233.一流と超一流の違い
「戻ったのか!」
俺は自分の心の中に向かって問いかけた。
視線はどういうわけか上に――空に向かっていたけど、意識は自分の中に向けていた。
『うむ、手間をかけたな』
「大丈夫なのか?」
『もう問題ない。あれがピンピンしているのだ、我がどうにかなろうはずもない』
「あれ? ……ああ、ピュトーンのことか」
一瞬何の事かと思ったが、すぐに懐かしい――なんだかもはや「懐かしい」と思えるようになってしまった気配を感じた。
前世のラードーンともずっとやり取りをしていたが、口調といい微妙な癖といい、やはり前世であっても微妙に違うんだなと改めて思った。
そうして懐かしく感じたラードーンの意識の向かう先が、すぐ側でねているピュトーンに向けられているのがわかった。
俺の中にいるラードーンは心に直接話しかけるような形だが、その声だけでも彼女が何を見て何を指しているのかが何となく分かる。
彼女が【ドラゴンスレイヤー】を喰らって俺の中から離れたのは一日ちょっとしか経っていないが、その間いろいろあったことで、まるで一年以上経ってしまったかのような、そんなひさしぶりな感じになった。
『さて……礼を言う』
「え?」
『何を驚く、命の恩人であろうが』
「いやまあ……そんな大げさなことでも」
『我を高く評価するのもいいが、客観的にみて今回は命を救われたのは紛れもない事実だ』
「ああ、うん。まあ……そうだな」
俺はなんとなく気恥ずかしくなってしまった。
他のドラゴンとはちがって、はじめてあったのがラードーンで、その後もずっと俺の中にいるのもラードーンだ。
だから、ラードーンの言葉はやっぱりちょっと特別で、そのラードーンに普通に感謝されるのはちょっと恥ずかしいって思ってしまう。
『滅多にないことだ、素直に受け取れ』
「……ああ、そうする」
ラードーンがそう言うのならば、と。
俺は言われた通りに素直にその感謝の言葉を受け取ることにした。
『さて、少し現状把握をしようか』
「ああ。説明しようか?」
『もっと手っ取り早い方法がある。お前の記憶をすこし覗かせろ』
「俺の記憶を? そんな事ができるのか?」
『長くお前の中にいたのでな』
「なるほど。俺はどうすればいい?」
『多少違和感をおぼえるであろうが、我慢しろ』
「わかった」
何が行われるのか分からないが、ラードーンがそう言うのなら、俺は我慢「するだけ」でいいんだろうな、と思った。
その直後に、ラードーンのいう「違和感」を覚えた。
例えるのなら、胸の奥に直接手を突っ込むようなもの――なんだけど、そうなるとそもそも「胸の中に直接手を突っ込む」はどういうものなのかって話になるんだけど。
とにかく、俺は「胸の中に直接手を突っ込まれる」感覚を覚えた。
ちょっと気持ち悪いけど、ラードーンの言う通りじっと我慢した。
それは十秒ほどでおわった。
『……ふむ、大体わかった』
ラードーンの言葉とともに違和感が消えた。
「わかったのか?」
『一部始終な。しかし――』
ラードーンは何故かクスッとわらった。
「ラードーン?」
『いや、魔物達が可哀想だと思ってな』
「へ?」
あまりにも予想外の話が出てきて、思わず間の抜けた声がでてしまった。
「魔物達? かわいそう?」
『お前の使い魔になった魔物達のことだ』
「みんながどうかしたのか?」
『お前の命令で、我らの仇討ちをするために全軍出撃したのだろう?』
「ああ」
俺は頷いた。
これも大分懐かしくなってしまった事で、ラードーン達が【ドラゴンスレイヤー】で倒れた後、俺はガイ、クリス、レイナの三人に全軍出撃を命じた。
『あの者達はお前に心酔している。全軍出撃、なとど格好良く命じられれば士気も最高潮にたっしたであろうな』
「ああ、うん……」
曖昧な相づちを打つ俺。
ラードーンのいう事はわかるが、その一方で頭の中では「だから?」という疑問が取れないままでいた。
『あの時はあの命令を下すのは当然の流れだった。しかしその直後に、お前はもっといい方法を思いついた。いかにもお前らしい、新しい魔法での解決法を』
「うん」
『先に出撃したあの者らは活躍の場を失ってしまった、心酔する主人の役に立つという場を失ったわけだ』
「あっ……」
