24.アスナ、進化
「むむ……たしかに、ジャイアントフロッグの魔石だ」
ハンターギルドの中、俺達が持ち帰ったジャイアントフロッグの魔石をみて、信じられないって顔をするギルドマスター。
「なに? 依頼出したのそっちじゃない」
「それはそうなのだが……こうも早く討伐するとは……。一週間はかかるものだと思っていたのだ。実質……一日か?」
「半日くらいかな? ねっ、リアム」
「そうだな」
ジャイアントフロッグとの戦いの記憶を振り返る。
アスナのいうとおり半日くらい、いやもっと短いかもしれない。
「半日……」
ますます唸るギルドマスター。
ギルドの中にいる、他のハンター達もざわざわしている。
「……いや、ここはさすがだというべきだな。ありがとうリアム――それにアスナ」
まず俺にいってから、なんだかついでのようにアスナもねぎらった。
すると、アスナは複雑そうな顔をした。
「すまん、今のはわざとじゃないんだ」
自分の対応がきっかけだと気づいて、弁明をするギルドマスターだが、アスナはゆっくりと首を振った。
「ううん、あたしも分かってる。リアムにおんぶに抱っこで、あたし自身大した事してないって。ぶっちゃけリアム一人でもジャイアントフロッグ倒せたもん」
「そんなことは――」
「あたし自身が一番わかってるもん」
アスナは微苦笑しながらいった。
語気は普通だが、意志は強い。
「もっとちゃんと強くならないとね。そうしないとリアムに置いてかれそう」
「それなら、使い魔になったらどうだ? ちゃんと契約を結んで」
ギルドマスターがいきなりそんな事を言い出した。
「使い魔?」
「それってなに?」
俺もアスナも分からなかった。
「魔法使いは使い魔を使役するものってのは知ってるか?」
「ううん」
「それは知ってる」
アスナは首を振って、俺は頷いた。
魔法を勉強するようになってから、魔導書ではないが、屋敷の書庫にある魔法に関する書物も少しは読んだ。
「魔法使いが契約して、絶対服従で使役する存在の事だろ? でもあれは魔物にするもんだって。だって使い『魔』だし」
「必ずしもそういうわけじゃない。ただ、魔物と契約した方が、戦力的に有利だから、大抵の魔法使いは魔物と契約しているだけだ」
「そうだったのか……」
「ねえ、その使い魔ってなに、契約したらどうなるの?」
そこに希望をみいだしたからか、アスナはギルドマスターに説明を迫った。
「契約魔法で主従関係を結ぶんだ。契約を結んでしまうと、主人の本気の命令には逆らえない、契約解除も相当難しいが、主人の力次第で、使い魔側の能力があがる。基本は主人を守れるように強くなるって言われてる」
使い魔契約の説明を静かに聞いた。
概ね、俺が知っているのと同じ内容だ。
召喚魔法の一つに契約召喚があるが、あれと似ているようで、大分違う。
契約召喚は、契約した相手の「幻影」を呼び出すもの。
一方の使い魔契約は、本人と契約を交わして、本人を使役するものだ。
幻影と、本人。
そこに決定的な違いがある。
「そっか……ねえリアム、契約……してくれない?」
アスナは俺にいってきた。
上目遣いで見つめてきて、何かをおねだりするような表情だ。
普段は快活なイメージの彼女が見せる、楚々としたその表情。
思わずどきっとするくらい可愛かった。
「いいんだけど……絶対服従だぞ? 俺の命令には逆らえなくなるんだぞ」
俺は聞き返した。ギルドマスターも「そうだぞ」という表情でアスナをみた。
「それなら大丈夫。あたしリアムを信じてるから」
「信じてる?」
「うん。付き合いはまだそんなに長くないけど、リアムは真面目だしいい人だし、それで変な事はしないって信じてる」
「そうか……」
信用、か。
ものすごく得がたい物を、いつの間にか得ていたようだ。
「……もしそうだったとしても、べつにいいし」
「うん? 今なんて言った?」
「ううん、なんでもない」
確実に何か言ったアスナだが、首を振って否定した。
そして気を取り直して、またしても俺を見つめてきた。
「ねっ、お願い」
「……アスナがそこまで言うのなら。でも、魔法なんだろ、それ。俺に出来るかな」
「大丈夫だ。それは他人に――見届け人にかけてもらう魔法だから。俺がやってやる」
「そっか。なんだか――」
結婚みたいだな、といいかけて、その言葉を飲み込んだ。
そうと決まれば、って感じでギルドマスターは準備を始めた。
ギルドの中で、あっちこっちに散らばっている他のハンター達が集まってきた。
みんな、見るからに見物客だって感じで、楽しそうな顔をしている。
ギルドマスターは俺とアスナを向かい合わせるように立たせた。
そして魔法をかけて、俺達を中心に魔法陣が広がると、アスナに跪かせた。
アスナは躊躇なく跪いた。
俺はちょっと戸惑った。
主人と使い魔、主従の契約だから、こういうポーズになるのか。
「手の甲を彼女の前に突き出して」
「ああ」
「その手の甲にキスを、騎士と貴族のイメージでいい」
「はい」
アスナは素直に、俺の手の甲にキスをした。
指の付け根に甘いしびれが突き抜けていった。
光が俺達を包み込んで、一瞬だけまばゆく光って――弾けた。
目をそらした後、光が収まった後、アスナに振り向く。
すると、驚いた。
「……アスナ?」
目の前のアスナが、微妙に変化していた。
明らかに胸が大きくなってて、腰のくびれもはっきりした。
何よりも――綺麗になった。
ぱっとみれば同一人物だが、よく見れば前よりはっきりと綺麗になったと感じる。
どこが綺麗になったんだ――って思って彼女を観察しようとすると、消えた。
アスナの姿が目の前から消えた。
「「「おおお!?」」」
まわりがざわつく。
「後ろだよ」
びっくりして、パッと振り向く。
いつの間にか、俺の背後に回り込んでいたアスナ。
姿が消えたと思ったら。
「何をやったんだ?」
「速く動いただけ」
「速く?」
「うん。契約の終わった瞬間に頭の中に声が聞こえてさ。ユニークスキル【スピードスター】っていうのが覚醒したって、声が聞こえてきたんだ」
アスナがそう言った瞬間、ギルドの中が爆発的にざわついた。
「なんだと!?」
「ユニークスキルの覚醒だって?」
「そんなの最上級の魔術師との契約でだけなるもんだろ?」
まわりがざわざわする、いまいち状況が飲み込めなくて、ギルドマスターに目を向けて、説明を求める。
「つまり」
ギルドマスターはますます、感動した目で俺を見つめて。
「お前が、彼女を『進化』させたのだ」




