203.ラードーン敗北の日
「う……ん……」
頭がズキズキする中、意識が戻ってくる。
まるで夜更かしのあと、ほとんど寝ずにたたき起こされた時のような、そんな頭痛と倦怠感が全身をつつみこんでいた。
このまま起きずに寝ていたい、そう思って再び意識を深淵に沈めようとしたが。
むぎゅっ! という柔らかい感触と、「あっダーリン起きた」というデュポーンの声が耳に飛び込んできた。
どういう状況だろうか、とゆっくり目を開けるも、目の前が真っ暗だった。
「これは……」
「ダーリン! ダーリン! ダーリーン!!」
デュポーンの、これ以上ない上機嫌な声とともに、真っ暗な視界にかかる圧力が一段と強まった。
そしてやたらといい匂いがしてるのが、遅れて意識の中に入ってきた。
「んぐっ……むぐ!!」
訳が分からず、とりあえずちょっともがいてみた。
するとぱっ、と一気に視界が開けた。
「あっ、ごめんなさいダーリン、苦しかった?」
開けた視界の真ん前に現われたのはデュポーンの、人間の姿だった。
長いまつげの一本一本がはっきりと見えるくらいの至近距離から、彼女は俺の顔をのぞき込んでいた。
そしてどうやら、直前まで俺を抱きしめていたようだった。
「ここは……」
周りを見回してみた。
空の上だった。
そして目の前にデュポーンがいて、少し離れた所にラードーンがいる。
ラードーンも人間の姿、あの幼げな老女の姿に戻っている。
人間の姿をした俺達三人が空の上を飛んでいた。
「えっと……ああ」
徐々に思考能力が戻ってくる、気絶した直前までの記憶がよみがえった。
「ってことは……成功したのか?」
「うん! さすがダーリン、すごすぎるよダーリン!」
デュポーンはそういい、また俺に抱きついた。
「これがダーリンがみてる世界なんだね! あたし今ダーリンと同じ世界にいるんだね!!」
「まあ……そういうことだよな」
細かい事をいえば見えているものはそれぞれ違うのだから同じかどうかなんてわかりようがないが、無粋だから言葉にしない事にした。
「ふふん」
デュポーンは俺から少し離れて、鼻をならしながら、どや顔をラードーンに向けた。
「ふふん!」
と、もう一度繰り返した。
「なんだ」
「これであたしの方があんたよりも完全に上だね」
「順番が違うだけの話であろうに」
「ふふん」
デュポーンは更に鼻をならして、はっきりとラードーンを見下すような仕草をした。
こいつ何もわかってないな――と、見る人には誤解なく伝わるような、そんなはっきりとした表情だ。
「あたしね、今見えるんだ」
「……なにをだ」
「これよ」
デュポーンは空を飛んだまま、腰に両手をあてて立ったままふんぞり返った。
そして目立った動きとかは一切ないのにも拘わらず、魔法のような力の流れを感じた。
直後、その魔力の流れが確かな形に変わる。
デュポーンの側にもう一人の女が現われた。
女は――デュポーンだった。
正確に言えばデュポーンを少し大人にしたような、二十代半ばの美女のようなデュポーンだった。
「それは……前の貴様の……」
「ふふん、更に――はっ!」
今度はわかりやすく気合を発して、力を行使する。
すると反対側に更に別の女が現われた。
これもデュポーンだ。
ただし、今いる二人よりも遙かに年上の、四十代くらいのデュポーンだった。
このデュポーンも美しかった。
年齢を重ねた大人の女にしか出せないような、成熟した色気を全身に纏うような、そんな美女だった。
「……っ、そういうことか」
珍しく、ラードーンが悔しさを表に出した。
軽く舌打ちさえ聴こえてきそうな、そんな反応だった。
「どういうことだ?」
「あれは一つ前、そして更にもうひとつ前のあやつだ」
「一つ前……? あっ、新生……」
俺はハッとして、ある事を思い出した。
デュポーンがラードーンに比べて、明らかに精神年齢が低いのは、彼女が言葉通り「生まれたて」だからだ。
ラードーン、デュポーン、ピュトーンの三人は、人間とは明らかに別の生き物だ。
一番の違いは寿命を迎えた後に、「新しい自分」に生まれ変わる事だ。
それは別人に「転生」するのとは違って、同じ自分を一からやり直す「新生」だ。
デュポーンは三竜戦争後新生したため、ずっと生き続けたラードーンより幼くなった、ってわけだ。
ラードーンの言葉でその事を思い出して、改めてデュポーンたちを見た。
幼いデュポーン、大人なデュポーン、熟したデュポーン。
三者三様だが、どれも「デュポーン」であるのが一目でわかる。
「ふふん、これであたしがあんたよりも上だって分かったでしょ」
そういえばそんな話だった、と、デュポーンはさっきも言った言葉を繰り返した。
「どういうことだ?」
「……あやつは、我より一回多く新生している」
「ああ……そうなる、よな」
俺は考えながら、小さく頷いた。
過去の事はわからないが、先に新生して幼くなってしまったから一回多い――というのはなるほどと素直に納得する話だ。
「こういうことよ!」
デュポーン達は互いに視線を交換したあと、頷いた。
そして――なんと。
三人ともドラゴンのすがたになった!!
「!!!」
これにはさすがに驚いた。
ドラゴンは三人ともまったく同じ見た目だった。
ドラゴン同士の目からすれば違って見えるだろうが、俺の目にはまったく同じ、どれもデュポーンにみえた。
デュポーンが三つ子になったかのような感じだ。
そして、デュポーンは咆哮する。
三人のデュポーンが同時にほえた。
そして、相応の力が放たれる。
空が割れ、何かが漏れ出してきて、空全てに広がっていき、太陽さえも飲み込んだ。
三人のデュポーンが同時に放った力は、空を震わせるほどのとんでもない力だった。
「こういうことだ」
「え?」
「我がお前の手を借りて覚醒しても二人、はっきりとあやつに及ばなくなったわけだ」
「あっ……それがあの態度の……」
ラードーンは小さく、苦々しく頷いた。
彼女がこんな顔をするのは初めて見る。
デュポーンという同格の存在だからこそ、はっきりと劣るのが嫌なんだろうか。
やっぱりライバルなんだなって改めてはっきりと認識した。
そうこうしているうちに、デュポーン達は人間の姿にもどった。
そして前の二人に見守られるような形で、現在のデュポーンが俺に飛びつき、抱きついてきた。
「ありがとうダーリン! ダーリン大好き!!」
いつものように俺に好意を示してくるデュポーンだが、ラードーンの複雑そうな表情がちらっと見えて、いつものように素直に受け取ることはできないのだった。
☆
その頃、地上では。
迎賓館の庭から空を見上げるマーティンとドミニクの二人。
二人の顔色は青ざめるを通り越して、死人のように真っ白だった。
「閃光竜が三体……」
「幻……でしょうか?」
「……きっと夢さ」
「そ、そうですよね。夢ですよね」
あまりの衝撃に、使節団の正使と副使を任されるほどの二人が、安っぽい現実逃避を始めてしまうのだった。