205.八竜総出
夕方の宮殿、自分の寝室の中。
俺は大の字になって、ベッドに倒れ込んでいた。
「ふぅ……」
脱力しきって、肺に溜まった空気をまとめて吐き出した。
全身に疲労感が溜まっている、このまま目を閉じたら一瞬で眠りにつけそうな感じだ。
デュポーン、ラードーン、ピュトーンの三人のサポートにタイム系の魔法を連発した。
途中で回復を挟んだりしたが、普段よりも遙かに限界に迫る魔力の使い方をしたのは間違いない。
まだ夕方だけど、今日はもうこのまま寝てしまおうか、って思ったその時。
『感謝する』
「……え?」
ぼうっとしてて、半分意識も飛んでいたのだろうか。
ラードーンから話しかけてきて、それで意識が戻ったが、何を言ったのかまでは頭に入ってこなかった。
「なんかいった?」
『うむ、感謝する、といったのだ』
「……」
俺は体を起こした。
大の字で寝っ転がった状態から、上体だけを起こして座る姿勢になって、びっくりした表情になった。
『どうした、そんな顔をして』
「いや……ちょっとびっくりして」
そう、俺はびっくりした。
ラードーンのお礼の言葉にびっくりした。
言葉そのものもそうだが、ラードーンの言い方から推測するに、彼女は感謝を二度口にした。
あのラードーンがストレートに感謝の言葉を口にして、更に聞き返されても厭わずにリピートしたのが驚きだ。
ラードーンが「ありがとうの言えない人間」かと言われればそういうわけでもないのだが、性格的にデュポーンやピュトーンよりも感謝の言葉が重いのは間違いない。
俺が驚いていると、ラードーンはそのまま続けた。
『長い人生になるが、今が我……我らのボーナスタイムであろうな』
「ボーナスタイム?」
『お前がいなければ、我らは新しい扉を開くこともなかったということ』
「ああ」
『そしてもうひとつ』
「うん?」
『我らはいずれ「新生」する、その時はこの力も失われる』
「そうなのか!?」
驚き、食い気味に聞き返した。
『うむ、それは文字通りの新生、自己転生。いやさきの姿――自身の原初の姿に戻るのだ。その際肉体はもちろん、精神もリセットされる』
「そうなのか……」
『記憶だけは持ち越せるが……それもまあ、「前の自分の記憶」という、やや複雑な代物になる』
「そっか……」
俺は頷き、頭の中ではラードーンとデュポーンが再会したときの光景を思い出していた。
その時のやり取りもそんな感じだったな。
『故に我らは複数の異名で呼ばれる。もっとも多いのがデュポーン、あやつだな。たしか大きいものだけでも閃光竜と灼眼竜の二つがある。それぞれ違う人生を生きて、違う性格に培っていったがためについた名だ』
「ふむ」
『だから、この力も今回限り。ボーナスタイムというのはそういう意味だ』
「新生してもまた手伝ってあげるけど」
『ふふ、気持ちだけ受け取っておく』
「え?」
『我らの次の新生までに、お前は生きてはいまい』
「あっ……」
俺はハッとした。
そうだ、そうだった。
ラードーン達は竜で、おれは人間。
普通に考えたら俺があっさり先に死ぬ。
「そっか……そうなるのか」
『うむ。潔く死んでおけ、人間として』
今のやり取りも楽しかったのか、ラードーンは一段と楽しげな口調になった。
『だからこの力は今回の人生限り、今がボーナスタイムというわけだ』
「ちょっと残念だな」
『我は満足しているよ。あやつらとも話をつけた』
「え? 何の事?」
いきなり話が飛んで、ちょっと首をかしげた。
『得がたい体験をさせてもらった礼をする、ということで、我ら七人が意見を一致させた』
「何を?」
『お前が力を欲するのなら、七竜総出で力を貸してやろう』
「はあ……」
今ひとつなんの事なのか分からなかった。
話が長引いて、疲れがぶり返してきたせいもあって、ラードーンが何を言いたいのか今ひとつ分からなかった。
困ったときに力を貸してくれる。
……どうやら、そういう話みたいだったから。
「ありがとう」
と、シンプルに、ストレートに感謝の気持ちだけを口にした。
『ふふっ、素っ気ないな。理解してないのか。まあ、お前はそれでよい』
「はあ……」
『世界がほしくなったときには言うといい』
「世界……」
……まあ、別に世界をほしいとは思った事ないからいっか。
と、俺は本来驚くべきところを、頭が回らないまま流してしまう。
自分がとんでもない後ろ盾を得たと理解したのは、翌朝起きてからの事だった。
☆
パルタ公国内、ブルーノの屋敷。
ブルーノは大公家の内部に放った密偵からもたらされた情報を見て、眉をひそめていた。
密偵が届けてきたのはシンプルな一文が書かれた密書。
大公夫人が暗殺の身代わりになった件も、これと同じ形の密書から始まった。
それを見たブルーノは、自身の眉間に金貨を挟んで落とさない位のしわを作る。
「ドラゴンスレイヤー……? これは一体……」
ブルーノは深い迷いに包まれ、それをリアムにすぐ伝えるべきかどうか迷ってしまうのだった。