231.曲がるビーム
漆黒の光線が一直線に伸びていった。
空気を切り裂いて行くなか、ガラスを爪でひっかいたような、甲高く神経に障る音がした。
放った俺自身が思わず耳を塞いでしまったほどだ。
神経に障る音だが、気にしなかった。
副次的な現象なんてどうでもいい、問題は望んでた効果が出るかどうかだ。
一直線に飛んでいく【ドラゴンバスター】の光線は――外れた。
音が耳障り過ぎたせいか、直前にピュトーンが振り向き、巨体を舞うように翻して躱した。
「むっ……もう一度!」
魔力を練り上げ、もう一度【ドラゴンバスター】をはなった。
一発目に勝るとも劣らないほどの騒音を伴って光線が飛んでいく――が、やはり避けられる。
だったら三発目を――と思っていると、ピュトーンが天を仰ぐような仕草をして、息を大きく吸い込んだ。
そしてこっちにむかって何かを吐き出した。
とっさに身構えた。
ものすごいものが飛んでくるであろうと、相手がピュトーンだから警戒を最大レベルにして身構えた。
それは半分正解で、半分不正解だった。
ピュトーンが吐き出したのは霧状のものだ。
それは予想していたような、うなりを上げて飛んでくるような何かではなかった。
が、それを見た俺はふわふわしている霧状のとは裏腹に、警戒心を一瞬で数ランク引き上げた。
そう、そうなのだ。
ピュトーンのはそうなのか。
彼女は光線や火炎といったものを吐いてくるわけじゃない、はじめて会ったときから全身が放っている眠りの霧があったのだ。
その霧とたぶん同種のものを口から吐いた。
直感的に、それは体から放っている物よりも遙かにヤバイ代物だと思った。
当然だろう。
意識しないで体から常にもれているものと、意識して口から盛大に吐き出されるものとで。
どっちがより強力なのかは聞かずともわかる。
「【ミストラル】!」
普段あまり使わない、暴風を巻き起こす魔法を放った。
こっちに飛ばされてくる「文字通りの吐息」をその暴風で吹き飛ばした。
「まずい!」
とっさに空にとびあがった。
対処を間違えたと一瞬でわかった。
飛んでくる吐息に暴風をぶつけたが、それはよくなかった。
暴風は確かに吐息を吹き飛ばせたが、二つの「気」がぶつかり合うことで乱気流になって、一度は吹き飛ばしたピュトーンの霧が渦巻いて、より強い勢いで俺に襲いかかってきた。
とっさに飛行魔法で空に飛んで、ぎりぎりの所でそれを避けた。
「――っ! シールド!」
飛び上がるのを予想していたのか、ピュトーンが目の前に迫り、体が一回転して、尻尾が横薙ぎで飛んできた。
とっさに【アブソリュート・フォース・シールド】を展開してそれを防ぐ。
シールドで尻尾を防げたが、余波で弾き飛ばされた。
それが却って良かった。
弾き飛ばされながら、俺は空中で更に魔法を詠唱。
三度、【ドラゴンバスター】。
【ドラゴンスレイヤー】を改良した、ドラゴンに特効を持ち、大ダメージを与える魔法。
その【ドラゴンバスター】は金切り声をあげて飛んでいくが、またしてもピュトーンにひらりとかわされた。
めちゃくちゃ避けられていた。
ピュトーンのイメージとは違う――いやイメージ通りか?
ふわふわしてつかみ所のない事を考えればイメージ通りのように感じた。
ピュトーンは更に眠りの霧を吐いてきた。
今度は【ミストラル】で対抗しないで、飛行魔法で大きくとび退いた。
が、避けた霧はそのまま直進して、地面に当たって――拡散した!
暴風で対抗しなくても何かに当るだけで拡散する。
そりゃそうだ、煙とか霧とかはそういうもんだ。
そしてただの魔法よりもたちが悪い事に、霧は拡散してもすぐには消えず、しばらく辺り一帯に充満していた。
巨大ブラッドソウルのまわりが、体感三割くらいの空間が霧で埋め尽くされている。
「【パワーミサイル】!」
試しに一発、地面に向かって【パワーミサイル】をはなった。
霧を丸ごと吹き飛ばせそうか、そう思ってのテストだが、霧は渦巻いて「しぶとかった」。
吹き飛ばすことを諦めた。
ピュトーンは更に尻尾を振ってきた、霧を吐いてきた、尻尾を振ってきた――。
キレているからか、それで本能だけで動いているからか。
ピュトーンの攻撃はシンプルだった。
それ故にやっかいだった。
こっちの攻撃は当らず、ピュトーンの眠りの霧がはかれる度に拡散して空間を削っていく。
気が付けば、俺は巨大な霧の檻に閉じ込められた状況になった。
「……」
ピュトーンの眠りの霧。
普通なら吸い込まなければ大丈夫だと思うけど、そこはピュトーンの事だ。
吸い込まなくても霧に触れただけで眠ってしまう――最悪それくらいの想定でいたほうがいい。
というか俺ならそういう魔法にする。
そうなると、俺は囲まれて追い詰められて、がけっぷちの所に立たされていた。
ちらっと見えたラードーン達四人は遙か上空にいて、動こうとしていない。
なぜ動こうとしないのかは分からないけど、この場は俺が自分でどうにかしないといけないなのは間違いないだろう。
「……【パワーミサイル】」
一発、【パワーミサイル】をピュトーンに向かってはなった。
ピュトーンは避けずにそれを受けた。【パワーミサイル】一発程度ではまったくの無傷だった。
今度は同じように【パワーミサイル】を複数で、11連で放ってみた。
ピュトーンはやはり避けようともせず、強引に弾くように突っ込んできて尻尾の打撃を放ってきた。
空に飛び上がって避けて、今度は【ドラゴンバスター】を放つ。
するとピュトーンはふわり、とそれを避けた。
間違いない、【ドラゴンバスター】を察した上でそれだけ避けているんだ。
そうなると――当らないのは明白だった。
警戒されて、「これは避けなきゃいけない」とピュトーンが思っている以上、【ドラゴンバスター】はもはや当らないだろう。
これがそこそこの相手なら何発かうってればいつか当るだろうが、ピュトーンは三竜の一人、神竜の一人だ。
そんなピュトーンが警戒していたら絶対に当るはずがないと俺は思った。
「だったら――【契約召喚:リアム】!」
俺は自分の分身を呼び出した、分身と向き合って、頷き合う。
分身が突っ込んでいって、ピュトーンに肉弾戦をしかけた。
その分身が時間稼ぎをしている間に――。
「アメリア、エミリア、クラウディア」
憧れの歌姫の名前をよんで魔力を高めて、イメージする。
強くイメージして、作り替える。
「――【ドラゴンバスター】!」
改良した【ドラゴンバスター】を放つ。
光線がさっき以上に耳障りな金切り音を上げて、唸って飛んでいく。
一直線に飛んでいく光線は俺の分身共々飲み込むコースだった。
それをピュトーンが察して、ふわりと避けた。
光線は俺の分身だけを飲み込――まなかった。
直進のイメージしかない光線は更に一段階いやな音を立てて、曲線的に曲がってピュトーンを追尾した。
追尾する、曲がる光線。
新しい【ドラゴンバスター】がピュトーンに迫り、そして激突し、空中で大爆発を起こした。
爆発は、離れた地上の眠りの霧を全て吹き飛ばすほどの威力になった。