212.ドラゴンスレイヤー
「そうだ、ねえねえダーリン」
「ん?」
「ダーリンってどれくらい強いの?」
話題ががらりと一変して、デュポーンは俺に抱きついたままそんな事を聞いてきた。
「どれくらい強い?」
「うん! 人間にしてはものすごく強いって分かるけど、実際どれくらいなの? あたし、ダーリンの本当の本気ってそういえば見たことがないって思い出してさ」
「どれくらい強い、か……」
デュポーンの質問を考える。
どれくらい強いのか……か。
正直よく分からなかった。
自分がどれくらい強いのかっていうことを真剣に考えたことはなかった。
「無駄だよ」
考えている最中に、ソファーに座るラードーンが会話にはいってきた。
それを聞いて、デュポーンはわかりやすく不機嫌になった。
「あんたに関係ないでしょうが、なによ無駄って」
「それを今語ることに意味はない、ということだ」
「はあ? なにそれ」
「そやつは『強さ』という物に興味はほとんどない」
「うそだー、そんな人が強くなれるわけないじゃん」
ラードーンはフッと微笑んだ。
「そやつは強さには興味が無い、あるのは魔法への探究心だけ。普段は戦う理由を持たないから、実際どれくらい強いのかなど測りようがない」
「……」
ラードーンへの反発もあったけど、デュポーンはその話を聞いて、俺とラードーンの顔を交互に見比べた。
そして、ぱぁっと顔がほころんで。
「つまり底が知れないってヤツだね!」
といった。
さすがにそれはいい方に解釈しすぎなんじゃないのか――って思ったが。
「まあ、そういうことだ」
説明していたラードーンもそうだと言ってしまった。
「ねえねえダーリン」
デュポーンは改めて、と言わんばかりの勢いで俺にしがみつき、おねだりするような上目遣いを向けてきた。
「いつかダーリンの本気を見せてね」
「えっと……うん、わかった」
何をどうすればいいのかわからないけど、とりあえず頷いておいた。
デュポーンが見たいという「本気」が、魔法でどうにかなる物だったらいいな、と俺は思った。
そのためには――と、おもったその時。
ドアがガチャリと音を立てて開いた。
そこから姿を見せたのは、枕を持っているピュトーンだった。
ピュトーンは半分寝ぼけているような、半開きの目で部屋の中を見回した。
「いたぁ……」
そして俺を見つけると、ふらふらと千鳥足でこっちにやってきた。
「どうしたんだ――って」
聞いてみたが、返事は返ってこなかった。
ふらふらと部屋に入ってきたピュトーンは、俺の横にやってくると、そのままベッドに倒れこんで、そのまますやすやと寝息を立てはじめた。
天使のような寝顔で、俺の作った枕を抱きしめている。
「むぅ、なにこいつ、厚かましい」
デュポーンが唇を尖らせた。
「まあ、いいじゃないか。ピュトーンがこうやって寝てるのはいつもの事だし」
「そっちじゃないよ」
「へ?」
「こいつ、ダーリンのおかげで何も気にしないで寝ていられるのに、ダーリンの横で寝るのにおやすみなさいの一つも言ってないんだよ」
「ああ……そういえば」
数十秒前の記憶を掘り返してみる。
たしかにピュトーンは入ってくるなり、そのままぱたっ、と倒れこんで眠りに落ちた。
おやすみなさいは確かになかったな。
俺はふっと笑い、デュポーンに言う。
「それこそ気にするようなことじゃないさ」
俺はそういい、ピュトーンの寝顔をみた。
心なしか……彼女と初めてであった時よりも幸せそうな寝顔だった。
こんな寝顔を見てると、細かい事はどうでもいいように思えてくる。
「……もうっ!」
俺が思っていることが伝わったのか、デュポーンも拗ねた様な顔をして、不承不承ながらも引き下がった。
「……ぷっ」
一方、ピュトーンが現われてからはずっとソファーにすわったまま何も言わなかったラードーンが、何かをこらえきれずに、って感じで噴きだした。
「なにさ」
「楽しいのだよ」
「だからなにがよ」
「しばらく前、そやつの頼みに応じて、我らが一同に介して人間どもを威圧した」
使節団を迎え入れたときのことか。
「それがどうしたのよ」
「我の前世が言っているよ。あの光景は過去にもあり得たが、今のこの光景は決してあり得なかった、とな」
「……」
ラードーンに言われて、デュポーンはちょっとだけハッとしたような表情をした。
あの光景――三竜がドラゴンの姿で存在感と強さを振りまく光景。
この光景――三竜が人間の姿で和やかにしている光景。
「そっちの前世はなんと言っている?」
「……あんたのそういう所ほんっと嫌い」
ラードーンに詰められて、デュポーンはさっきからスネっぱなしだった。
三人の過去、そして前世。
三竜戦争と呼ばれたほどの出来事。
何があってそうなったのかは分からないが、少なくとも俺は、三人が今こうして和やかにしている光景が断然好きだった。
そうだ、この光景を絵にして、リアムネットに保存しておこう――と思ったその時。
ドアがノックされ、今度はスカーレットが入ってきた。
「おくつろぎの所申し訳ありません、主様」
「大丈夫だけど、何かあったのか?」
「主様はお待ちかねかと思いますので」
「お待ちかね?」
何をだろう、って首をかしげた。
するとスカーレットは部屋の外に向かって合図を送った。
エルフメイドが二人、何かを載せたワゴンを押して部屋に入ってきた。
「……まさか!」
俺はベッドから飛び上がった。
スカーレットは小さく頷いた。
「はい、パルタ公国から送られてきました。リビングデッド、カースオウス、レイジングスピリッド。それが込められた古代の記憶でございます」
「おおっ!」
俺はワゴンに飛びつくほどの勢いで、箱を手に取った。
箱を開けると、中にはペンダントが一つ入っていた。
かつて師匠から譲り受けた指輪のことを思い出した。
俺はワクワクした。
ワクワクしながら、ペンダントを手に取った。
その――瞬間だった。
ペンダントを取り出した箱から光が放たれた。
まばゆい光は、花火のように一瞬だけ光って、すぐに収まった。
「これは?」
「さあ……」
訝しむ俺に、スカーレット、そしてエルフメイドの二人は同じように不思議そうな顔をした。
三人ともなんともない。
ただ光っただけなのか?
が、事態は急転した。
ドサッ、と何かが倒れる物音がした。
振り向くと、ラードーンがソファーから崩れ落ちていた。
「ラードーン!?」
ぱっとかけよって、小さい体を抱き起こす。
ラードーンは、いきなり病気にでもかかったかのように、意識がなく、大粒の汗を浮かべて息を荒くさせていた。
「どうした! ラードーン!」
「……」
「また……これなの」
「デュポーン!?」
ラードーンを抱き起こしたまま、デュポーンの方に目線を向けた。
デュポーンも同じように息も絶え絶えで、ベッドの上に崩れ落ちていた。
そして、そのまま意識を手放した。
「どういうことだ……?」
事態は更に進展する。
ラードーン、デュポーン、そしてただ寝ていただけのはずのピュトーン。
三人の体の上にフードをかぶったガイコツ風の、魔物のような出で立ちの何かが現れた。
そのガイコツは無言のまま、巨大な砂時計を取り出して、ひっくり返した。
三人の体の上で、砂時計の砂が落ち始める。
カウントダウン。
砂時計からその言葉を連想した瞬間、頭の中で更に別の言葉と繋がった。
「ドラゴンスレイヤー……」
それをつぶやいた瞬間、背筋がゾクッと、かつてない悪寒を感じたのだった。