201.小さな太陽
「ふむ……たしかに、魔法ならば」
少し落ち着いてきたラードーンがつぶやくようにいった。
無条件の信頼も悪くないけど、特定の事ならば信じられる、というのも嬉しい物だ。
リアムになった今の俺にはこっちのほうが嬉しく感じる。
「あたしやってみたい! お願いダーリン」
「そうだな、せっかく体験できる機会だ、逃す手はないだろう」
「わかった。……あっでも、いいのか? 見え方が変わっちゃうけど」
俺はそう言いながら、ぐるり、と部屋の中を見回した。
というか、「世界」を見回した。
落ち着いてきて、徐々に見え方に慣れてきたけど、まだまだ「前と違う」という違和感が残っている。
俺はまったく後悔していない。
なぜならこれで新しい魔法が使えるようになるから。
だけど、興味本位と引き換えの代償が一生見え方が変わってしまうと言うのは普通の人間にはどうなんだろうと思う。
ラードーン達は普通でも人間でもないが。
そう思って聞いてみたが、二人は予想外にあっさりしていた。
「構わぬ、次の新生になればリセットされる」
「あたしは戻らなくてもいい! ダーリンからもらった愛の証をずっと持ってたい!」
二人はそれぞれの言葉で答えた。
考え方は正反対だが、どっちも前向きのようだ。
「分かった、じゃあやろう。まずはどっちからがいいかな」
「我は補助に回ろう。魔力の戻しの」
「ラードーンが?」
「うむ。さっきも我がやった。同じ感覚でやれば熟練もすすむだろう」
「確かに」
俺ははっきりと頷いた。
やっぱり生き死にの話だ。
さっきはラードーンがやってくれようとしたから、その感覚を覚えてる。
それをもう一回体験すればいろいろ完璧になるだろう、というのは俺もそう思う。
ならまずはラードーンのサポートで、デュポーンから――と思ってデュポーンのほうを向いたが、彼女はジト目でラードーンを半ば睨みつけていた。
「なんだ?」
「あんた、これ利用してあたしを殺そうとかしてないよね」
「……ふっ」
ラードーンはしばしデュポーンを見つめ返したが、どことなく呆れた表情だった。
「なによ! やっぱり図星なわけ?」
「いいや」
ラードーンは肩をすくめた。
「なら我からにしよう」
「はっ、いいの? あたしが――」
「我は、こやつを信じている」
「え?」
「な?」
「え? ああ、まあ。ちゃんとやるよ、もちろん」
「……っ! だめ!! あたしがやる、あたしが先にやるの!?」
「え?」
俺はびっくりして、デュポーンの方を向いた。
さっきまで疑いの視線をラードーンに投げつけていたのが、180度変わってあたふたと焦りだしたのだ。
「ダーリン!」
「は、はい!」
デュポーンが俺に顔を近づけ、迫ってきた。
いきなりの剣幕に俺は更にびっくりした。
「あたしダーリン信じてるから! あいつなんかよりダーリンの事信じてるから! ダーリンがしてくれることならなんでもオッケーだから!」
「あ、ああ。それはいいけど落ち着け?」
ものすごい剣幕のデュポーンをなだめようとした。
よく分からないけど……デュポーンが先でいいのかな。
「さて、そういうことなら場所を移動しよう」
「え?」
「街を壊してまでやることでは無い」
「そだね。空の上がいいかな」
「それでよいだろう」
俺がきょとんとしているうちに、ラードーンとデュポーンの間で話がどんどん進んだ。
一体どういう事だ、って思っていると、デュポーンが手を差し出してきた。
「いこっ、ダーリン」
「え? ああ……うわっ!」
手を握りかえすと、デュポーンは俺の手を引いて窓から飛び出した。
ラードーンが後から続く、俺達はそとにでると、真上に向かって空に飛び上がった。
三人で一直線にグングン上昇していく。
瞬く間に雲を突き抜けて、街がまったく見えなくなり、青空と太陽しかみえないほどの上空に飛んできた。
「このくらいで良いかな」
「そうだな」
「じゃあえっと……」
「大丈夫だ、俺も飛べる」
デュポーンの意図を察して、俺は握った手をそっと離して、飛行魔法を唱え自力で滞空した。
これからデュポーンの仮死――離昇状態になるのだ、俺を掴んで飛んでいられなくなる。
それを察して俺は自力で飛んだ。
「では始めるか……用意はよいか?」
「ああ、いつでも」
空の上まで来た理由が今ひとつよく分からないけど、俺の用意自体はとっくに出来てる。
「では――よいか?」
「ふん! あんたじゃなくてダーリンを信じてるからなんだからね」
「ふふ」
笑うラードーン。
直後、彼女は姿を変えた。
幼げな老女の姿から、本来の姿、ものすごく巨大で威厳のあるドラゴンの姿に変わった。
ドラゴンの姿で翼を羽ばたかせて、空を飛んでいた。
「……ああ、そっか。魔力の量か」
ラードーンの変身で俺も遅まきながら気づいた。
ラードーンは本気なのだ、いや本気じゃないとダメなのだ。
デュポーンが離昇状態になるには全身の魔力を放出しなければならない。
その魔力をもどす役割がラードーン。
同じ神竜であるデュポーンの魔力を誘導するだけとはいえ曲がりなりにも「扱う」のだから、本来の姿になる必要があった。
「じゃ、いくよダーリン」
「ああ」
俺は小さく頷いた。
直後――周りの空気が一変した。
目を閉じて軽く握りこぶしを作ったデュポーンが体から魔力を放出し始めた。
それは――想像を遙かに上回る魔力だった。
デュポーンが放出する魔力をラードーンが集める。
膨大な魔力が竜巻の中心のように、一カ所に集まり続ける。
やがて、見た目にも変化が起きる。
魔力というのはもともとほとんど見えない物で、見えてても霧のような代物だった。
それが、はっきりとした形を取りだした。
竜巻のようにグルグル回りながら、球体になっていくデュポーンの魔力。
次第にそれは輝きを放ち出す。
輝きは増していく。
まるで青天井のように輝きを増していった後。
「太陽が……二つに……」
俺の目の前にもうひとつ太陽が出来たかのような。
それほどの輝きを放つ光の玉になった。