204.八竜
街の広場、俺の背後にはラードーンとデュポーン、そして目の前にはピュトーンがいる。
さらには遠巻きに、大勢の魔物達に囲まれている。
「えっとえっと……あっ、いたぁ」
騒ぎを聞きつけて集まってきた魔物達に見守られる中、ピュトーンがきょろきょろと周りを見回したあと、発した言葉通りに何かを見つけたような感じで、振り向いた先に向かってバタバタと走っていった。
ピュトーンがまったく見えてもいないようなそぶりだったから、その進路上にいた一人のエルフが慌てて退いた。
そのエルフが立っていた所を通り過ぎて、何もないところに立ち止まる。
「わぁ……わぁわぁわぁ……。懐かしい、そして新鮮!」
決して同時には使われないであろう言葉を口にするピュトーン。
そのテンションはわかりやすい位にめちゃくちゃ上がっている。
「呼び出すっていうか、形にする事って出来そう?」
「やってみるねぇ」
俺に促されるような形で、ピュトーンは前方に存在するような何かに向かって、何かを触るかのように手を動かしていた。
それで触れらるのか――と思った次の瞬間。
「えいしょぉ!」
なんとも気の抜けるかけ声とともに、ピュトーンは何かを掴んで引っ張った。
すると、何もない空間から一人の女性の手をつかんで引っ張り出した。
「「「おおおっ!!」」」
周りから歓声が起きる。
それだけでもちょっとした手品のような光景なのだから、歓声が上がるのも当然だなと思った。
「おー、はじめましてぇ。ぴゅーです」
「はじめましてじゃないだろうがこの馬鹿娘」
引っ張りだされた女性はハスキーな声で呆れたようにいって、ピュトーンの頭をはたいた。
その女性はピュトーンとうり二つ、幼げな感じがするピュトーンを十歳くらい年を取らせた、二十代後半のように見える美女だった。
「成功したか」
「まあ、そうなる」
「あいつにもしたのはむかつくけど、やっぱりダーリンすごい!」
ピュトーンの「成功」を受けて、ラードーンは当たり前と言わんばかりの顔で、デュポーンはいつものようにハイテンションで俺に抱きついてきた。
デュポーンとラードーンに離昇状態の手伝いをした後、地上から飛んで上がってきたピュトーンが自分にも、と言ってきたのだ。
普段はふわふわと、つかみ所のない不思議ちゃんなピュトーンだが、ラードーン同様「三竜」同士での対抗意識があるようで、デュポーンとラードーンがしたのなら自分も、という気になった。
もちろん俺に断る理由もなく、ラードーンにサポートを頼んで、ピュトーンにも同じように離昇の手伝いをした。
そしていま、ピュトーンは同じように、過去の自分を引っ張り出した訳だ。
「これで……合計で七人になるってことかな」
俺はそう言いながら、デュポーンとラードーンをみた。
ラードーンは小さく頷き、デュポーンは更にしがみついた。
「そうだよダーリン、3・2・2で七人――あたしだけ三人だよ!」
自分は他の二人よりも優れている、と、ここぞとばかりにアピールしてくるデュポーン。
俺は小さく頷いた。
新生を経験しているのはピュトーンに対してもいえる事だったみたいで、ラードーンとピュトーンが同数で、デュポーンがそれよりも一回多い、って形だった。
「七人が全員ドラゴンの姿になったらすごいだろうな……」
それは、何気ない一言だった。
本当に純粋に、ラードーン達のようなドラゴンが七頭もいて、それが同時に並んでいたりしたら壮観だろうな、という子供心に似た一言だ。
しかし、それにデュポーンが反応した。
「ダーリン、それ見たい?」
「え? 見たいって?」
「さっきダーリンが言ってた、七人共ドラゴンの姿だったらすごいって。それ見てみたいの?」
「ああ……まあ、純粋に壮観だろうな、って思うから見てみたいかもな」
「分かった! ねえ、協力しなさいよ」
デュポーンは俺から離れて、ラードーンに半ば命令するような口調を突きつけた。
「……断る」
ラードーンは少し考えて、きっぱりとした口調で断った。
「なんですって!?」
「お前に命令される筋合いはない。あやつが頼むというのならやぶさかではないがな」
「え? 俺? ……えっと、見てみたいから、頼めるかな?」
「うむ、よかろう」
ラードーンは即答し、気軽に頷いた。
「あっちのにもお前から頼んだ方が良かろう」
「わかった」
俺はそういい、ピュトーンの方を見た。
振り向く直前、デュポーンが悔しがっている姿がみえた。
なんで悔しがるのか分からないまま、ピュトーンのほうに向かう。
「ピュトーン、ちょっといいかな」
「ああっ! ありがとう! すごくおもしろいよぉ」
「あたしからもお礼をいうよ、そうだ、あんたいけるクチかい? あたしの宝物庫にいい酒がいくつかあるんだけど、いけるクチなら一緒にどうだい」
「それは魅力的だけど、今はちょっとした頼みがあるんだ」
「たのみぃ?」
「うん、二人ともドラゴンの姿になってみてくれるかな。デュポーンとラードーンもそうしてくれるって」
「なんでそんな事をするんだい」
「えっと……なんでだろう」
俺は考えて、自分の気持ちを言葉にしてみる。
「前代未聞のすごい光景を見てみたい、から?」
「ふーん、まっ、人間の男の子っていうのはそういうものかね」
「あたしはいいよぉ、これでお世話になってるしぃ」
幼い方――現世のともいうべきか、そのピュトーンがどこからともなく枕を取り出して、それをぬいぐるみのように抱きしめながら言う。
よっぽど気に入ってくれてるんだなあその枕は、とおもった。
「いいよ、あいつらと一緒なのはちょいと不快だけど、面白い物を見せてもらったお礼でやったげるよ」
前世ピュトーンも同意した。
「オッケーだって」
「うむ」
「うん! ダーリンみてて!」
振り向いて伝えると、ラードーンとデュポーンは立て続けに頷いた。
そして、ほぼ同時に過去の自分達を呼び出す。
三人から七人になったラードーン、デュポーン、そしてピュトーン。
七人はそれぞれの表情をしながら、ゆっくりと飛行し、真上に上昇していく。
そして、人間としての姿が豆粒大くらいになるまで上がったあと、七人は花開くように散開した。
その――直後だった。
「「「――っっっ!!」」」
大半の魔物が倒れた。
一瞬にして、泡を吹いて倒れてしまった。
俺も足が一瞬がくっとくるのをどうにかこらえた。
七人が……七竜になった。
そこから放たれる圧倒的な存在感にあてられて、ガイやクリス等のリーダー格をのぞいて、ほとんどの魔物が気絶した。
「……すげえ」
どうにか凌げた俺は、上空で向き合う七頭の竜の、途ンでもない壮観な光景を見て、賛嘆の言葉が思わず口をついて出た。