20.独り立ち
数日後、例のお偉いさんがやってきた。
ハンターギルドから、俺とアスナに、出迎えの要請がきた。
やることは簡単、街の外で並んで、お偉いさんが来た時に拍手で迎える事だけだ。
もちろん普通の住民もそうするが、ギルドに推薦された人は最前列に並ぶ。
腕一本で勝負する各ギルドに所属する人間は、貴族などに見初められることがその後の生活に大きく関わってくる。
だから一番前に、みられるところに立てるのはかなり大きい。
一種のご褒美だ。
俺とアスナは、キャタピラーを二体も倒した功績で、ハンターギルドから推薦された。
そうして、ここに立っている。
ちなみに、父上チャールズと、長兄アルブレビトはホスト――ゲストのお偉いさんを迎え入れる側だ。
父上は俺がそこに並んでいるのをみて複雑そうな顔をしたが、アルブレビトは満面の笑顔で話しかけてきた。
「早速そこに立てるとは、ハンターギルドに推薦した私の目に狂いはなかった。これからも励めよ」
と言って去っていった。
「あれ、リアムのお兄さん? なんかやな感じ」
横で聞いていたアスナが珍しく不機嫌になった。
「どういうこと?」
「マウント取りに来たじゃん、いま。お前はそこ、俺はここ。って」
「……ああ」
なるほど、って思った。
そして色々つながった。
貴族の五男になってからまだ数ヶ月だけだが、それだけでもお家騒動のいろんな話は聞いてきた、だから想像出来た。
長男のアルブレビトには、それ以外の男の兄弟は邪魔なんだ。
男の兄弟は、優秀ならば自分の跡継ぎの地位を脅かす存在。
だから俺をハンターギルドに推薦したし、俺がハンターとして活躍すればするほど家から、跡継ぎレースから離れることになる。
それがうれしいのか。
まあ、俺も力をつけて独立したがってるから、そこはお互い様か。
程なくして、ぞろぞろと護衛やら使用人やらを引き連れた、馬車の大名行列がやってきた。
沿道に出てきた出向え行列の拍手に迎え入れられて、馬車は父上とアルブレビトの前に止まった。
馬車から一人の老人が降りてくる。
父上もアルブレビトも、老人と普通に接しているように見えるが、微妙に下手に出ているのがわかる。
よほど偉い人なのかな。
「あっ、こっちみた」
そんなお偉いさんに見初められるかもしれないという期待からか、老人の視線がこっちを向くと、アスナが興奮しだしたのだった。
☆
「……なんでここに」
お偉いさんの老人の為に用意させた、街の一等地の屋敷、その応接間。
俺は一人でここに呼び出されて、待っていた。
なんで呼び出されたのか分からないまま座って待っていると、がちゃり、とドアが開いてあの老人が入ってきた。
護衛が入ってこようとするのを手で止めて、ドアを閉めて、俺との二人っきりになった。
そして、俺の向かいに座って。
「ジェイムズ・スタンリーだ」
「リアム・ハミルトンです」
「ハミルトン? チャールズの?」
「五男です」
「なるほど……まあ、その事はどうでもよい」
老人――ジェイムズはきっぱりと言い放った。
「それよりも、お前はレイモンドとどんな関係だ」
「レイモンド?」
首をひねる。
そんな名前の人、記憶にないんだが。
「その指輪、レイモンドの持ち物だろう?」
ジェイムズは渋い顔で俺の手をさした。
厳密にはマジックペディアを指した。
「殺して、奪ったか」
「違いますよ、これは師匠からもらった物です」
「師匠?」
俺は師匠との出会いを話した。
林の中で邂逅して、魔法を教えてもらって、マジックペディアをもらった。
一連の出来事を、ジェイムズに話した。
それを黙って聞いてたジェイムズは、やがて天井を仰いで大笑いした。
「ふははははは、あやつらしい。灯台下暗しといって一番危険なところに潜り込む辺りがいかにもだ。そうか、弟子をとったか」
どうやら信じてもらえたみたいだが……師匠。
あなた……知りあいに「らしい」っていわれるほど、いつもそんな危険な事をしてるんですか。
「さっきの沿道にいたが、あの立ち位置ということはハミルトンとしてではなく、どこかのギルドの推薦だったのかな」
「はい、ハンターギルドです」
「何をやった」
俺は岩を降らせて、キャタピラーを倒した事を話した。
すると――
「ふははははは、いい、いいぞ。レイモンドめ、魔法に使われないいい弟子を取った」
またしても大笑いした。
「よし――サイモン」
ジェイムズは声を張り上げてよんだ。
すぐにドアが開いて、一人の男が入ってきた。
さっき一緒に部屋に入ろうとして、ジェイムズに止められた男だ。
「そこに立っておれ。リアムよ、お前の一番得意な攻撃魔法をあやつに向かって放ってみろ」
「え?」
「実際に力をみたい」
「……わかりました」
俺は深呼吸して、気を取り直して、サイモンと呼ばれた男と向き合った。
詠唱。
前に知って、それで調べたら、詠唱すると一時的に放出する魔力の上限を上げられるらしい。
そしてその詠唱は、自分の「魂を揺さぶる」ものだから、より自分の心に響く言葉の方がいい。
俺は唱えた。
「アメリア・エミリア・クラウディア――」
三人の女の名前、憧れの歌姫の名前を連呼した。
「――マジックミサイル、十一連射!」
無詠唱の限界が7、詠唱つきで11まで限界を突破した。
11本のマジックミサイルがサイモンに向かっていった。
途中で何かにぶち当たった。
魔法の障壁だ。
マジックミサイルが次々と当って――ぱりーん。
障壁をぶち破って、二発ほどサイモンの体に当った。
「ぐふっ!」
障壁をぶち抜かれたサイモン、よろめいて苦悶の表情を浮かべる。
「ふははは、ヤツの得意な多重魔法か。よい、よいぞお前」
「はあ……ありがとうございます」
「五男で……ギルドに所属しているということは、将来の独立を見据えているのだな」
「はい」
「うむ、ならばまずは騎士の位をやろう」
「え?」
「それで独立するがよい」
「え? え?」
とんとん拍子で話がすすんだ。
翌日にはもう、国からの正式な勅命が降りてきて、俺は正式に騎士という位に叙された。
騎士とは国が認めている身分の一つで、庶民から準貴族とも言われている。
実際は貴族には程遠いのだが、国から一人前の人間として認められた証ということに変わりは無い。
こうして俺は、成人するまではハミルトンの家にいるが(脅威が去ったと思ったアルブレビトがそれでいいと言った)。
事実上、家から独立して、独り立ちしたのだった。




