209.下の処理
俺は飛行魔法で空を飛んでいた。
白い雲の更に上空を飛び、ラードーンの指示で目的地に向かう。
『我が知る限り、人間どもが言う「竜の巣」はまったく異なる二つの物を指している』
「まったく異なる?」
『うむ。一つは財宝というべきなのかな。昔から、我らの元に人間どもが勝手にやってきて、貢ぎ物をする』
「ああ」
俺は飛びながら小さく頷いた。
なんか分かる、俺もリアムになる前の前世の時はそっち側だった。
ラードーン達ほどの超越した存在は、信仰もしくは畏怖の対象になる。
それが小さな街か村の近くにあったりすると、日々の安全とかそういう物のために、貢ぎ物を差し出すことがよくあったりした。
あっちこっちでよく聞く話だから、一般的なものだ。
『たまに生娘を生け贄で差し出してくる連中もいたが、そんなのは用がないから適当に追い返してた。金銀財宝が最も多いが、これも用はないがうるさくもならないから、その辺に適当に捨て置いてた』
「あはは、確かにラードーン達にとって金銀財宝の意味はないよな」
俺は声に出して笑った。
ラードーン達と接してきてよく分かる、彼女達にとって金銀財宝は本当に意味がない。
人間の俺からしたらその辺の雑草と同じくらいの感覚なんじゃないかって思う。
『しかし人間どもにはそうではないようでな、それで我らの歓心を買えたとおもって、定期的に持ってくる。それを――そうだな、足でどけて部屋の隅っこに寄せてたらまあまあ集まるわけだ』
「あはは」
その光景を想像してまた笑った。
ラードーンはわかりやすいように、人間の行動で例えてくれたようだ。
ものぐさで一人暮らしの男が、部屋の隅っこに脱ぎかけの服とかゴミとかをとりあえず寄せていく――。
わかりやすすぎる光景で自然と笑いがこみ上げてくる。
『そうなると、我らにとってはまったく価値がないが、人間からすればあり得ないほどの量の金銀財宝が一カ所に集まっているということになる。大抵の王や皇帝の陵墓よりも魅力的に見えるようだ……それが一つ目の竜の巣』
「なるほど。トレジャーハンターが狙ってくる訳だな」
『うむ。別に要らないものだから、物音一つ立てずに運び出すのなら文句もないが、大抵ガチャガチャしてやかましいのでな、まあ、相応に』
「あはは……」
ちょっと乾いた笑いになった。
相応に――っていうのはまあそういうことなんだろうな。
墓泥棒とかトレジャーハンターとか、そういう人間がどうなるのかは……まあ、いろいろと聞いている。
ラードーン相手なら、まあ、苦しまずに即死させられるならラッキーな方かも知れないな、と思った。
「もうひとつは?」
『うむ、これが今回の目当てのものだ』
ラードーンはそういい、俺は小さく頷いた。
今回の目的――公国とのいわばプレゼント交換だ。
金銀財宝程度ならラードーンがらみのことじゃなくてもどうとでも入手出来る。
そうなると必然的に、本命はこっちというのが分かる。
『我らが巣に籠もっていると、そうだな、色々と「染みこむ」』
「染みこむ?」
『うむ、説明するのは難しいが、生命力、魔力、匂い、吐息――まあ色々とだ。それが巣に染みこむのだ』
「はあ……」
『たしか……以前聞いたのだが、人間も自分が一人で暮らしている部屋に戻ったときに、自室特有の匂いを感じるとかだったか』
「ああ、あれか」
『あれとにたようなものだ。で、それが物質化する。燕が唾液と枯れ葉やらで巣を作るのとつなげて、我らが長くいる巣で物質化したそれを竜の巣とよぶのだ』
「なるほど……それって兄さんがいうようにすごい効果があるのか?」
『いいや』
ラードーンはものすごく愉しげにいった。
『我が知る限り大した効果はない。可燃性は高く、香料としてはそれなりのようだが』
「え? じゃあなんで?」
『人間どもが勝手にありがたがっているだけだ。竜の巣にある竜の何かが物質化した物、だからきっとすごい、とな』
「はあ……」
なるほど、と思った。
それは分からなくもないとも思った。
『ちなみに』
「え?」
『我らのうろこ、竜の鱗のもぎたてならちゃんとした効果がでるぞ』
「どんな効果が出るんだ?」
『成長促進、とでもいうのかな。すりつぶして赤ん坊に飲ませれば、一時間の間に成人して、老衰して死ぬ』
「効果ありすぎ!!」
思わずつっこんでしまった。
効果あるけど、使い道はないと思った。
……ああいや、毒薬として使えるのかな?
そうやって話していると、目的地が見えてきた。
『あそこだ』
「あそこって……山?」
『うむ、あの火口だ』
「火山の吹き出し口だよな……なんでそんなところに?」
『一時期溶岩浴にはまっていたのだ』
「溶岩浴って……え? 気持ちいいのそれ?」
『やみつきになった。もうあきたがな』
「おおぅ……」
なんかすごいな、と思ってしまった。
溶岩浴って、つまり溶岩の中に浸かるって事だよな。
そんなの想像出来ない――って思ったが、ラードーンが本来の姿、ドラゴンの姿でなら意外としっくりくるなと思った。
そんな風に考えながら飛んでいき、少しだけ煙がくすぶっている山頂部の火口に着陸した。
火口の中はちょっとした谷のような形になっていて、千人くらいの人間が入れるくらい広かった。
「ここでいいのか?」
『うむ』
「えっと……どういうものなんだ?」
『そうだな、たしか……』
ラードーンが考える仕草をした、その直後。
火口のあっちこっちから、何かが「むくり」と起き上がった。
土に隠れていたという訳でもなく、土の中から溶け出すように、形を模りつつ起き上がった。
「あれは!?」
俺は驚いた。
起き上がってきたのはラードーンジュニアだった。
色がすこし薄くて、半透明な感じだが、間違いなくラードーンジュニアだった。
「こんなところに子供を残していたのか?」
『いいや、あれは我の仔ではない』
「え?」
『そうだな……強い光、日差しを見た直後に目にその形が焼き付くことはないか?』
「え? あるけど……」
『あれと同じだ、我が長くいたから我の力が焼き付いたものだ』
「えっと……つまり?」
『排泄物と同じだとおもえばいい』
「うんこ扱い!?」
思わず声を上げてしまった。
起き上がったラードーンジュニアっぽいものはキビキビ動いている。
ウンコっていうのはちょっとかわいそうなんじゃないか、って思った。
「うおっ!」
俺はとっさに避けた。
ジュニアの偽物の一匹が飛びかかってきたのだ。
さっと避けると、とびかかりをはずしたジュニアもどきが、地面に突っ込んで――大爆発をおこした。
「な、なんだ!?」
『油断するなよ、焼き付きとは言え我の力なのだ』
「……なるほど」
それをきいて俺は頷いた。
自然と表情も引き締まった。
ラードーンの力――そう聞くと油断する要素がどこにもない。
「倒していいんだな?」
『汚物処理を押しつけてわるいな』
ラードーンは冗談っぽく言った。
本当にそういう物扱いみたいだ。
俺は目を閉じ、深呼吸一つ。
「アメリア・エミリア・クラウディア……【パワーレーザー】、61連!!」
状況を考えて、パワーミサイルを少しアレンジした。