241.魔法のあん
俺はブラッドソウルの鉱床にやってきた。
魔法都市の「魔力のうんこ」は全部ここに流れ込んできて、凝縮されて魔晶石に結晶化される仕組みになっている。
普段とは違って、そこは魔晶石がほとんどなかった。
使い切ったため在庫はもうない、という感じだったが、仕組み自体は生きている。
今も都市全体から集積されてくる超微量な魔力が凝縮されて、砂粒ほどの魔晶石になった。
『ここで何をするつもりなんだ?』
俺の中からラードーンが聞いてきた。
パルタ公国の後始末を任せきっていて、それで彼女が「出たり入ったり」しているから、俺はいちいち「戻ってたのか」とはきかなかった。
そのまま、ラードーンの質問に答える。
「あの肉まんでヒントをもらったから、それで魔晶石を作ってみる」
『ただの食物から発想を得るとは中々に中々だな』
「そう?」
『お手並み拝見だな』
ラードーンの語気は楽しげで、何かに期待する類のものだった。
俺が今からやることに期待してくれるのは明らかで、元からそうだったけどもっと頑張ろうと思った。
俺は目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませた。
ありとあらゆる「雑音」を意識の外にシャットアウトしつつ、魔力の流れだけを感じ取る。
頭の中でイメージが浮かび上がる。
支流が集まって大河となるようなイメージで、そこに流れているのは水ではなく霧のようなもの。
その霧が分枝から集まってきて、一点に凝縮される。
そのイメージがはっきりと頭の中に浮かび上がってきた。
霧が集まって、凝縮した――と感じた瞬間に目を開けた。
目の前でまた一粒、砂粒大の魔晶石ができた。
「……よし」
『出来る瞬間を感じ取っていたのか?』
「ああ、まずはな」
『そうか。しかし今できた物もすぐにきえたが?』
「ここは街のインフラ維持に直結してる。製造より消費が上回ってる現状だと、出来た側からすぐに使われて残らない。ため池のようなものだ」
『なるほどな』
ラードーンが納得した所で、俺は【アイテムボックス】を唱えた。
アイテムボックスの中から異世界の隕石をとりだした。
隕石はたちまち崩壊し、魔力に変換された。
空間に散っていった魔力は、この鉱床の構造――支流と本流の構造にそって、一点に集まっていった。
少しして、今度は豆粒大の魔晶石が出来た。
さっきのは砂粒大という事を考えれば結構な大きさだ。
それもやっぱり、街の消費をまかなうほどの量にはならずに、すぐに使われて「溶けて」しまった。
「……よし」
『今度はなんだ?』
「これから作る物の魔力量を計ったんだ」
『ふむ』
「ここに集まってくる魔力で足りるのならそれでよかったけど、足りないなら魔力はこっちで用意して、前につくったここの『型』だけを利用する」
『ここの構造をつかうということは、今から作る物も全自動で作られるようにするつもりか?』
「いや」
俺は首をふった。
今頭の中にある構想ではそこまでやる必要はない。
「一つできればいい、念の為の予備を用意するにしても二つか三つくらいでいい。だから自動にする必要はない。むしろ」
『むしろ?』
「自動のための種を今から作る」
『ふむ……ますます興味深いな。早く進めるといい』
「ああ」
頷く、目を閉じる。
ラードーンが興味をもってくれるというのは嬉しかった。
大げさにいえば光栄だった。
神竜たる彼女に興味をもってもらえるのはすごい事なんだと分かっているから、それを言われて嬉しかった。
ますます成功させなきゃ。
一発で成功させなきゃと思った。
目を閉じてもう一度構造を把握する。
絶対に間違えないように、構造と、実際に流れる場合の速さを把握する。
それをひとしきり、ほぼ完璧だ、と言い切れるレベルで把握出来たところで、再び【アイテムボックス】の中から隕石をとりだした。
さっきの分量で豆粒大くらいになったから、それをもとに計算して一回り大きい小石程度に成るようにした。
そうして取り出した隕石が崩壊して、さっきよりも遙かに大量の魔力が放出され、あたりの魔力量がめちゃくちゃ濃くなった。
その魔力が構造にそって、一点に集まっていく。
そして、それが結晶と化するその瞬間――。
「【タイムストップ】」
時間魔法を使って、時間を止めた。
大量に魔力を消費するこの魔法、あれから魔力の最大量が増えたが、それでも外部の補充とかそういった物一切無しに、自前の魔力だと5秒も持たない。
が――5秒で充分。
俺は結晶化しているその中心に向かって。
「【マジックミサイル】」
と、初歩的な魔法を放った。
止まった時間の中、魔法は出来たが、発動までは行かなかった。
そこに魔法の発動する瞬間――発動する前の物ができた。
そして時を動かす。
流れ出した時の中で、【マジックミサイル】は発動しなかった。
マジックミサイルが発動される所で、魔力が集まって魔晶石がどんどん大きくなり、計算通りの小石くらいのサイズになった。
『時をとめたのか?』
「わかるか?」
『我の目をしてもとらえられぬ動きであれば時間停止以外あるまい』
「そりゃそうだ」
頷いた俺は、魔晶石をじっと見つめる。
空間に散らばった魔力が凝縮され、魔晶石の大きさがピークに達して、そして街の消費に使われて今までのと同じように出来た側から消えていった。
それが全部消えたあと、【マジックミサイル】が放たれた。
時を止め、更には魔晶石の中に封じ込まれた【マジックミサイル】が発動した。
「……よし」
『なるほど、まさにあの肉まんだな』
「ああ」
『つまり、最後の一粒として、異次元なりにつなげた魔法を封じ込め、完全に消耗した後に発動させる、ということだな』
「そういうことだ。散らばった魔力があればいいから、封じ込めるのは【アナザーディメンション】だけでいいはずだ」
アスナとジョディから得た発想で上手くいったことに、俺は少しだけ満足感をえた。