202.限界を超えて
魔物の街は、蜂の巣を突っついたような大騒ぎになっていた。
「なんだあれは!?」
「敵襲か!?」
「誰かリアム様に知らせてきて!」
地上から見あげれば、まさしくもうひとつの太陽が現われたかのようだった。
空に浮かぶ二つの太陽、それは等しく輝いていて、どっちが元からあった太陽か――と見分けるのが非常に困難だった。
地上の生き物たちが大騒ぎになるのも宜なるかなというところだ。
そんな騒ぎとは裏腹に、ピュトーンが枕をかかえたまま、音もなく現われた。
彼女は道の真ん中に立って、いかにも眠たそうな目をして空を見上げている。
「ピュトーン様!」
二つ目の太陽の登場でパニックになっているスカーレットがピュトーンを見つけた。
ピュトーンはリアムが作った枕を抱きしめつつ、視線をスカーレットに向けた。
「んん? どーしたのお?」
「あれはどこかの国がしかけてきた物かもしれません。ピュトーン様には無用な心配かと思いますがここは――」
「あれはデュデュだよぉ?」
「デュデュ……デュポーン様ですか?」
驚き、声を上げてしまうスカーレット。
周りにいる一部の魔物がそれを聞いて、さらにはピュトーンの姿にも気づいて、パニックが少し治まって、ピュトーンの言葉に耳を傾けだした。
「うん、デュデュだよぉ、あれ」
ピュトーンはそう言って、二つある太陽のうちの一つを指さした。
「あれがデュポーン様なのですか?」
スカーレットが驚いたようにいうと、周りからざわめきが起きた。
さっきまでの軽い恐慌状態とは違う、驚きはあるが危機感はあまりないようなざわめきだ。
「うん」
「そうなのですか……さすが神竜様」
「となりにラーちゃんもいるみたい。あとかれも」
「彼?」
「すごい人」
「主様ですか!?」
「うん、デュデュに何かしてるみたいだねえ」
ピュトーンがそう言うと、スカーレットを含め、周りの魔物が一斉に空を見上げた。
新しくできた太陽のような所にリアムがいる。
それを知った街の住民達から新しいざわめきが――尊敬・感心を含んだ新しいざわめきが起きて、それが波のように広まっていくのだった。
☆
「すごい……魔力量だ」
『やれやれ、やはり骨が折れるな、これは』
ドラゴンの姿にもどったラードーンはため息交じりに言った。
「大丈夫なのか?」
『問題はない。それよりもそろそろだが、そっちこそ大丈夫なのか?』
ラードーンはそう言い、目線を真横に向けた。
そこには寝ている――水中に浮かんでいるかのような姿勢で寝ているデュポーンの姿がある。
デュポーンの体からは未だに微弱な魔力が出し続けられていて、それが新しい太陽みたいな物に吸い込まれていく。
そう、驚いたことに、これだけ出してもまだデュポーンの魔力はそこをついていないのだ。
とはいえ、ラードーンが「そろそろ」って言ってくる以上、本当にそろそろなんだろう。
「ああ」
俺は頷き、飛行魔法を操ってラードーンの側に移動し、ラードーンの体に手を当てた。
「いくぞ」
『うむ』
「『タイムスロウ』!」
魔力を限界まで高める詠唱をし、魔法を行使。
瞬間、世界の雰囲気が一変する。
『これは……新たな魔法か?』
「『タイムシフト』から派生した魔法だ、時間の流れを極端に遅くした」
『ふむ、しかしこれでも早すぎるぞ』
「それは分かってる。タイミングを教えてくれ」
『うむ』
ラードーンはそれ以上聞かず、俺に任せてくれた。
『タイムスロウ』で極端に遅くなる時間の中、じっと待ち続ける。
そして、デュポーンの体から流れ出る魔力が途切れた瞬間。
『今だ!』
「アメリア・エミリア・クラウディア――」
転生前の俺が憧れた三人の歌姫。
その歌姫たちの名前を魔法の詠唱に使うことで、瞬間的に魔力を極限まで高めた。
両手を突き出す。
体をラードーンに寄せながら、両手を突き出す。
「『タイムアクセラ』――『タイムシフト』!」
スロウと併せて、更に二つの魔法を同時に詠唱。
瞬間、両手がはじけ飛んだ。
中から破裂するかのように血を吹き出した。
『大丈夫か!?』
驚くラードーン。
「それよりデュポーンを!」
『――っ!!』
ラードーンは応答さえも惜しんで、デュポーンの魔力を牽引した。
新しい太陽になったデュポーンの魔力を彼女の体に戻していく。
さっき見た光景を逆再生にする様な不思議な光景が起きる。
魔力が、デュポーンの体の中に戻されていく。
同じように派生から編み出した時間魔法、『タイムアクセラ』。
それは時間を早くすすめる魔法だ。
これを使えば、体感わずか十分で一日を過ごす事ができる。
約束の日が早く来ればいいな、なんて思う事も人生の中にはある。
その感覚を、デュポーンが見せた『タイムリープ』と『タイムシフト』を組み合わせてつくった。
そして、同時に『タイムシフト』を使った。
『タイムシフト』は時間を巻き戻す魔法。
すすめる魔法と、巻き戻す魔法。
それを同時に使った結果――時間が止まった。
進むのと戻るのと、それを同じ案配の力で行使したら時間がびたりととまった。
止まった時間の中で動けるのは術者の俺と、俺と触れて繋がっているラードーンだけ。
デュポーンはとまった時間の中にいる。
死の瞬間に新生するというのなら、その瞬間に時間を止められれば――と思ってこうした。
「……くっ」
しかし、負担が大きかったようだ。
もとから負担の大きい『タイムシフト』、それと同時に二つもタイム系の魔法をつかった。
イメージした魔力伝達路の両腕が一瞬で張り裂け、俺の意識も遠のいていく。
これはまずい、しっかり意識を持っておかなきゃ――と思ったが。
『とんでもない男よ』
ラードーンの言葉が耳に入ってきた瞬間、俺はホッとして意識を手放したのだった。