226.エサと誘い
「俺は何をすればいいんだ?」
ラードーンを見つめ返して、ストレートに聞いた。
「うむ。まずは前提から話してやろう。【ドラゴンスレイヤー】によって残された時間は約二日。これはどういう事かわかるか?」
「えっと……早くしないといけないってことか?」
「逆じゃ」
ラードーンはにやりと笑った。
「二日以内――そうじゃな、例えば一日半までを下準備に使っても問題ないというわけじゃ。最後に解除できればいいのじゃからな」
「なるほど。たしかに【ドラゴンスレイヤー】のあの感じだとギリギリで解除しても後遺症とかはなさそうだったし」
「相変わらず魔法の事になると察しがはやい。つまりじゃ、これから約一日半、料理の下ごしらえの如く、直接関係のなさそうな事をやってもらうのじゃ」
「ああ、わかった」
俺ははっきりと頷いた。
「なんでもいってくれ。ラードーンの指示には従うようにしてるから」
「ふっ……ではまず、一日半の内、一日くらいかけて、公国領の全ての街、村を一周してくるのじゃ。一人でな」
「一周?」
「国王として戦況の確認じゃな」
「なるほど」
「回って、見てくるだけで良い、まだ何も必要はない」
「何もしなくてもいいのか?」
「うむ。ああ、魔物どもから何かしてほしいとか言われたらしてやってもいいし、討ち漏らした残党に襲われたら反撃してよい。ただし手心は加えるな、確実に殲滅しろ」
「ああ、分かった。その後は?」
「まずはそれじゃ。小僧は腹芸、得意ではなかろう?」
「うん、まあ……」
俺は頭を掻いて、苦笑いした。
得意か得意じゃないかっていわれれば得意じゃないと言うしかない。
「じゃから教えぬ。まずは『魔王が丸一日のんきに見て回ってる』という事実がほしいのじゃ」
「分かった。じゃあいってくる」
俺はそういい、ラードーンに見送られながら、飛行魔法で空を飛んだ。
【スカイリンク】経由でリアムネットを使って、しまい込んでるパルタ公国の地図を引っ張り出して、一番近くの街に向かって飛んでいった。
☆
「ガイ」
「むぅ? これは主! どうされたでござるか?」
順番通りに回り始めてからの三つ目の街、ミクシムという名前の街。
飛んできたその街は、空中からガイ達ギガースの姿が見えたから、俺はガイの真後ろに着地して、彼に声をかけた。
いきなり背後から声をかけられてびっくりしたガイだが、俺だって分かると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「戦況視察、かな。ラードーンにいわれて見て回ってる」
「さようでござったか。ここはもう少しで完全に制圧出来るでござる」
「まだだったのか?」
「土地柄、獣人が多い街のようでござる」
「ああ、【ヒューマンスレイヤー】が効かない相手が多いのか。大丈夫なのか?」
「無論。イノシシ女の更に劣化版など拙者達の相手ではないでござる」
「そうか」
俺はそういい、頷いた。
クリス達はウェアウルフから人狼に進化した魔物達だ。
それと獣人は何が違うのが分からないけど、ガイがこう話す以上戦況は問題ないだろう。
「何か手伝ってほしいこととかある?」
「かたじけないでござる。であれば、むしろ手を出さないでほしいでござる」
「むしろ? なんで」
「拙者は怒っているでござる」
ガイはそう言い、言葉通り怒りの形相を浮かべた。
怒りの矛先、怒気は明後日の方角に向けられているが、怒りの顔は真っ正面の俺に向けられていてよく見えた。
「この程度の脆弱さで主に歯向かって、あまつさえあの手この手で嫌がらせをしかけてくるなど言語道断でござる」
「まあ……」
あの手この手での嫌がらせ、という感覚はよく分かる。
俺が約束の地に入ってから、まわりの三カ国は仲良くしたいのか敵になりたいのかよく分からないような、態度をコロコロ変えて色々やってきてる。
正直、うっとうしいっていうのは俺もちょっとは感じていたところだ。
「人間どもは主が出るまでもない、拙者達でかたが付くというのを見せつけてやるのでござる」
「そうか。じゃあ何もしない。頑張れ」
「かたじけのうござる!」
ガイはそう言い、ペコリと頭を下げた。
俺が「頑張れ」って言った直後、全身から力がみなぎって、体が一回り大きく膨らんだようにみえた。
ものすごくやる気が出てるその姿は、同時にものすごく頼もしくみえたのだった。
☆
