240.肉汁のひらめき
「うーん……あっ」
目の前で魔晶石が弾けた。
観察するために小さく分けた魔晶石が魔力を放出しつづけてる。その過程はまるで氷が溶けるのとほぼほぼ同じような見た目だった。
その魔晶石がまた一つ「溶けて」消えてなくなった。
「これも違ったか……」
俺ははあ、とため息をついた。
ここしばらく、ずっと魔晶石の「溶け方」を観察している。
街のインフラに使う魔力、魔晶石がなくなったのを改善するために、魔晶石がなくなる瞬間を何度も観察していた。
なくなるときに起きる現象とかその時の魔力の動きかたとか起きることにパターンとかがあれば、それに合わせてアナザーディメンション起点の魔力取り出しを仕込めるからだ。
そう思ってずっと観察しているが、今の所見つかっていない。
「なんかあるはずなんだ……次行こう」
そう思って、新しい魔晶石を取りだそうとしたその時、ドアがコンコンコン、とノックされた。
俺一人しかいない自分の部屋の中で、ノック音がヤケに大きく響いた。
「はーい?」
誰だろうと思いながらドアに向けて応じると、そのドアがゆっくりと開かれた。
「リアムくんただいま」
「アスナ、それにジョディさん」
現われたのはこの街では少数派の人間、アスナとジョディの二人だった。
アスナが先に入ってきて、ジョディはドアを閉めながらアスナのあとについて入ってきた。
「二人とも、帰ってたんだ」
「うん!」
「ついさっき戻ってきたばかりよ」
「そっか。お疲れ様」
「全然。あたし達の出番なんてなかったもん。ねえ、ジョディさん」
「そうね」
アスナに水を向けられたジョディは頬に手を当てて、いつものほんわか笑顔で答えた。
「目的地に着いたらもう街のみんなが全員倒れてたものね」
「【ヒューマンスレイヤー】のあとだったのか」
「なにそれ、魔法の名前? なんか格好いいね」
「人間だけを殺す魔法? そんなものがあったのね」
ジョディはやや驚いた様子でいった。
今回の一件は【ドラゴンスレイヤー】に端を発したことで、彼女は【ドラゴンスレイヤー】から【ヒューマンスレイヤー】の効果にあたりをつけたようだ。
「なかったけど、作った」
「あらあら……相変わらずすごいのね」
「はえ……つくったって、あっさりいうんだからすごいよね」
「リアムくんだものね」
「というか、一人で何してたの? 魔法の練習?」
「ああ、いや」
俺は二人に説明した。
アスナとジョディを含めて、全員がこの街を出てしまった事で「魔力のうんこ」がなくなって、魔晶石ブラッドソウルが完全になくなって、街灯すらつけられない状況になったことを説明した。
「それで切れたときに自動で何とかするための魔法を考えてたんだ」
「なんかすっごいことかんがえてたんだね」
「大事なことなのね。邪魔したら悪いかしら」
「ああ、いや」
俺は首を振った。
ジョディが少し申し訳なさそうな顔をしてたので、そんな事ないといった。
「行き詰まってたし、ちょっと気分転換しようとおもって」
「だったらちょうどいい! あのね、すっごいおいしい食べ物を見つけてきたの」
「すっごい美味しい食べ物?」
アスナがここまで興奮しながらいう食べ物ってなんだろう? と興味をもった。
「うん! あたし達が行った街の特産らしいんだ。すごいよ? みんな昏睡してたのに、目が醒めてから半日もしないうちに街はいつも通りにもどったの」
「まあ、そうだろうな。【ヒューマンスレイヤー】はタイムリミット前に解除すればまったく後遺症がないようにつくったから」
「えーでも、みんな倒れてたらしばらく混乱しない?」
「あー……なるほど?」
