208.竜の巣
自分の部屋の中、俺はテーブルの上に「石」を置いて、風の魔法を唱えその石を割った。
鋭い真空の刃が石を中心から割って、二つの半球になってテーブルの上でごろんところがる。
二つとも手に取って観察する、どちらも積層状の紋様になってて、色とりどりで見たことのない様な綺麗なものだった。
ラードーンの後、デュポーンたち、ピュトーン達にも協力してもらって作った石だ。
名前はないが、そこはスカーレットたちに任せる事にした。
俺にネーミングセンスなんてないから、適材適所だ。
「うん、これなら」
いきさつが軽く頭をよぎるなか、俺は半球二つを合掌して挟み、パワーミサイル、そしてアブソリュート・マジック・シールドを同時に唱える。
かたい器のなかで物をすりつぶす――というイメージで石をすりつぶした。
『うむ、それでよい。送るものは一点物であればこそ価値があがる』
「うん、あとは二度と作らなければいいんだよな」
合掌して両手を離すと、手の平のなかからカラフルな砂がパラパラとこぼれ落ちた。
完全に消滅させることも出来なくは無いが、色のついた砂は珍しいものじゃないからそこまではしなくてもいいかなって思った。
『これで品物はそろったな』
「……」
『どうした、なにか気になることでもあるのか?』
「うーん、せっかくだしもうひとつ二つ何か用意するともっといいんじゃないかって思って」
『ほう?』
「なんというか、本命だと思ってたら更に何かがあった、ってなると嬉しさも倍増なんじゃないかって」
『……』
「あれ? 俺なんか変なこといった?」
ラードーンが急に黙ってしまったもんだから、何か変な事を言ってしまったんじゃないかって急に不安になった。
『……いいや、むしろ感心している』
「へ?」
『それは効果的だ。魔法バカのお前からそんな発想が出てくるなんてと驚いているだけだ』
「ほっ……」
俺は胸をなで下ろした。
よかったと本気で思った。
『まだまだお前を見くびっていたようだな』
「いや、ラードーン達をみてそう思っただけなんだ」
『我ら?』
「そう、ラードーン達、三人の神竜というすごい存在を知って。ずっと長い間三竜三竜って聞かされてたのが、本当は七竜だった――って。最初から七竜って聞いてたらこんなに驚かなかったな、って思って」
『……ふふ』
ラードーンは楽しげにわらった。
『それはお前も同じことだがな』
「え? 俺?」
『わからんのならそれでいい』
「はあ……」
俺がこの話と似てるところなんてあるのか? と思ったけど、思いつかないしラードーンも「それでいい」といったから深く考えないことにした。
『話を戻そう。そうだな、それは悪くない考えだ』
「そうか?」
『与えすぎて相手を調子に乗らせてしまうことも考えられるが、今回はとにもかくにも、死霊魔法の無事入手、が第一条件だったな』
「うん」
『なら、それをやって悪いという事はない』
「そうか」
俺は頷いた。
ラードーンのお墨付きも出た。
あとは……何にするかだが……。
☆
数日後、俺は宮殿の応接間でブルーノと向き合っていた。
話があると呼び出して、いつものように二人っきりで密談のような状況だ。
「ありがとう兄さん、わざわざ来ていただいて」
「いえ、陛下のご召喚であればどこへなりと参上いたします」
ブルーノはそういい、軽く頭を下げてから、まっすぐ俺を見つめてきた。
「して、どのような御用向きでございますか?」
「うん、交換の品をもうひとつ増やそうと思うんだ」
俺はそう前置きしてから、ラードーンにした話をまったく同じように、ブルーノにもした。
話を聞いたブルーノは。
「さすがでございます。それが実現出来るのであれば、パルタ公国も喜んで魔法を差し出すことでございましょう」
「それで思ったんだけど、大公の奥さんって今どうなってるの? それのお見舞いになるようなものとかはどうかなって」
「さようでございましたか」
ブルーノは小さく頷いた。
大公夫人、しばらく前に大公が暗殺に会い、そのかわりに負傷したという話をブルーノ経由で知った。
だからこれもブルーノに聞いた。
「詳細は分かっておりません。あの後、かなり強く箝口令が敷かれたらしく、情報を思うように探れません。ただ」
「ただ?」
「表向きとして病気で臥せっていらっしゃる、と発表されております」
「病気か」
「間違いなく表向きの言い分でしかないかと思います」
「じゃあ何も送らない方がいい?」
「いいえ」
ブルーノは首を振った。
「公式で病気として出していますので、見舞い品を送ってもなんら問題はございません。形式的な見舞い品であれば向こうも受け取らないわけにはいきません。自分から言い出した設定は守らなくてはいけませんので」
「そっか」
「正体不明の病気ですので、薬もよいですが、滋養強壮になる何かがよいでしょう」
「滋養強壮か……」
「お任せいただけるのであれば、この時期でしたらすぐに最高級の燕の巣をご用立ていたします」
「それっていいの?」
「はい、薬剤としてはもちろん、女性には美容効果もあるので、表向きの理由が二重に出来ます」
「そっか、じゃあそれに――」
『竜の巣はどうだ?』
「竜の巣?」
ラードーンが会話に割り込んできた。
ブルーノの「燕の巣」に触発されて「竜の巣」が出てきたのは会話の流れとして分かるんだけど、燕の巣さえも初耳だった俺には、竜の巣というのが何ものなのかまったく分からなかった。
しかし。
「そ、それがあったか! いやしかし……」
竜の巣と言う言葉を聞いたからか、ブルーノはめちゃくちゃに驚いた。
「兄さん?」
「本当にそれが可能であれば……かなりの恩を売ることができます」
「そうなのか……?」
ブルーノの反応に俺が逆にびっくりした。
そこまで言うなんて……竜の巣とは何なんだ?