そう」な見た目にもどって、ぴょんぴょんこっちにトンできた。
「りあむさまりあむさま」
「いまのどう?」
「すごいな、どうやったんだ」
「ひかりをあつめた」
「あつめるとやける」
「えっと……」
二匹の説明は要領をえなかった。
というか現象の再説明にしかなっていなかった。
光を集めたら焼ける――は、みたまんまの事でしかなかった。
それがどういう事なのかを聞こうとしたんだが、スラルンもスラポンも無邪気に喜んでいて、それ以上聞けなさそうな雰囲気だ。
『大昔にな』
「へ?」
いきなりラードーンが話しかけてきて、ちょっとだけ驚いた。
『人間がメガネを発明して、ある程度作られて――そうだな、貴族の子供にも行き渡る頃だったかな』
「はあ」
『そのメガネを使ってな、太陽光を集めてアリンコを焼いて遊ぶというのが貴族の子供の間ではやっていた時期があったのだ』
「そんなのあったのか?」
『うむ。魔法でもなく、火もつかわない。でも生き物を焼ける――子供が好きそうなことだろ?』
「あー、なるほど」
何となく分かるような分からないような話だ。
『それと同じだ。日差しが照らした場所は熱くなる。その日差しを収束させて一点に集めると熱さがどんどん上がる――道理だろ?』
「たしかに!」
ラードーンがいうそれはわかりやすかった。
日差しは熱い、熱い日差しを一点に集めるともっと熱くなる。
わかりやすい事この上ない理屈だった。
『まあ見てのとおり地面を少しこがしたりアリンコを焼いたりする位しかできんがな』
「…………」
『どうした』
「りあむさま?」
「どうしたのりあむさま」
俺は少し考えた。
少し考えて、一つの光景が頭の中に浮かび上がった。
「【ミラー】」
魔法を唱える。
かざした手の前に薄い鏡のような物ができた。
その鏡は日差しを反射した。
俺の手の動きに応じて、反射する光の照らす先を変えられた。
「【ミラー】3連」
今度は同時詠唱した。
目の前に現われた三つの鏡の角度を調節して、反射した太陽光を一点に集める。
鏡「三枚」で、スラルンスラポンのやってる事とほとんど同じ、地面を焦がせるようになった。
『うむ、メガネではなく鏡でも同じことだな。応用が早いではないか』
「考えてたことだから」
『考えてた?』
「ああ」
俺は頷き、一度目をおとした。
深呼吸して、集中して。
そして目をあけて、前詠唱で魔力を高める。
「アメリア、エミリア、クラウディア。【ミラー】101連!」
簡単な魔法という事もあって、同時詠唱を大台に乗せた俺。
大量の魔法の鏡が体の前に出現した。
そして、その101枚の鏡の角度を調節する。
反射した太陽光が一点に集まるように調整した――結果。
『ほう』
「りあむさますごい」
「すごいりあむさま」
「うわ!」
感心するラードーン、大喜びするスラルンとスラポン。
そして、予想外の威力に驚く俺。
101枚の鏡が集めた太陽光は、庭の枯山水の大岩をいとも簡単に溶かすほどの威力だった。