俺はラードーンの指示通り、丸一日かけてパルタ公国のあっちこっちの街を回った。
見てきた街は大まかに二つのパターンに分けられた。
一つ目は、ガイ・クリス・レイナ三幹部が率いる部隊が襲った町。
ガイと同じように、クリスもレイナも怒り心頭に発しているから、人間側の死傷者もかなり多く、街もひどいところは半壊していた。
その次はドラゴン達が【ヒューマンスレイヤー】をかけて回った街。
こっちは街の建造物は全くの無傷で、人間が至る所に転がって意識を失っている。
街の被害が「ゼロ」で、人間が例外なく昏睡しているという通常あり得ない状況から、逆に半壊した所以上に『死』の匂いが濃く漂っていた。
そうしてまわり続けて、地図に載っている最後の街、フェスクという街にやってきた。
いつものように、不気味な静けさが漂う街の上空から、見回りがしやすいように中心にある広場に着陸するや否や――。
「むっ」
罠があった。
足を絡め取るかのように着陸して地面に触れた瞬間、そこを中心に魔法陣がひろがった。
「戦略級の魔法陣か。拘束と封印両方同時にかけるタイプか」
喰らった瞬間、自分の体にかかる魔法と魔力から、その魔法の詳細を分析した。
かなり大がかりな罠、人と時間と、たぶんお金がかかっているんだろうなと思った。
「かかったな、魔王め」
「え?」
声がしたので、そっちを向いた。
物陰から三人組の男の姿が見えた。
一人はロングソードに鎧姿の、イケメン風の青年だ。
魔力は感じられないから、魔法が一切使えない純粋な戦士型の人間だろうと思った。
もう一人はローブを纏い、メガネをかけた優男だった。
こっちは一目で分かる強大な魔力を持っている、かなりやり手の魔法使いだと感じた。
最後の一人は法衣を纏った、ガイに匹敵するくらい筋骨隆々な中年男だ。
筋骨隆々でありながら、こっちは服の下からふしぎな魔力が漏れている。
初めて感じるタイプの魔力、その魔力でなにが出来るのか、それがちょっと気になってしまった。
三人はゆっくりと、真剣な顔をしたまま俺に向かってきた。
「余裕を見せびらかすからそうなるのだ、魔王!」
「余裕を見せびらかす?」
余裕を見せびらかすつもりなんてないけど――いや、あった。
あったよ、それ。
俺はラードーンの指示通り、1日を無駄に感じる用につかってる。
それが余裕を見せつけてるって事になったんだ。
「しかし、このような少年がまさかな」
「見た目に惑わされてはいけない」
「分かってる。俺達のこの一撃に国の人々の未来がかかっている」
「やるゾ、アレス」
「ああっ!」
真っ正面の剣士が長剣を抜いた。
抜き放った長剣を両手で持って、頭上高く天に向かってつきあげた。
何をするつもりだ? と思ったけどすぐに納得した。
男の二人がそれぞれ詠唱を始めた。
優男の詠唱で空に雨雲が急激に集まり、魔力の伴った雷鳴が轟く。
その雷が落ちて、男が突き上げた剣に落ちて、まとわりついた。
法衣を纏った男の詠唱は、対照的に地中から力を引っ張り出して、これまた剣士が持つ剣に集まっていった。
剣士が突き上げた長剣に集まった二つの力は反発しながらも凝縮されていき、やがて、はっきりと目で見えるほどの物質化を果たした。
天に突き上げられた剣は、建物にして実に三階の天井に届くほどの、巨大な刃になった。
「覚悟しろ、魔王。でやあああああ!」
その巨大な刃を、青年は裂帛の気合とともに振り下ろした。
なるほど戦略級魔法陣で足止めして、詳細は分からないけど天と地の力を凝縮させた武器で一撃必殺を試みる――って理由か。
向こうがやることはよく分かった。
同時に、俺もやることは忘れていなかった。
『討ち漏らした残党に襲われたら反撃してよい。ただし手心は加えるな、確実に殲滅しろ』
ラードーンの言葉が脳裏によみがえる。
「アメリア・エミリア・クラウディア」
まずは詠唱して、魔力を高める。
そしてターン! と地面を踏みしめて、魔法陣を砕いた。
「なにっ!」
高まった魔力のまま、男が振り下ろしてきた刃に向かって手を突き出す。
「【アブソリュート・フォース・シールド】、【アブソリュート・マジック・シールド】」
刃と二つの盾はぶつかり合って――両方砕け散った。
「やっぱり二種類の属性同時にもってたか」
「……ばかな」
納得する俺と、驚愕する男達。
両方の反応は、傍から見て実に対照的なものになったのだった。