アスナに言われるまでそんな考えがまったく頭になかった。
でも実際は混乱もなかったから、アスナの考えすぎなんだろうと思った。
「それはいいけど、その食べ物って?」
「あっ、うん。これ」
アスナはそう言い、紙袋を取り出した。
大きさや膨らみ方からして――。
「パン? とかかな」
「惜しい!」
「惜しいのか。じゃあどういうのなんだ?」
「それは食べてのお楽しみ。ちょっとキッチン借りるね、温めるから」
「ああ、それなら俺がやるよ」
俺はそういい、手をかざして魔法を唱えた。
召喚魔法を唱えて、精霊を召喚した。
「ノーム、サラマンダー」
光が溢れて、土の精霊ノームと炎の精霊サラマンダーが召喚された。
可愛らしい見た目の精霊は俺の方を向いて、無言で命令をまった。
俺はすぐには命令せずに、アスナに向いた。
「それを温めればいいのか? 蒸すかんじで?」
「うん!」
「じゃあノーム」
名前を呼ぶと、ノームは応じて、アスナの方に向き直った。
そしてどこからともなく土を呼び出して、アスナが持つ紙袋を包んだ。
みるみるうちに、紙袋だったのがまったく同じ形をした「土袋」になった。
「サラマンダー、ゆっくりと温めろ。食べ物だからこがさないようにな」
今度はサラマンダーが応じて、炎で出来たような体でノームの土袋を包み込んだ。
炎が土の塊を焼いて、温めていく。
「こんなのでいいの?」
「塩釜焼きね」
アスナの疑問をジョディが答えた。
「塩か、俺が知ってるのは泥だけど」
「どろ?」
「そう。泥で芋を包んで、そのままたき火の中に放り込む。すると芋は焦げずにいい感じに灼けてくれるんだ」
「へえ、そんなのがあるんだ」
そうこうしているうちに、サラマンダーから「できた」という合図がきた。
命令を達成したサラマンダーとノームは消えて、俺達の元にいい感じに温まった土袋がのこった。
アスナはそれを受け取って、「あちち」といいながら土を剥がしてく。
土が剥がれると、湯気とともに芳しい食べ物のカオリがあふれ出した。
「はい、これ」
「これは……肉まん? でもちっちゃいな」
アスナが渡してきたのは手の平に載る程度の、一口サイズ程度の肉まんみたいなものだ。
白い皮は普通のより薄くて、中身がなんかの肉であろうというのは皮越しに見える。
「食べてみて?」
「ああ、頂きます……あちっ」
一口サイズだったから、半分くらいをかじって――の、その瞬間。
中から熱い汁が一気に噴き出して、口の中に充満した。
「あちっ! うまっ!」
汁は肉汁で、めちゃくちゃ熱かった。
同時にめちゃくちゃ美味かった。
一口サイズの肉まんはまあまあ肉まんだけど、普通の肉まんよりも中に肉汁がたくさんあって、それが噛むと一気に口の中に広がるしかけだ。
「へえ……こんなのがあるのか」
「どう? おいしいでしょ」
「ああ、うまい。こんなのもあるのか」
「パルタの方じゃ結構ポピュラーな食べ物らしいよ。これは蒸したヤツだけど、ちょびっとだけ皮を厚くして焼いたのもあるの」
「それもうまそうだな」
俺は納得しつつ、アスナがいった別バージョンの味に思いをはせながら味を堪能した。
肉汁を全部飲み干したあとにのこったのは肉まんとさほど変わらなかったが、その肉汁の仕掛けがたぶんこの食べ物の全てで、それだけでおいしいさを数段引き上げる仕掛けになった。
皮の中に肉汁を最初に仕込もうと思った人は――
「――すごい、な?」
「どうしたの? 変な顔をして。なんか変なの入ってた?」
「……そうか!」
「え? そうかって何」
「ちょっとまってて」
頭の中にあるものがひらめいた。
俺はそのひらめいた物を形にするため、アスナとジョディをおいて部屋から飛び出した。