218.そんなことよりも
「むっ」
成功した喜びもつかの間、俺は四人の魔導戦鎧がほころびているのを見つけた。
「どうしたのじゃ? ――ああ」
前世ラードーンが聞いた直後、得心したような表情になった。
自分がつけている魔導戦鎧を見て小さく頷いた。
「まっ、そうなるよね」
「私達の生命力を出し入れするのですから、こうもなりますわ」
「それってつまり……」
「道具は使えば使うほど磨耗していくものじゃ、強大な力で扱えば磨耗も早い、というわけじゃな」
「なるほど……それなら話は簡単だ」
俺は目を閉じて、脳裏で一度イメージしてから、目を開けて魔力を展開して四人を覆う。
反応することなくじっと俺を見つめる四人が纏っている魔導戦鎧を少し改造した。
簡単にイメージできるものだったから、すぐに終わった。
「これって……自動で修復する様になるってこと?」
「ああ」
俺ははっきりと頷いて、前世デュポーンの質問にこたえた。
「俺の魔力が届く範囲内なら、こわれてもすぐに修復されるようにした」
「無茶をしますわね」
「おのこじゃな」
「あんたはそれで片付けるけど、あたしはこういう男気嫌いじゃないわね。だからこそ今のあたしが惚れたんだけどね」
彼女達が口々に言い合っている中、俺は密かに深呼吸して、奥歯をかみしめた。
正直、少しだけしんどくなった。
ただでさえ色々しんどい所に、魔導戦鎧の維持を更に背負い込んだから、ますますキツくなった。
目の前がチカチカして、四人がどんな表情しているのかもよく分からない。
ギリッ――と更に奥歯を食いしばる。
拳も強く、爪が手の平に食い込む位の勢いで握り締める。
すると少し楽になった。
「それは楽になったのではありませんわよ?」
「え?」
「無理をして、気合で保てているだけですのよ」
「ああ、分かっている」
前世のピュトーンに見透かされて、ちょっとどきっとした。
が、見透かされようがなんだろうが、今やることは変わらない。
これを維持して、ドラゴンスレイヤーを解除して、三人を助けること。
これが何よりも一番優先すべきこと。
俺はそれを改めて心にちかった。
心の一番大事な物を置く場所に置いた。
何があってもこれを最優先するべきだとはっきりと誓った。
「ありがとね」
前世のデュポーンはそう言い、手を伸ばして俺の額を拭った。
触れられた側なのに、それでもはっきりとかなりの汗が拭われたのを感じた。
「これで助かったら、あたしは死ぬほど喜ぶから。本当になんでもしてあげちゃうくらい」
「がんばるよ」
「にしても、これは貴重な経験かもしれんな」
「どういうことですの?」
「わしらは発生してから何千年たつ? 人間に庇護されるなど今まで考えられなかったじゃろう?」
「たしかに、それはそうですわね」
「そう考えると面白い状況じゃん」
「……せっかくだから、とことん楽しむのはどう?」
前々世のデュポーンがいった。
他の三人が一斉に彼女の方をみた。
なんとなく話の流れが変わったような感じだ。
ちょっと面白かった。
さっきから前々世のデュポーンはほとんど口を開いていないが、そのくせ何かを言うたびに話の流れがガラッと分かるのがちょっと面白かった。
とことん楽しむ――それを聞いた三人が怪訝そうな顔をしていると、前々世のデュポーンがにこりと笑って、そのまま体から光を放ちだした。
とっさに手の平を目の前にかざして、目をすがめる。
光は膨大な魔力を行使した副産物だった。
何をするつもりだ――と、不思議がっているうちに、光は収まった。
手をどかして目を開けると、彼女の姿が一変した。
さっきまで無骨な魔導戦鎧の姿だったのが、黒色を基調にした「服装」にかわっている。
「それは?」
「昔滅ぼした国の連中が着てたもの。名前はなんだったかな……騎士とかが流行り出す前だからえっと――」
「軍服、じゃな」
「そうそうそれ。あの頃はだれもが魔法使えたから、鎧じゃなくてソウル付与された服だったんだよね、一般兵とかも」
「そういえばそんな格好してましたわね」
「なるほど……その格好をもって庇護下――支配下である、というわけじゃな」
「そういうこと」
前々世デュポーンの振る舞いを、他の三人は納得している様子だった。
「面白い、あたしもやる」
「そうですわね」
「貴様らに同調するのは業腹じゃが……面白い体験なのはまちがいないか」
他の三人も口々にそう言って、それぞれの方法で自分の見た目を変えた。
それまで全員が鎧姿で物々しさもあったが、一気に全部「軍服」となって雰囲気が一変した。
確かにお堅いタイプの制服だが、それでも鎧姿よりも圧倒的に柔らかい。
なんなら――ちょっと可愛いか綺麗か、そんな感じさえする。
「たしかにこれいいかもね」
「そうですわね、私、今後はこれでもいいかもしれないわ」
「こうなってくるともうひとつ、庇護……か、従属か、そういったものがほしくなるのじゃ」
「文句多い割りにはノリノリじゃんあんた。いつもそっか」
「ふん、なんとでもいうのじゃ」
「ねえ、あんた」
やはり、前々世のデュポーンだった。
前世三人組が格好のことでもりあがっていると、前々世のデュポーンが俺をまっすぐ見つめ、聞いてきた。
さっきまでとはやはり、まったく違う空気になった。
「え?」
「何か欲しいもの、やりたい事ある?」
「ほしいもの? やりたいこと?」
「そう、なんでも叶えてあげるわよ。魔ほ――」
「早く彼女達を助けたい」
前々世デュポーンの言葉を待たずに、俺は言いきった。
さっき固く誓って、胸の中にしまい込んだばかりのものをストレートに口にした。
「「「「……」」」」
すると、四人は絶句した。
彼女達が一斉にぽかーんとしている光景はおかしくもあり――どこか恐ろしくもあった。
伝説の神竜と謳われる彼女達がそんな表情をするなんて。
「どうしたんだ?」
「あー、ううん、ちょっとびっくりしただけ」
「そうじゃな、たぶん一番驚いているのはわしじゃな。わしが一番貴様との付き合いが長いのでな」
「いいえ、つきあいが浅いわたしでもそう思いましたわ。彼は魔法って答えるって」
「あー……」
ちょっとだけ納得した。
同時に、苦笑いした。
確かに魔法のことをもっと知りたい。
もっと深く知って学んで身につけたい。
そう思っているのは間違いないし、今までの行動もそればかりだった。
だけど……だけどだよ。
今はそういう状況じゃないだろ。
魔法はほしいけど、今は彼女達三人の命がかかっているんだ。
「……ああ」
なんとなく納得した。
さっきから四人のテンションが「普通」なのだ。
たぶんそれは、彼女達が「新生」できるから。
今の自分達が死んでも、また新しい自分に生まれ変わるだけ。
だから「死」はそれほど大事なことじゃないし、気にもしない。
だけど、俺は人間だ。
「死」をそこまで割り切れない。
改めて三人の姿が脳裏に浮かんだ。
深く関わった彼女達を何が何でも助けたい。
「面白い、答えが魔法でも魔力でもないあんたに、とびっきりいいものをあげる」
前々世デュポーンがそう言って、綺麗な指先を揃えて手刀にして、頭上で円を描くように振り抜いた。
すると、空が割れて、その向こうにまるで星空のような光景が広がっていて。
「――っ!!」
そこからあふれ出す力に、俺は気圧され、生唾をのんでしまうのだった。