242.冗長性の目覚め
「……さて」
『うむ?』
「材料は揃ったから、仕上げるとするか」
俺はそう言い、まずは魔力の流れを感じ取る事に意識を集中させる。
魔晶石鉱脈の中でじわりじわり集まった魔力が、また砂粒大の魔晶石になろうかとするその瞬間に、【タイムストップ】で時間を止めた。
止めた時間の中で【アナザーディメンション】を唱えて、時を再び動かせる。
【アナザーディメンション】は発動直前で魔晶石の中に閉じ込められる、出来た魔晶石がまた消えかかった。
「【アイテムボックス】」
今度は【アイテムボックス】を唱えて、いくつかストックしてある異世界の隕石から魔力を引き出して、消えかかった魔晶石の上に被せるようにする。
魔晶石は砂粒大から豆粒大に大きくなっていき、【アナザーディメンション】は包まれたまま開放されずにすんだ。
「【アナザーディメンション】」
そこでもう一度、【アナザーディメンション】を唱える。
『この流れはなぜだ?』
「『アナザーディメンション』だけだといつ隕石が飛んでくるか分からないから、飛んでくるまでの分はもってる分でもたせるんだ」
『ふむ、なるほどな』
質問に対する明快な回答が得られたからか、ラードーンはすぐさま納得した様子でひきさがった。
【アイテムボックス】と自前の魔力で魔晶石を維持しつつ、【アナザーディメンション】の向こうをじっと見つめる。
一分くらい経ったところで、隕石が飛んできて、次元の境目で崩壊して魔力を放出した。
空間に漂う魔力は構造にそって魔晶石をつつみこみ、更に大きくした。
【アイテムボックス】を解いて、更に【アナザーディメンション】を唱える。
複数になった次元の裂け目から次々と隕石が飛んでくる。
それが崩壊して、魔力になって、魔晶石を大きくする。
その魔晶石が両手でかかえる程度の大きなかたまりになったところで、俺は再び――
「【タイムストップ】」
と時間を止めて、塊の表面――つまり外側にもうひとつ【アナザーディメンション】を仕込んだ。
そして「中心」のと同じように、【アイテムボックス】から引き出した魔力で包む。
薄皮一枚コーディングしたのを確認してから、時間をまた動かす。
『むっ? お前、また時間をとめたか』
「ああ」
さすがラードーンとおもった。
俺が【タイムストップ】をかけた事をめざとく見つけたようだ。
『……ふむ、次元魔法をもうひとつ仕込んだか。なぜだ?』
「上手く行けば」
二度目の【タイムストップ】のあとも、徐々に大きくなっていく魔晶石を見つめながら、説明する。
「このサイズまで『小さく』なった所で一回予備が起動して、全部なくなった所でもう一回予備が起動する。予備を時間差で二回あるように仕込んでみた」
『……ふむ』
ラードーンの返事は、何か考え込んでいるような、そんなニュアンスがあった。
そんなラードーンの次の言葉を待ちながら、魔晶石がしっかり大きく育っていくのを見守る。
『……もうこれ一つでいいのではないか?』
「ああそういうこと。いや、それは良くないと思う」
俺は即答して、否定した。
『なぜだ』
「そもそも予備を作る、って話だ」
『これ一つで予備になるのではないか?』
「それだと万が一アナザーディメンションが機能しない時は予備として機能しない。命綱としての予備なんだから、違う理屈のものとして分散させるべきだ」
『ほう……すごいな』
「へ?」
『目先の成功に惑わされず、本来の目的を忘れないのはよいことだ。凡百どもではそうはいかない』
「そうは行かない?」
『みたことはないか? 何か一つだけ「最強」とか「最高」を求めて、それ一つで何もかもすませられるものをほしがる人間のことを』
「あー……なんか見たことあるかも。ダメなのか、最強って」
『最強など存在しないし、あてにならぬよ』
ラードーンはそこで一旦言葉を切って、真剣なトーンから冗談めいた口調に変えて、続けた。
『我ほどであっても、【ドラゴンスレイヤー】にやられて助けが必要になるのを見ていただろ?』
「なるほど!」
ラードーンはそこを冗談めいた口調でいったが、確かにその通りだと思った。
と同時に。
「予備、命綱の種類を増やしたのは正解だったか」
『うむ。それが出来るのはすごい事だと思う』
「ありがとう。まあ、でも。魔法の事だけだ」
ラードーンに褒められて嬉しくなる一方で、俺はちょっと苦笑いもした。
「魔法以外のことだと俺も『最強』ほしがるかも知れない。ああいや、実際にあったな」
『ほう?』
「冬は床下暖房こそ最強だ! とか、昔はいってた記憶がある」
『はは。床下暖房か、あれは人間には快適らしいな』
「すごく快適なんだ。暖炉だと背中と足元が寒くなるけど、床下暖房は部屋全体が暖まる。…………ああそうか、薪の消費とすすの掃除、手間を考えたら最強じゃなくなるのか」
いいながら、苦笑いする。
昔はあれほど「最強」だと信じ切っていたものも、ラードーンの指摘を起点にして考えたら全然最強とはおもえなくなった。
『ふふっ、気温の話なら最強なのがあるぞ』
「え? なに?」
『冬は南に、夏は北にそれぞれ移住すれば良い』
「そこまでやられると俺でも違うってわかる」
『ふふっ、過ごしやすさと言う意味では最強だぞ?』
「あはは」
冗談めかした口調のラードーンと一緒になって笑い合った。
そうして笑い合いながら、俺は更に考える。
何かもうひとつ、「命綱」を増やせないか、と。
命綱は増やしすぎても効果は下がっていくが――
「二つ、いや三つくらいは……」
それくらいまでは増やしていいし、増やすべきだと思ったのだった。