217.押してダメなら引いてみろ
「【アイテムボックス】!」
俺は手をかざし、魔法を唱えて【アイテムボックス】を取り出した。
アイテムボックスの中から、ハイ・ミスリル銀を取り出す。
取り出したのはブロック状に精錬した純度の高いハイ・ミスリル銀の塊だ。
本来、精錬して塊にするというのは、その後の加工のしやすさ、運搬のしやすさ、保存のしやすさなど様々な理由があるが、【アイテムボックス】をつかって保存するのなら精錬しておく必要性はほとんどないのだが、それでも他人に渡しやすいということで精錬済みの物を備蓄していた。
今まで使ったことのある素材は一通り保存してある。
その中でもかなり使ってきたハイ・ミスリル銀は大量に保存していた。
「魔導戦鎧の素材じゃな」
ラードーンが一目で理解して、俺は無言で彼女に頷いた。
「なるほど、そういうことですわね」
「でもそれっていけるのかしら」
「こやつに何か考えがあるのじゃろう」
ドラゴンたちはさすがの理解力で、ハイ・ミスリル銀を見た途端俺がやりたい事を理解した。
俺がやりたいのは、彼女達に魔導戦鎧を作ることだ。
魔導戦鎧は戦闘を補助するため、カスタマイズして能力を付与することが出来る、文字通り魔法の鎧だ。
それで彼女達から今漏れている生命力をせき止めようとおもったのだ。
俺はハイ・ミスリル銀にそっと触れて、魔物達の魔導戦鎧を作るときのことを思い出して、加工した。
既に1万くらいの数を作っていることもあって、作ること自体は簡単だ。
それを雨を防ぐ合羽のような、生命力が漏れるのを防ぐイメージで作った。
「「「「……」」」」
彼女達が気を利かせて黙って見つめてくる中、一つ目の――試作的な魔導戦鎧を完成させる。
「それは……服のようにみえるのじゃが」
もともとの魔導戦鎧の主、ラードーンが不思議そうに聞いてきた。
そう、雨ガッパをイメージしたため、俺がつくった新しい魔導戦鎧はハイ・ミスリル銀を使っているのにもかかわらず、まるで畳まれた服のような見た目をしていた。
俺はすこし首をかしげた。
「そういえばなんでだろ……」
不思議がりつつ、みんなを見る。
すぐに理由がわかった。
「……たぶん」
「たぶん?」
「お前達を尊敬してるから」
「尊敬? あたしたちを?」
「そう。お前達には『鎧』はにあわないって思ったんだ……たぶん」
言葉にしてみて、改めてそうなんだろうなと確信する。
鎧っていうのは実用的な意味では防御のためのもので、魔導戦鎧は攻撃面をサポートするためのものでもある。
しかし防御のためだろうが攻撃のためだろうが、それはドラゴンである彼女達には似合わない。
ラードーン、デュポーン、ピュトーン。
圧倒的な力をもつ彼女達には、どういう意味合いにせよ「鎧」はにあわないと無意識におもった。
だから「魔導戦鎧」にもかかわらず、普通の服のようにつくってしまった。
「面白い謙遜をする少年じゃな」
「あんたが好きそうなタイプね。まっ、だからこそ今のあんたが体を占拠してるんだろうけど」
「そうじゃな、よい巡り合わせであったのは間違いないようじゃ」
ラードーンとデュポーンがなにやらお互いに「わかった」感じで言葉を交わし合った。
「それ、私が試してみてもいいかしら?」
ピュトーンが俺にいった。
俺は出来たばかりの服を差しだした。
畳まれている感じの服が、ピュトーンの手に渡った瞬間勝手に開き彼女の身体をおおった。
ピュトーンは泰然と、服の好きなようにさせた。
それが数秒、ピュトーンはまったく違う格好になった。
「うわっ、ださっ!」
「むむっ」
隣で見ていたデュポーンが無遠慮にいって、俺は胸をえぐられたような精神的ダメージを受けた。
それでも「魔法と違ってファッションは詳しくないからしょうがない」って心の中でいいわけをしながら、ピュトーンと向き合う。
「どうかな?」
「……残念だけど」
ピュトーンは自分の体をみて、綺麗な指で胸元にそっとあててから、そういった。
