234.ラードーンの道楽
「えっと……俺が?」
何をいってるんだろう、と思った。
すぐにからかわれているのか、と思うようになった。
そうなると、意味のない事はしないラードーンだから、このからかいも何か意味があるんだろうなと思った――が。
「えっと、どういうこと?」
考えても何も思いつかなかったから、ストレートに聞く事にした。
『うむ。我が知っている凡百どもであれば、例の指輪を手に入れた時点でイキり倒しているであろうな』
「例の指輪?」
『ほれ、お前が最初にもらった、大量の魔法がこめられたあれだ』
「これの事?」
俺はアイテムボックスを開いて、師匠からもらった古代の記憶を取り出した。
『うむ』
「これを手に入れた時点で……イキリ倒す?」
『人間にしては過ぎたる力だ。それを「我が物」に出来る時点で、1000人――いや1万人に一人の才覚だ』
「なるほど」
『そのレベルの力を手に入れた人間はもれなく全員が慢心をする、見栄を張る、他者への優位性を見せつけるようになる。我が知るたった一つの例外を除いてな』
「うーん」
なるほど? とわかるようなわからないような、ちょっとだけ困ったような気持ちになった。
この古代の記憶がすごい物なのは分かる。
「それって……もったいないよな。慢心するってことはその先の事を求めなくなるってことだろ?」
『うむ』
「だったらもったいないにもほどがある。この古代の記憶で――」
俺はそういい、改めてその指輪をみつめた。
古代の記憶を手に入れた時の事は今でも鮮明に思い出せる。
「――もっともっと、魔法で出来る事が増えて、見えてくるのに、そこで慢心なんて」
『それを超一流の思考だという話をしている』
「あー、うん」
やっぱりなるほど? とおもった。
いやラードーンのいいたいことは分かる、わかるけど、それが超一流だってのは微妙に納得がいかない。
出来る事がふえて、もっと上の世界を、もっと知識の奥を覗ける所まで来たのにやらない理由なんてないって思う。
「うーん」
『ふふっ。おかしな所で悩むものだ』
「え? いや、だって」
『なにぞ問題でもあるのか? 我は、お前が魔法使いとして超一流だといっている。人間としてどうか、はまだ評していない』
「……あ」
『魔法使いとしての力量は以前から認めている。この我がだ』
「……たしかに」
俺は頷いた。
普段は色々とアドバイスをもらうんだけど、こと魔法の事に限って言えば、ラードーンはほとんど口出しをしてこない。
彼女が言うように、魔法使いとしては認めてくれている。
この我が――あのラードーンが。
あのラードーンが認めているんだから、ということで俺は納得してしまった
『よかったではないか。魔法使いとして超一流、そのままもっと魔法の研鑽を重ねていけ』
「ああ、そうする」
『交渉は我に任せろ。なあに、悪いようにはせん』
「わかった。ラードーンは俺とちがって、何もかも超一流だしな」
『ふふっ、いうではないか』
俺の言葉に、ラードーンは嬉しそうに笑うのだった。
☆
魔法都市リアム、その宮殿。
幹部らが集まる円卓の間に三人の女がいた。
一人は一国の王女でありながら、自らの意志でリアムに下ったスカーレット。
もう一人はメイド服を纏う、リアムによってピクシーからエルフに進化した魔国三幹部の一人、レイナ。
そしてもう一人は幼げな老女、その正体は人間の伝承に残る神竜であるラードーン。
三人は円卓を囲んで座っていた。
「単刀直入にいう。戦後処理をあやつから一任された」
「かしこまりました」
「神竜様に指揮を執っていただけるのは心強いです」
「具体的な方策は我も不得手だ、何しろ竜で、人間の細かいことはわからん。だから方針をつたえて、必要であれば我の力を便利使いしてもらって構わぬ」
「……よほどの目的、ということでしょうか」
ラードーンの言葉を受け、レイナはいつも以上に真顔で聞き返した。
「いいや、我の道楽だ」
「神竜様の道楽?」
「うむ。数百年ぶりに見つけた、心から楽しめる道楽だ。そういう意味では『よほど』なのはあながち間違いでもない」
「もっと詳しくお聞かせねがえますか?」
レイナがいい、ラードーンは頷いた。
「うむ。今回の一件であやつは更に成長した。我らとはちがって人間は逆境の中で成長する、そしてあやつの成長はめざましい物であった」
「はい。私達がふがいないのもありますが、ご主人様お一人で私達の進軍よりも早く全てを解決したのは感嘆の一言につきます」
「同感だ。その成長をもっと見ていたくなった――、が、道楽の仔細よ」
「分かりました」
「つまり……神竜様は主に逆境をセッティングしたい――ということでしょうか」
「察しが早い。まあ、この程度の説明でさっせる者という事でお前達二人を集めたわけだが」
「きょ、恐縮です」
スカーレットは言葉通り恐縮し、同時に隠しきれないほどの喜びが顔に出た。
もともと彼女はラードーン――神竜を崇拝する者だ。
そのラードーンから直接褒められれば嬉しくもなるというものだ。
「具体的にはどうするおつもりですか?」
一方、ラードーンに対してはさほど憧れを持たず、ただリアムに心酔しているだけのレイナは冷静を保ったまま聞き返した。
「うむ。この後人間の国と停戦交渉をするはずだな?」
「はい」
「そこでとことんしめあげろ。ギリギリの所で――そうだな、血涙がでるほど悔しいが受け入れるしかないほどの不平等な条件をのませるといい」
「ど、どうしてですか?」
スカーレットは戸惑いながら聞いた。
「我の人生で何回か見たことがある。敗戦国があまりにもキツい条件をのまされた結果、やがて蓄積した怒りが爆発して再度戦事を起こすのをな」
「……はい、よく、あります」
「そしてその時は大抵が死に物狂いになって、前の忌まわしい記憶から降伏のタイミングを逃して最後まで徹底抗戦になってしまう」
「おっしゃる通りです」
「それがあやつにとってほどよい逆境になろう。どうだ? 一国が死に物狂いでやってくる逆境のなかであやつがどう成長するのか、楽しみだとおもわんか?」
「承知致しました、そのようにすすめます」
レイナはそういい、腰をおって深々と頭を下げた。
スカーレットも一瞬戸惑いはしたが、リアムのため、そしてラードーンのため。
彼女もまた、すぐに迷いを振り払って、ラードーンの命令を受け取った。
「お任せ下さい。パルタ公国、神竜様と主のため、生かさず殺さず、限界ギリギリまで絞り上げます」
そう話したスカーレットはレイナと見つめ合い、頷き合ったのだった。