232.ただいま
俺は身構えたまま、固唾をのんで見守った。
爆発の煙が徐々に晴れていき、爆煙の向こうからシルエットがはっきりと見えてくる。
完全に晴れたあとそこにいたのは、全くの無傷のピュトーンだった。
俺は息を飲んだ。
効果がなかったのか? だったらもう一回――って思っていたら。
ピュトーンの巨体がしゅるる――と小さく縮んでいった。
ドラゴンの巨体から、小さな人間の女の子の姿になっていった。
俺が知っているあのピュトーンの姿にもどって、ゆっくりとこっちをむいた。
「ぴゅーを助けてくれた、の?」
「もう大丈夫なのか?」
質問に質問を、はどうなのかなと思ったけど、状況が状況だったから思わず聞き返してしまった。
するとピュトーンはおずおずと頷いた。
「そうか、どっちも大丈夫みたいでよかった」
俺はそういって、ホッとした。
【ドラゴンスレイヤー】の効果と、それから戻ったけどブチ切れたこと。
両方とももう大丈夫みたいだった。
「……ありがとう、ぴゅーを助けてくれて」
「なんとかなってよかったよ。それよりも本当にもう大丈夫か? まだどこか違和感とかがあったら早いうちになんとかした方がいい」
「大丈夫、ただ」
「ただ?」
「ねむい……」
「……ああ」
一瞬、虚を突かれて目を見開いてしまったが、すぐにそれは「いつものピュトーン」だと気づいた。
そういう台詞が出てくるのなら本当にもう大丈夫だろう、と思った。
「普通に眠る?」
「まくら」
「うん?」
「あの枕、ほしい」
「ああ」
俺は頷き、【アイテムボックス】を唱えた。
そしていくつか予備で作っておいた、ピュトーン専用の枕を取り出した。
それをピュトーンに手渡した。
ピュトーンはそれに手を触れ、掴んだ――が。
引き寄せる、受け取るそぶりはなく、俺とピュトーンが二人で枕を掴んだまま見つめ合うような状況になった。
「どうしたの?」
「……ありがとう」
「え? ああ、さっきも聞いたけど、うん」
俺は曖昧に頷いた。
なんでもう一回言われるんだろうと不思議がった。
ピュトーンを見つめ返した。
身長差もあって、上目遣いで見つめてきたピュトーンは、どういうわけか顔を赤くして、目を逸らしてしまった。
「本当に大丈夫か?」
「………………お休み」
ピュトーンはそう言い、顔ごと背けたあと、枕を抱いて、その場にねっころがった。
どういうこと? ――と追及する暇もなく、ピュトーンはすやすやと寝息を立てはじめた。
「ほんとうにどういうことなんだろう」
「そのうち分かるわよ」
声の方をむいた。
前世のピュトーンを先頭に、四人のドラゴンがゆっくりと飛んできて、俺の前に着地した。
俺は前世のピュトーンに聞き返した。
前世とは言え本人、しかもなんか思わせぶりな口ぶり。
彼女なら理由は分かるのかもしれないと思って聞き返した。
「そのうち分かるって?」
「そのうち分かるってこと。そうね、今のあなたじゃ説明しても理解できない事かも知れないわね」
「そうか」
俺は頷き、それならば、と引き下がった。
ピュトーンのそれは魔法的な何かというわけじゃなさそうだ。
そして「今の俺じゃ分からない」といわれたら、これ以上聞いてもしょうがないと思った。
「さて……ね?」
「そうだね」
「小僧よ、わしらは散って、各地の【ヒューマンスレイヤー】を解除して回る」
「ああ。手伝いは?」
「いらん」
前世のラードーンはにやりと笑った。
それもそうだ、と俺はおもった。
「あんた達に手伝いとか出過ぎたまねだよな」
「そういうことじゃ」
「それが終わったら私達はそのまま消えるから」
「え?」
前世のデュポーンがいい、俺は驚いた。
「そのまま消えるって?」
「亡者がいつまでもでしゃばるもんじゃないのよ」
「しかし――」
「今は気が張ってるから気づいておらぬがな、小僧よ」
「え?」
「わしらを維持するために相当無理をしているのじゃ。火事場の馬鹿力もそろそろキレるころじゃ」
「あっ……うっ」
「くくく、これは失敬」
前世のラードーンは笑った。
彼女にいわれて思い出したら体が一気に重くなった、そんな気がした。
「だ、大丈夫だ、これくらいは」
「無理よ、あんたのそれは呼吸とおなじ」
「呼吸?」
「そう。気にしてないときは勝手にする。でも一回気にしちゃうとしばらくは呼吸するのを意識する。何か大きな事で意識を逸らさない限りはもう勝手にできてる状況にもどらない」
「……ああ」
前世デュポーンの説明はすごく腑に落ちた。
彼女が次元の壁を開いてから、それに意識がいって、すっかりと維持の事が気にならなくなった。
それは彼女が出した呼吸の例えと同じなんだなと思った。
普段は意識しないで息してるけど、「意識して意識しない」というのはものすごく難しい。
というか……出来ない。
「ではな」
「ラードーン」
「なあに、永遠の別れというわけでもない」
「え?」
「今世の我らがまた命の危機に瀕すればまた出てきてやる」
「そうね、それくらいの感じでいいのかもね」
「どうしても私達にあいたいのなら、今世の私達に暴力をふるえばいいわ」
「暴力夫を成敗しに出てきてやるわ」
「ふふ、というわけで、わしとの再会を望むのならもっとつよくなることじゃな」
前世のドラゴンたちは冗談めかした口調でいいながら、ゆっくりと浮かび上がり、空中でドラゴンの姿に戻っていった。
ドラゴンの姿にもどって、一人また一人空の彼方へと、それぞれ散っていった。
最後の一人、前世のラードーンが「もらっていくぞ」といって、トリスタンをわしづかみにして、そのまま連れて行った。
そしてこの場に残ったのは俺と、枕を抱いたまま地面で寝息を立てているピュトーンだった。
賑やかだったのと、生き死にのカウントダウンのまっただ中にいた。
その両方が一気になくなって、緊張感から解放されて、なんだか胸にぽっかり穴があいたような、そんな気分になった。
――が。
それはすぐに埋められた。
『よいしょ、っと』
「ラードーン!」
聞き慣れた声。
さっきのより遙かに聞き慣れた、心の中に直接響いてくる声。
ラードーンが――今世のラードーンが、俺の中にもどってきた!