次の瞬間、俺でもわかった。
「あぁ……まだ漏れてるな」
「ええ。しかも特に変わってないわね」
「漏れるのを防ぐのは出来ないのか……」
「まっ、そんなに気落ちすることないって。あたしらは生命体としては別格だから。漏れるのを防げなくてもしょうがない」
「ああ……」
デュポーンは気さくな感じでそう言ってくれたけど、ちょっとショックだった。
なんとかしたい、彼女達の助けになりたい。
そう思って作っただけに、この結果は正直少しショックだった。
作った服を着たばかりのピュトーンもそれをはずして俺に手渡した。
「そういうことでしたら攻略を急いだ方がいいですわね」
「それが正攻法じゃな」
「まっ、今の状況でも元々のよりかはマシだしね」
ラードーンら三人がそういった。
彼女達は悪気無しにそう言って、言葉通り前向きに次へ行こうとしているだけだが、俺はまだちょっとショックだった。
だって、魔法っていうのは奇跡の力だから。
俺がずっと憧れてきた、奇跡の力なんだ。
そんな魔法がダメな訳がない。
ダメなのは俺の力が足りないからだ。
そう思うと、やはりかなりのショックをうけてしまった。
しかし、そこで。
ここまでずっと黙っていた四人目のドラゴン――前々世のデュポーンが口をひらいた。
「あれはどうなの?」
「あれ?」
「って、いままで口開かなかったのになによ」
俺もおどろいたが、何よりも前世のデュポーンが驚いているようすだった。
そう、今までやり取りしていたのは全てが「前世」の彼女達だった。
唯一【ドラゴンスレイヤー】にやられて、前々世がいるデュポーンだけがだまっていた。
「ほう、わしらにマウントを取ることをやめたか」
「マウント?」
どういう意味だ? という目でラードーンをみた。
「一人だけ前々世ということで、年長者の雰囲気を出して我らにマウントを取ろうとしていたのじゃよ」
「ええっ?」
びっくりして、前々世のデュポーンをみた。
すると、彼女は唇を尖らせていた。
今のデュポーンよりも前世のデュポーンよりも大人びているが、指摘されて拗ねる――という反応は、デュポーンの本質が全部同じではないかという感じを受けた。
「こいつの言うことなんか気にしないの、なにさあれって」
助け船(?)を出したのは前世のデュポーンだった。
「自分」のいうことだから、前々世のデュポーンはすこし素直に受け入れられたようだ。
「いまのピュトーンに作ってあげたあれのことよ」
「今のピュトーンに作った? ……あっ!」
俺はハッとした。
そうか! そっちがあったか!
俺は前世ピュトーンの方を向いて、失敗したばかりの魔導戦鎧を受け取った。
そして一回それを溶かしてハイ・ミスリル銀にしてから、作り直す。
さっきと同じ感じで、ハイ・ミスリル銀から服にしていく。
さっきので「服」という発想は間違ってはないと確信したり、何より今回のイメージなら「鎧」よりも「服」の方が近しかった。
しばらくして、また出来た。
新しい服型の魔導戦鎧ができた。
「よし」
「大丈夫なのそれ」
「ああっ、今回は大丈夫だ」
「……へえ」
驚きつつ、感心した様な表情を浮かべるデュポーン。
俺は出来たばかりの物をピュトーンにさしだした。
「ピュトーンなら大丈夫のはずだ」
「試してみるわ」
ピュトーンは小さく頷き、再び俺の手から受け取った。
そして――魔導戦鎧がまた服となって、ピュトーンの体を包み込む。
彼女の身体から相変わらず生命力が漏れているが――。
「吸い込んでいる……あっ、あの枕!」
自分の体に起きたことをみて、ハッとするピュトーン。
俺は頷いた、そして前々世のデュポーンに「ありがとう!」といった。
そう、防ぐのが無理ながら、漏れた物を吸えばいい。
今のピュトーンがダダ漏れしている睡眠の霧をなんとかした応用で魔導戦鎧を作った。
ピュトーンの表情から、このやり方は大正解だったと、俺は確信するのだった。