230.ダウングレード
ドン!! という、空気を震わせ、巨大な魔晶石が大きく揺れて、ぐらつき、倒れてしまった。
それほどの破裂音があたり一帯に響き渡った。
トリスタンは耳を押さえ、半ば頭を抱えるような仕草で、悲鳴を上げながらしゃがみ込んでしまった。
反応がちょっと大げさだ、とおもいつつも、それを無視してこっちに意識を集中させた。
「……うん」
俺ははっきりと頷いた。
自分でも分かる位、安堵の笑みを口角に浮かべた。
時間が動き出したあと、二つの大きな力がぶつかりあったのを感じた。
発動中の【ドラゴンスレイヤー】と、それをかき消すための力。
二つの力がぶつかりあって、まわりの環境に干渉するほどの爆発音と波動を広げて、互いに消滅した。
【ドラゴンスレイヤー】が解除された、魔法的にそう感じた俺は満足して頷いた。
「あっ――なあ、三人は大丈夫なのか?」
ハッとして、振り向いて四人に聞く。
魔法的には解除された、それは間違いない。
だけど今のラードーン、デュポーン、ピュトーンの三人がどうなっているのか俺には分からなかった。
念の為、彼女達に確認した。
「安心せい」
ラードーンがにやりと笑いながら言った。
「三人ともピンピンしているのじゃ」
「本当か?」
「ええ本当よ。元気すぎる位元気ね」
デュポーンが補足するようにいってくれた。
俺は今度こそ胸をなで下ろした。
彼女達がそう言うのなら大丈夫だろうと思った。
「さて……」
気を取り直して、とトリスタンの方を向く。
次はどうするのか、と考えた。
普通に考えたら【ドラゴンスレイヤー】は解除されたし、今後はこっちがしかけた【ヒューマンスレイヤー】を解除する番なんだけど……。
ちらっとドラゴンたちをみた、とくにラードーンの方をみた。
今までと同じように指示をもらうため、彼女達に視線をむけた。
だれもうごかなかった。
前世のデュポーンに至ってはニヤニヤしている。
俺でも「次は【ヒューマンスレイヤー】だ」って気づくくらいだから、彼女達が気づかないことはあり得ない。
俺なんかよりも数十、いや数百倍頭がよくて、あれこれに精通しているドラゴン達、神竜達なんだ。
気づいてないはずがない、なのに何もいわない。
まだ何があるんだ……と、そう思った俺は何もいわないことにして、とにかく彼女達の指示をまった。
これはもう、絶対こうした方がいいって俺は決めてる。
はっきりときめた、誓いを立てるレベルで堅く決めた。
魔法以外の事はまわりの人間、特にドラゴンたちにアドバイスをもらうのを基本にしよう、と。
だからまったが、ラードーン達が何かを言い出すよりも早く、トリスタンがハッとして立ち上がり、俺にすがってきた。
「か、解除したのだな」
「……ああ」
アドバイスや指示がない事を確信しつつ、最低限の返事だけをした。
「だ、だったら、早く妻や子供達を!」
「そうだな――」
ラードーン達は相変わらず何もいってこない。
だったら常識通りというか、約束通り【ヒューマンスレイヤー】を解除してもいいのかな?
ああ、もしかして!
【ヒューマンスレイヤー】は公国領全土のほぼ全部の人間にかけてる。
ラードーン達が手分けしてやってきたから、解除も手分けしてやる。
今までと同じように、「魔王の俺がドラゴンに命令する」の形にするのかな?
だったら――と、思ったその時だった。
斜め後ろ、遙か上空からものすごい力の奔流を感じた。
「ーーっ!」
俺はたぶん、「血相を変えて」レベルの顔で、ぱっと力の方に振り向いた。
空を見上げる、何もない青空――だったのはほんの数秒だけ。
直後、そこに一頭のドラゴンが現われた。
大空に飛び上がって、更に天を仰いで咆哮するドラゴン。
距離は離れているが、それでも図体の巨大さがはっきりとわかり、その咆哮で地揺れがおき。
「な、なんだ!?」
トリスタンはまるで俺の心境を代弁するかのように、青ざめてへたり込んだ。
そして切羽詰まった顔で俺に詰め寄って。
「話が違うぞ!」
「えっと――あれはピュトーンだよな。どうしたんだ?」
俺は四人にきいた。
空にいるドラゴンは以前見たことがある、現世のピュトーンの、ドラゴンの姿だった。
ピュトーンは空の上で咆哮している。
「当然の反応じゃな」
ラードーンはニヤニヤしながらいった。
「当然の反応?」
「キレただね、あれ」
「キレた?」
「いきなりピンポイントに殺意全開の魔法を喰らって、でも死は免れた。それで意識を取り戻したら、どうなる?」
前世のデュポーンもピュトーンも、ラードーンの言葉をリレーで引き継ぐように小出しで説明してくれた。
小出しだけど、さすがに分かった。
「そりゃキレるな」
俺は苦笑いした。
彼女達の言葉は分かりやすく、当然のことだった。
一瞬、以前に彼女達がいってたこと、ドラゴンは新生するから生に執着してない、という話も思いだしたが、それはそれ、これはこれなのかも知れないとおもった。
「聞いての通りだ、まあ、キレるよな」
俺はトリスタンに言った。
トリスタンは「うっ」とたじろいだ。
命を狙った相手がキレた、というのはたとえ敵対する立場だろうが否定できないほど強い説得力を持つ。
「た、頼む。やめさせてくれ! あれでは――うわっ!」
トリスタンは手を顔の前でクロスさせて、自分を守る仕草をした。
直後、一際大きな咆哮が響き渡り、巨大な力が放出された。
無軌道に放たれた力は近くにある山の一角を吹き飛ばした。
自然災害よりも遙かに巨大で、恐ろしい力。
キレたピュトーンはこのまま放っておけば近くの山脈を文字通り平らげてしまいかねないほどの勢いだった。
さすがにこれは――と、トリスタンに関係なく止めなきゃと思い、またまたドラゴンたちにきいた。
「どうしたら止められる?」
「キレた者をとめるのは簡単じゃ、のう」
「そうね」
「簡単?」
「横っ面をパンってひっぱたけば我に返るわよ」
「いいのかそれで」
「いいのよそれで」
「そうか」
俺は頷き、納得しようとした。
ちょっとだけ力技過ぎるかなって思ったけど、頭に血が上った相手をひっぱたいて止める、というのもまあまあ分かる話だ。
彼女達がそう言ってるし、じゃあ一回やってみるか、と思った。
「……すぅ」
深呼吸一つ、右手を突き出す。
「アメリア・エミリア・クラウディア」
三人の名前、憧れの歌姫達。
名前を呼んで、魔力を高めて、同時魔法の数を最大限まで引き上げる。
いつものようにそれで同時に失敗とチャレンジを一瞬のうちにこなして――。
「【ドラゴンバスター】!」
突き出した手の先から、漆黒の光線が放たれて、一直線にピュトーンめがけて飛んでいった。