214.これ以上死にようがない
「――っ! はい!」
レイナは一瞬息を飲んだが、深くは聞かずに、身を翻して部屋から飛び出していった。
駆け出す前に忘れずに一礼していくのもレイナらしいし、何も聞かずに飛んでいったのもやはりレイナらしかった。
「絶対に、助ける」
俺は言葉にして、改めて決意を強くするのだった。
☆
街の外、俺は勢揃いした魔物の前に立っていた。
最初は街の中のどこかだと思ってたけど、「準備が出来た」と言ってきたレイナに案内されたのはここだった。
「街の外なんだ」
「はい。街の中では全員が収まる空き地がございませんでしたので」
「全員?」
「はい、全員でございます」
レイナは平然とうなずいた。
俺はもう一度魔物達をみてから、またレイナに聞く。
「全員って、どれくらい全員?」
「ご主人様に【ファミリア】をいただいた全員です」
「そうなのか!?」
これにはさすがにびっくりした。
全軍出撃――とはいったけど、「全員」というのは予想外だった。
俺はちらっと町の方を見て。
「全員っていっちゃったけど、こういう全員だと街はがら空きになってしまう。がら空きで攻められたら――」
「それなら問題なしでござる」
三幹部の一人、魔物の最前列に立っていたギガースのガイが答える。
「街などただの入れ物でござる。主がいらっしゃる所 がそれがし達のいるべき場所、街が落とされようと何も変わらないでござる」
「……」
俺はさすがに驚いた。
ラードーンからさんざん「魔法以外の事はてんで駄目だ」って言われていて、俺自身もその事を納得しているんだけど、そんな俺でもさすがに分かる。
ここまでの「全員」は普通じゃないと。
どんな「全軍出撃」でも、本拠の街ががら空きになるくらいの全軍はあり得ない。
俺がレイナに命令した「全軍出撃」は、戦える者全員という意味合いだった。
「……ああ」
だけど、よく考えたら。
目の前にいる、この街の住人はほとんどが魔物だ。
そうなると元から、「全員が戦える者」ということになってしまう。
だから全軍出撃といって文字通りの「全員」が集まってくるのも、言われてみればうなずける話だった。
「ちょっと筋肉馬鹿、一人だけかっこつけないでよ」
「がはは、浅はかでござるなイノシシ女」
「なんですって!?」
「拙者は当たり前の事をいったまででござる。それとも、イノシシ女のなかじゃ、我らがいるところは主のいるところそのままということがかっこつけなければ言えないようなことでござるか?」
「――――っ!!!」
「珍しく完敗ですね」
「アルカード!!」
モンスターの最前列で、いつものようにガイとクリスがいがみ合っていて、そこにアルカードが珍しく間に入っていった。
その後ろの魔物達は、全員が俺を見つめ、俺の言葉を待っているようだった。
俺は目を閉じて深呼吸を一つしてから、大声でいった。
「パルタ公国の罠にかかって、ラードーン、デュポーン、ピュトーンの三人が命の危機に陥った」
いうと、魔物達が一斉にざわめきだした。
いがみ合っていたガイとクリスでさえも驚き、やり取りをやめて、驚いた目で俺を見つめてきた。
「使われた魔法は【ドラゴンスレイヤー】。タイムリミットは三日、それを過ぎると三人は死んでしまう」
ざわめきが更に大きくなった。
「俺は彼女達を助けたい。みんなお願いだ、止めるための協力をしてほしい」
俺はそういい、パッと頭を下げた。
視界が地面だけになる。
まわりがシーンとなる。
理由が理由なだけに、もしかしてみんないやなのか?
そんな考えが頭をよぎって、おそるおそる顔を上げた――その瞬間。
地響きがするほどの雄叫びが響き渡った。
一万を超える魔物達が一斉に、声を合わせて雄叫びをあげた。
モンスターのそれは人間よりも遙かに雄々しく強く、実数は一万そこそこだが、十万人の人間に勝るとも劣らないほどの雄叫びだった。
「みんな……」
「ご命令を、ご主人様」
レイナが言い、雄叫びがピタリとやんで、全員が一斉に俺を見つめてきた。
俺はすうと息を吸い込む。
深呼吸一つ、空から見えた目的地を脳裏に浮かべる。
「パルタ公国国境の砦、ガーラル! これを落とし、占拠する!」
次の瞬間、この日一番の雄叫びが、天地を震撼させるほどにとどろき渡るのだった。
☆
魔物達が出撃した後、俺は自分の寝室に戻ってきた。
一応「国王」である俺は、寝室が無駄に広く造られている。
キングサイズのベッドは、ラードーン、デュポーン、ピュトーンの三人を寝かせてもまだまだ余裕があるくらいだった。
「……」
俺は三人を見つめた。
三人とも苦しげな表情で、額に豆粒大の脂汗を浮かべている。
「……たぶん、出来るはずだ」
俺はそれを口に出してつぶやいた。
自分を鼓舞する意味も含めて、言葉にしてつぶやいた。
「【アイテムボックス】!」
まず、【アイテムボックス】を開いて、さっき回収してきたありったけの魔晶石をだした。
それを砕き、部屋の中を魔力で充満させる。
そして、三人を見つめ、意を決して――。
「ラードーン、デュポーン、ピュトーン――【オーバーソウル】!」
普段の詠唱ではない。
ずっと憧れ続けてきた三人の歌姫の名前ではなく、目の前の三竜の名前を呼んで、詠唱にした。
彼女たちを絶対に助ける――という決意を込めて、新魔法【オーバーソウル】を唱えた。
「さあ、来い!!」
次の瞬間、三竜の体から四つの魂が飛び出して、俺の体の中に吸い込まれた。
【オーバーソウル】、一時的に俺の魂を大きくする魔法。
いけると思ったのは、デュポーンが倒れても、前世のデュポーンが心に直接語りかけてきたからだ。
今の三竜はドラゴンスレイヤーで倒れている、が。
既に死んでいる過去の彼女達はこれ以上死にようがない。
だから、【ドラゴンスレイヤー】の影響を受けていない。
次の瞬間、【オーバーソウル】で受け入れた四つの魂、過去の彼女達が。
半透明の姿で、俺の目の前で立っていたのだった。