確かに、と俺は思った。
状況は二転三転して、結局は【ヒューマンスレイヤー】という魔法を生み出せたから、直接乗り込んでパルタ大公トリスタンに直接しかけて、今回の一件を解決した。
それはラードーンのいうとおり、みんなの活躍の場をなくしたと言うことでもある。
「なんか……そう言われると申し訳ない気分になる」
『まあ、問題は無いさ。あの者たちはすこしおちこむであろうが、何故そうなったのかを詳しく話してやるといい。そうすればむしろ大喜びする』
「え? なんで?」
『お前のひらめきが通常の戦況の推移を遙かに上回ったということだ。心酔する連中からすればこれ以上の話もなかろう』
「そういうものなのか」
『うむ』
「わかった、あとでみんなに説明する」
ラードーンがそう言うのならば、と俺はあとで説明する事に決めた。
「えっと……この後はどうする? もうみんなと合流しちゃっていいのかな」
俺はラードーンにアドバイスを求めた。
トリスタンを締め上げて、【ドラゴンスレイヤー】を解除した。
この時点で今回の一件はほぼ解決したも同然だ。
『それは思い違いだぞ』
「え?」
『何も解決してはおらん。パルタが面従腹背で敵対して来た件はなにも、な』
「ああ、うん。なるほど。じゃあどうすればいい?」
『そうだな……』
気配から、ラードーンが珍しく考え込んでいるのが伝わってきた。
が、それもほとんど一瞬だけのこと。
時間にして五秒足らずと、ラードーンはいってきた。
『とりあえず三日間、お前は何もしなくてよい』
「何もしなくていい? なんで?」
『まず、我の首元に手をかけたのだ。我もいささか頭に来ているし、ここにいないもう一人は尚更だ』
「あー……デュポーンは、うん、めちゃくちゃキレてそうだ」
俺は苦笑いしながら、はっきりと頷いた。
不思議な感じで、つかみ所がないピュトーン。
老成してて、冷静沈着なラードーン。
そんな二人とは違って、情熱的で直情径行なデュポーン。
だれが一番「キレる」のかって聞かれればデュポーンなのは間違いないと俺も思う。
『そのつけを払ってもらおうとおもってな』
「だったら俺も――」
『我もいささか頭にきている』
「あ、うん」
同じ言葉を繰り返され、言葉に割り込まれた。
ラードーンは自己申告したとおり――いや宣告した以上に、「いささか」レベルじゃないくらいキレてるって感じた。
『二度と変な気を起こさないように締め上げようと思う。さしあたっては外交的にやろうと思ってな』
「外交……えっと、うん、ごめんなにも分からない」
『ふふっ』
ラードーンは笑った、たのしげに。
実はそんなに怒っていない? って思うくらいたのしげにわらった。
『だから何もするなといっている』
「そっか? ……じゃあ、魔法の研究をしててもいい?」
『かまわんよ。が、その口ぶりだと何かしたいことがあるようだな』
「【ドラゴンバスター】っていうのを――は、頭を覗いたからしってるか。一発で殺すスレイヤーよりも、特効性でとどまってるバスターの方が使い勝手がいいから、いろんなのを作れるだけつくろうかなって」
『ふふ、なるほどな。ふふ……』
「え? どうした」
ラードーンは納得した以上の、たのしげな笑い方をしていた。
『なあに、一流と超一流の違いを思い出しただけだ』
「一流と超一流?」
『うむ――芸人で例えるとな、一流は成功者になって金も地位も名誉も手に入れて、それを享受し一般人では決して出来ない贅沢をし、覗けない世界を覗ける』
「ああ。超一流は?」
『超一流はな、そこで贅沢をせずに、成功した成果を次の種まきに使うのだ。それが一発屋で終わらず次の成功をして、超一流になれる人間よ』
「なるほど」
ラードーンのいいたいことは何となく分かる。
前世でそういう人間を少なからず見てきた。
一発成功したら贅沢三昧をして、数年たったらめちゃくちゃな勢いで落ちぶれていく人間は結構見てきた。
そういうのを一流だとして、二発目以降を当てられるのが超一流ってわけだ。
ラードーンのいう事をなるほどな、と思いっきり納得した。
「超一流か……」
『お前のことなんだがな』
「へ?」
芸人と言う話からいきなり「お前だよ」と言われて、俺はきょとんとしてしまうのだった。